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第7回:気軽に語れる場が職場に必要(産業保健チームより)

第7回:気軽に語れる場が職場に必要(産業保健チームより)

2023.09.06磨田 百合子(株式会社日立マネジメントパートナー 保健師)

 DC NETWORK産業保健チームは現在活動休止中ではありますが、このたびの執筆の機会をいただき、育児や介護をしながら働く人々に産業看護職として何ができるだろうか、とあらためて考える機会をいただきました。
 今回、育児と介護を抱えながら働くお二人の方にお話を伺い、働く人々の仕事と育児・介護の両立支援のあり方について考えてみました。産業保健・産業看護については、看護基礎教育のカリキュラムには含まれておらず、学ぶ機会があまりないかと思います。本稿が働く人々のダブルケアへの両立支援について、産業看護職だけでなく看護教育を担う先生がたにもお伝えできる機会になればうれしく思います。なお、お話を伺ったお二方には、本サイトへの掲載に関してご承諾をいただいております。

介護を理由に離職せざるを得ない現状

 厚生労働省の雇用動向調査によると、2021年に個人的理由で離職した人のうち、『介護・看護』を理由とする人は約9.5万人で、男性は約2.4万人、女性は約7.1万人で女性のほうが多くなっており、10年前と比べると2.9万人も増加しています1)2)。介護離職が増加することは、企業にとっては、労働力不足という大きな問題がより深刻化することになります。
 私はこれまで介護を理由に退職された方にかかわったことはありません。しかし、保健面談のなかで「地方に住んでいる両親が介護を要する状態になり、週末は帰省しなければならず自分自身の時間はほとんどない生活を送っている」と話してくださった社員や、ひとり暮らしをしている親の介護を抱え、仕事と両立が厳しい状況にある社員にも関わらせていただくこともありました。私自身も、一時期ではありましたが、母親が脳梗塞を発症し、週末は実家に帰省する生活を送ったことがあります。まったく自分自身の時間がなくなり、体力的にも精神的にもつらかったことを今でも覚えています。

介護離職を防ぐ国の制度は?

 育児・介護休業法(1995年施行)により、働く人々が育児や介護を行いやすくするために休暇や休業、労働時間などに関して事業主が講ずべき措置が定められました。2021年に大きく改正され、育児休業・産後パパ育休を取得しやすい環境整備や育児・介護休業取得要件の緩和など、育児休業や介護休業を取得しやすい環境づくりが進められています。

ダブルケア経験者の語りより

産業看護職として働きながら夫と子供のケアを行うAさんの語り

 長女(7才)、次女(1才半)と夫の4人家族。次女の育児休業から復帰ししばらくして、夫が悪性腫瘍と診断され入院。どれくらいで治療の効果が得られるのか、自分ひとりで子どもを育てていけるだろうかと常に不安を抱えていました。当時、新型コロナウイルス感染症の流行により、在宅勤務が徐々に浸透し始めた頃で、他の社員より早い段階で在宅勤務が許可されリモートワークをしながら、ひとりで子育てしてきました。
 しかし、子どもたちも自宅待機となって徐々に気持ちの余裕がなくなり、子どもにあたったり、不安を訴える夫に対して応えられないほどの状況となり、上司に相談して半年間の介護休業を取得しました。
 親を介護しているママ友や同僚に相談したり、話を聴いてもらい、制度や両立支援について情報収集しながら育児と介護に奮闘していました。しかし今振り返ると、もっと早く上司に相談し、業務調整してもらえれば休業に至らなかったかもしれません。また、介護制度や育児制度のそれぞれの条件だけでなく、介護と育児が同時に発生した場合の柔軟な制度があるといいと思います。

臨床心理士として働きながら母を看取り、父をケアしたBさんの語り

 両親と3人家族。母親を看取り、その後父親の介護が始まりました。当時、コロナ感染症の流行により、リモートで仕事することが多く、休業することなく、仕事と介護を両立していました。時に介護は大変でしたが、些細なことでも話を聴いてもらえる場があることがよかったのだと思います。でも、介護は家庭の問題であると思っていたため、身内やケアマネジャー以外の職場や仕事関係者の人に話を聴いてもらったり、相談するという発想はまったくありませんでした。

仕事と育児・介護を両立する支援のあり方とは?

 仕事と育児・介護の両立支援制度は、離職せずより働きやすい職場づくりのためには必要です。私が勤める企業では各種制度に関する情報提供や相談ができる窓口を開設していますが、育児や介護に関する相談はありません。Aさんは、自身の経験を踏まえ産業看護職として、「リモートワークが進みコミュニケーションの場が減った職場において、相談されることを待つのではなく、子育て世代や介護世代が交流できる場を設けたり、社内SNSの活用や従業員リソースグループ(employee resource group: ERG)*活動の推進などが重要」とお話ししてくださいました。

*ERG:組織の中で同じ特質や価値観を持つ従業員が主体となって運営するグループのことです。当事者だけでなく、アライ(Ally)と呼ばれるような支援者もグループの一員となります。ERGを設立することによって横のつながりが強化され、エンゲージメント向上などの効果が期待できます。
[日本の人事部HP,ERG(従業員リソースグループ)〔https://jinjibu.jp/keyword/detl/1577/〕(最終確認:2023年8月29日)より引用]

 育児や介護を抱えながら仕事も両立していくためには、制度だけでなく同じ悩みをもつ者同士が気軽に集える、あるいは語れるコミュニティをつくることが大切だということ、これらのコミュニティは会社がつくり社員に提供するのではなく、『育児パパ同士のコミュニティ』や『介護を担う人のコミュニティ』など社員同士が必要だと思うコミュニティへの意見を出しえる仕組みをつくることが大切であると、あらためてお二人のお話しを伺い学ぶことができました。

 世間にはまだ、「ダブルケア」という言葉を知らない方もいらっしゃると思います。かつての私もそのひとりでした。DC NETWORKを通して支援者同士の交流を深め、産業看護職として、働く人々に「ダブルケア」を自分事として考えていただけるように、そして、より働きやすい職場環境づくりを推進できるよう活動していきたいと思います。

【引用文献】
1)厚生労働省:就業形態、雇用形態、企業規模、性、年齢階級、離職理由別離職者数及び構成比.雇用動向調査令和3年雇用動向調査,〔https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?stat_infid=000032232337〕(最終確認:2023年8月4日)
2)厚生労働省:就業形態、雇用形態、企業規模、性、年齢階級、離職理由別離職者数及び構成比.雇用動向調査平成25年雇用動向調査,〔https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?stat_infid=000032016779〕(最終確認:2023年8月4日)

磨田 百合子

株式会社日立マネジメントパートナー 保健師

とぎた・ゆりこ/新潟県長岡市出身。看護師免許取得後、長岡中央綜合病院に入職し内科病棟や健診業務に従事。その後保健師資格を取得し、看護専門学校にて看護教員として勤務(在宅看護を担当)。それまでの経験から働く人々の健康支援をやりたいと考え、帝京大学大学院公衆衛生学研究科にて、産業保健分野を学び直し(株)日立製作所に入職。2016年6月より現職。同年、産業保健看護上級専門家資格を取得し、交流会や勉強会を通して産業看護職への支援活動にも奮闘中。2018年帝京大学大学院公衆衛生学研究科博士後期課程を修了し、同大学および十文字学園女子大学にて非常勤講師としても授業を担当。趣味は小さなベランダでのガーデニング。

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