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第14回:さようなら、すべてのノスタルジック・ステレオタイプ

第14回:さようなら、すべてのノスタルジック・ステレオタイプ

2023.05.19酒井 郁子(千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター センター長・教授)

 教育現場の皆様におかれましては、1年生を迎え授業も軌道に乗ってきたことと思います。また実践家の皆様は新人看護師のメンタル不調を気にしつつも、それを尻目に当人たちはぐんぐん成長する様子にほっとする時期でもありますね。カピバラのところでも1年生 IPE がスタートしています。対面授業で睡魔に負けてしまう学生さんを見るのも久々で、なんだか懐かしい光景です。安心して眠ってる学生がいとおしい気持ちっていうんですか。学生は基本的に、「隙を見つけては眠る」「授業で言っていることの1割も聞いていない」。これはカピバラの学生に対する教員としてのステレオタイプな見方でござる。というわけで今回はちょっとステレオタイプについて考えてみます。

誰にも「ものの見方」というものはある

 第5回第10回でも少し触れていますが、医療者になろうとしてそのお勉強をしたいと思う学生は、多くの場合、高校生の時に進路を選択します(そうじゃない人ももちろんいます)。いろんな背景、理由で〇〇(医療系職種名)になりたいな、と思ってくれて選んでくれる。大学教員はその選択には直接的に関与しにくい。できるのは模擬講義とか進路説明会で感じ良くお伝えすることくらい。あ、ノーベル賞クラスの研究者とかだと社会的影響も大きいかもしれないですね。
 最近は親が医療者で、すごくなじみがあったという理由で医療者を選ぶ学生も多く、またそうでなくてもしらべ学習で自分が選択した職業をすごくリサーチしてくるので、1年生さんたちはすでに何らかの社会的な影響を受けたものの見方(多くの場合ポジティブな)をもって当該学部に入学してくる。何かしらのモチベーションがあるから選んでくれるし、頑張って受験勉強もするんですね。

バイアスの次元

 あるものを、別のあるものと比較して不公平な方法で賛成または反対する態度をバイアスといい、これには3つの次元があると言われています 1)
 それは次の3つです。①行動にはさすがに表れないけどグループ外に対して持っているネガティブな態度(暗黙の偏見)であるステレオタイプ。これは内にはポジティブで外にはネガティブとなるものです。②偏見。これは明示的なバイアスであり、グループ内を優遇し、グループ外を軽視もしくは蔑視する態度。③差別。これは観察可能な不当な扱いであり、内に有利な行動で自分たちの利益を守り、外には不当な行動をとる、というものです。①<②<③と不公平度合いが強くなっていきます。この説明を読んでいるだけで、何か言いたくなってきた読者もいるのではないかと推察します。カピバラもいろいろ言いたくなってきました(笑)。けど、ま、そこは需要があれば別の機会に。

バイアスに気づくIPEの第一歩

 IPE の第一歩は、入学時にすでにもっているステレオタイプや偏見のバリアを破ることです。学生さんたちは多様な背景をもっていますし、IPE に主体的に参加している学生もそうでない学生もいる。個人で動くことが好きな学生も、コミュニケーションに苦手意識をもっている学生も多くいます。
 学生たちには、「自分がもっているステレオタイプに気づきましょうね」「今の医療系の職種の仕事はこんなふうになっているよ」「共通の目的は患者・利用者・コミュニティの健康アウトカムの改善であり、最高品質のケアを行うことだよ」というレクチャーをします。自分たちがもっている「ものの見方」は正確で正当なものなのかを自分なりに点検してもらう。
 表に出てこないステレオタイプは放置すれば偏見となり、その偏見は差別につながっていくかもしれません。バイアスは早期発見・早期対応。だから初期 IPE では、複数学部で「いろんな職種になろうとしていろんなことを学びにここに来ているけど、ここにいる皆さんが目指すものってけっこう共通かも」というところに着地していただきたい。仕事は一人であるいは単一職種で完結できません。同僚に対してバイアスがあると、その相手の仕事の理解とか尊敬の気持ちなどは芽生えず、共通の目的・目標ももてません。とても仕事しにくい状態となります。
 これは学生だけに当てはまる話ではありません。バイアスの強い教員は多いです。いわゆる“仕上がっている”状態になっちゃってる。そして教員のもっているバイアスは学生に引き継がれます。読者の皆さんはそんなことないと思いますけど、多分周りにはいらっしゃるかもしれませんね。

1年生の自職種・他職種への気づきのパターン

 1年生がもっているステレオタイプには学部を問わずある一定のパターンがあります。いやもっと言うと、学部ごとにかなり特徴もあるような気もするけど、パターンは共通していて発生頻度が違うだけのように思います。

パターン1:リーダーシップに関すること

 <医療チームのリーダーはある特定の職種がとると思い込んでいたが、授業を受けて、患者さんの状況とチームのタスクにより、リーダーシップは受け渡されるものだと思った>とか、<自分は◎◎(職種名)としてリーダーにならねばと思っていたが、メンバーシップを学ぶことの重要性に気づいた><自分は××になるので、□□の言うことを聞いていれば良いと思っていたが、そうではないのだと知った>などです。ここで学生たちが言っているリーダーシップは最新のリーダーシップ理論から見ると大変に古典的なものであることも注目する必要があります。

