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第3回:視点がなければ見えてこない(ヤングケアラーチームより)

第3回:視点がなければ見えてこない(ヤングケアラーチームより)

2023.05.10真溪 淳子(仙台青葉学院短期大学看護学科 准教授)

ヤングケアラーだった頃の自分を振り返って

 私がDC NETWORKに参加することになったきっかけは、同団体のヤングケアラーチームの勉強会で、自分の体験を振り返り経験談として話す機会をもらえたことでした。
 30年前、私は家族介護を担う学生ケアラーでした。「親のためにできることはしたい」という子どもとしての思いと、「家族だから介護するのは当たり前」という世間一般的な家族観への反発が拮抗する10代後半から20代を過ごしました。当時は先の見えない暗いトンネルの中を歩いているような感覚を抱いて生活していたことを思い出します。
 多くのヤングケアラーが語るように、私も親の介護の話を友人にすることはなく、そもそも誰かに話したり、相談しようとは思いもしませんでした。要介護状態の親のことを知られたくなかったのです。子どもにとっては「頼るべき親に自分よりも強い存在であってほしい」という思いがあるからこそ、子どもとしてのつらさがあったのだなぁ、と大人になって思います。

支援が必要な対象者としてとらえられなかった「A君のお姉ちゃん」

 さて、私は保健師としてのキャリアを市保健センターでの保健活動からスタートし、様々な施設で相談業務に携わってきました。今回、DC NETWORKの一員として、ヤングケアラーへの支援について執筆する機会をいただき、記憶の中から私が関わったヤングケアラーを探し出そうとしてみました。けれども、なかなかヤングケアラーを見つけ出すことができず、自分の保健師歴を3回ほど振り返ったときです。「あっ! A君のお姉ちゃん!! 」と頭に浮かんだのです。思いもよらずA君のお姉ちゃんを思い出したことは、私にとって衝撃でした。なぜなら、A君のお姉ちゃんを支援すべき対象者として捉えていなかった自分自身に気づいたからです。

 中学生のA君は両親とお姉ちゃんの4人で暮らしていました。両親は知的障害を持ち、A君は知的障害と精神疾患を抱えていました。A君は感情のコントロールが難しく、自傷行為、自殺企図を図り、入退院を繰り返していました。周囲の大人たち、特に両親はA君の言動に巻き込まれ、息子の精神状態が不安定になるたびにパニックになるため、保健師の私はA君とともに両親のケアも行わなければなりませんでした。そのような家族の中で唯一、A君の言動に動じることなく過ごしていたのがお姉ちゃんでした。
 当時の私の印象は「飄々とした姉」というものでしたが、だからと言って家族に無関心なわけではなく、A君にとっては優しいお姉ちゃんでした。また、両親にも、弟にも優しく接し、時には両親に助言をしてくれる頼りになる存在でした。家族の中で最も対応力を持ち合わせていたのがお姉ちゃんだったように思います。彼女は、弟と両親の精神状態が落ち着かなくなると、両親に代わって黙々と家事をこなし、学校に通っていたのでした。

 今思えば、A君のお姉ちゃんはヤングケアラーであり、弟と両親をケアするダブルケアラーでした。しかし当時の私はヤングケアラーという概念を認識しておらず、お姉ちゃんを支援が必要な対象者として捉えていませんでした。私は、お姉ちゃんの話をゆっくり聞いたこともなければ、ねぎらいの言葉をかけたこともなかったように思います。
 私にとってお姉ちゃんは透明人間だったのです。感情を表に出すことなく淡々と毎日を過ごしていたあの頃のお姉ちゃんの思いを想像すると、胸が苦しくなります。保健師として今更ながら反省し、お姉ちゃんに申し訳ない気持ちです。どれだけ近くにいても、大切にしなければならないことや人を捉える視点を持ち合わせていなければ、実際には何も見えてこないことを改めて実感する振り返りとなりました。

見ようとしなければ見えてこない存在

 「厚生労働省・文部科学省の副大臣を共同議長とするヤングケアラーの支援に向けた福祉・介護・医療・教育の連携プロジェクトチームとりまとめ」に、ヤングケアラーの現状・課題として「福祉、介護、医療、学校等の関係機関におけるヤングケアラーに関する研修等は十分でなく、地方自治体での現状把握も不十分」1)であり、「社会的認知度が低く、支援が必要な子どもがいても、子ども自身や周囲の大人が気付くことができない」1)と示されています。さらに、厚生労働省老健局「地域包括ケアシステムの更なる進化・推進について」では、高齢者のみならずヤングケアラーやダブルケアラーのような、介護者となる家族を地域全体でサポートしていこうとする国の方針2)が表れています。
 医療や介護の現場にいる看護職は、ヤングケアラーが介護している親や祖父母らに接する機会が多いことから、ヤングケアラーに気づきやすい役割を担います。忙しい医療現場で、目の前にいない患者の家族の生活に思いを巡らすことは容易なことではないと思いますが、見ようとしないと見えてこないのがヤングケアラーの存在です。患者や療養者に接するときには、常に意識して家族とその中にいる子どもの生活を捉えようとすることが必要なのだと思います。

看護職だからこそダブルケアラー、ヤングケアラーを捉える視点を持つ

 私は在宅看護論の授業の中で、学生たちに「地域で暮らす療養者のみならず、家族も看護の対象者である」ことを繰り返し伝えています。親や子どもを介護している家族が疲弊してしまえば、療養者の在宅生活の継続は困難となり、同時に、その家族は自分の人生を選択し歩むことが難しくなるからです。ダブルケアをしている家族、なかでも子どもが自分の人生をあきらめてしまうことほど悲しいことはありません。子どもには子どもとして生活を送り、自分の人生を歩んでほしいのです。
 今後は、授業や実習を通して学生がダブルケアラーやヤングケアラーを捉える視点を持ち、看護職に就いた際にいち早くその存在に気づくことができるよう後押ししていきたいと思います。そして、気づくだけにとどまらず、必要な支援を提供できるよう、多職種連携や地域包括ケアシステムについても、学生と共に学んでいきたいと思います。
 (記事内で紹介した事例は個人が特定されないように加工しています)

引用文献
1)厚生労働省:厚生労働省・文部科学省の副大臣を共同議長とするヤングケアラーの支援に向けた福祉・介護・医療・教育の連携プロジェクトチームとりまとめ,2021年5月17日, 〔https://www.mhlw.go.jp/content/000780548.pdf〕(最終確認:2023年4月7日)
2)厚生労働省:地域包括ケアシステムの更なる深化・推進について,2022年11月14日,〔https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001011996.pdf〕(最終確認:2023年4月7日)

真溪 淳子

仙台青葉学院短期大学看護学科 准教授

またに・じゅんこ/東北大学医療技術短期大学部看護学科、宮城県総合衛生学院公衆衛生看護学科にて、看護師、保健師の免許を取得。東北大学大学院医学系研究科保健学専攻前期博士課程修了(看護学修士)。精神保健福祉士、介護支援専門員の資格も持つ。これまで、市役所保健センター、在宅介護支援センター、発達相談支援センター、がん相談支援センター、企業の健康管理センターなど、様々な分野の相談業務に携わる。2021年4月より現職。趣味は読書と園芸・野菜づくり。毎日の癒しは2匹のいぬとたわむれること。

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