パターン2:職種イメージに関すること

 <自分は△△という職種を選んだことに引け目を感じていたが、自分の選んだ職業に誇りをもちたい>とか、<☆☆に比べて♪♪は学力が劣るのでグループワークで足を引っ張らないようにしたい>とか、まだ一緒にグループワークもしていないのに、といいますか、していないせいでといいますか、自分が選んだ職業に関するネガテイブイメージに気づいて、「そうではないんだ!」という学びを学生が言語化してくれる頻度は高いです。また、自分が他の職種に対して「♤♤はエライ、♡♡はコワイ、♢♢は存在感が薄い」などというイメージをもっていたことに気づき、そして、それって違うんだなと気づくことも多いです。そもそもその職種の良いイメージがあるから、その職種を選んでくれるわけですが、自分が選ばなかった他の職種へのイメージがネガティブだから選ばなかったということもあるかもしれません。で、社会に流布している職種に固有のイメージは、もしかすると10年前、20年前の、そもそもその当時ですら古典的なものであった可能性があります。

パターン3:連携と協働に関すること

 連携と協働の基礎知識を学ぶ時、学生たちは驚きが多いようです。<連携を行うことは♧♧にしかできない専門的な役割だと思っていたが、そうではなく、すべての専門職が連携実践能力を高めなくてはならないということに驚いた><連携をすることが目的なのではなく、患者さんの健康アウトカムが目的だと聞いて驚いた><IPEは連携を促進するものだと思っていたけど、各職種間の分断の要因をなくすものでもあると知って驚いた><これまで受験勉強だったので、IPEで、自分が学ぶことが他のメンバーに役立ち、他のメンバーが学ぶことは自分に役立つという発想はなく、新鮮だった><他の職種を理解する時に、その職業の一般的な理解だけでなく、職業人としてのこれまでの Journey とこれからの希望を理解するという視点が必要なことに驚かされた>などの感想を毎年1年生からいただきます。
 いやしかし、どんだけ驚くんだ、諸君。つまり、連携と協働という言葉は知っていても、それぞれのこれまでの経験から違うことをイメージしているということがよくわかります。

パターン4:ステレオタイプに関すること

 この気づきはとても重要なメタ認知だと思います。たとえば学生は<他の職種、他の学部に対して自分は偏見をもっていないと思っていたが、授業を聞いて、自分ももっていると気づいた。このステレオタイプな見方をなくすにはどうしたらいいのか><自分ではもっていないと思っているが、いつの間にかそんなふうなステレオタイプな見方や偏見をもつようになったら、どうしたらいいんだろう>などの気づきをレポートしてくれることがあります。
 自分はステレオタイプをもっている、もしくはこれからステレオタイプなものの見方になるかもしれないと予期不安が生じ、でもどうしたらいいのだろうか、と思うことは学習のレディネスが高まったとも言えます。

さようなら、すべてのステレオタイプ

 ステレオタイプは誰しももっており、それがなくなるということはないかもしれない、カピバラもステレオタイプはもっているし努力し続けていると、授業ではっきり伝えることにしています。すると学生は<授業で言われたことを実践しつつ本当にそうなのかを検証、改善できるようになることがより良い IPC につながると思った><IPE を受けたからといって自分の固定観念が完全になくなったと思い込まないようにしたい>とレポートに書いてくれたりします。
 ステレオタイプなものの見方が「あるんだ」と認め受け入れる。バイアスに気づける環境に身を置き、自分で気づいて修正する。修正することで、以前の自分がもっていたステレオタイプを客観視して「あ、この見方は違ってたんだ」と実感することができる。これで昔もっていたステレオタイプとさようならできると思います。医療者として内面的に補完されるわけですね。
 一方、「さようならはまた出会うためのおまじない」でもあるわけです。だって、新たな出会いと交流と学びは新たなステレオタイプを生み出す可能性があるからです。こうやって自分のステレオタイプの修正は続いていくわけです。ステレオタイプなものの見方というものが、実は自分を成長させる「てこ」になっているんですね。正解はないけど。
 そのような意味で、ありがとう、すべてのノスタルジック・ステレオタイプということでもあるのかなと思います。

 
引用文献
1) Nassrine N, Darla K H, William O:Interprofessional Education Toolkit;Practical Strategies for Program Design, Implementation, and Assessment, p.50, PLURAL PUBLISHING, 2022
 
事前参加登録は5月26日(金)まで! 
日本老年看護学会 第28回学術集会のお知らせ

 

酒井 郁子

千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター センター長・教授

さかい・いくこ/千葉大学看護学部卒業後、千葉県千葉リハビリテーションセンター看護師、千葉県立衛生短期大学助手を経て、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(保健学博士)。川崎市立看護短期大学助教授から、2000年に千葉大学大学院看護学研究科助教授、2007年同独立専攻看護システム管理学教授、2015年専門職連携教育研究センター センター長、2021年より高度実践看護学・特定看護学プログラムの担当となる。日本看護系学会協議会理事、看保連理事、日本保健医療福祉連携教育学会副理事長などを兼務。著書は『看護学テキストNiCEリハビリテーション看護』[編集]など多数。趣味は、読書、韓流、ジェフ千葉の応援、料理。

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