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第6回:在郷軍人病って何⁉ レジオネラのお話

第6回:在郷軍人病って何⁉ レジオネラのお話

2023.08.03中野 隆史(大阪医科薬科大学医学部 教授)

 さて、この連載も第6回になりました。今回はある細菌のお話をしようと思います。その名はレジオネラ Legionella pneumophilaです。

在郷軍人大会で起きた集団感染

 この菌が起こす肺炎、いまではレジオネラ肺炎と呼ばれますが、この病気が発見された当時は「在郷軍人病」(legionnaires’ disease)と呼ばれていました。それは1976年、米国フィラデルフィアのホテルで全米在郷軍人大会が開催されたときに、この「謎の肺炎」の集団発症が初めて見られたからなんです。すなわち当時の新興感染症ですね。この菌の属名の由来は在郷軍人legionnaire(s)から、種名のpneumophilaは一瞬、肺pneumoにフィラデルフィアのPhila? と思われたかもしれませんが、肺pneumoが「好き-philus」が由来です。

 在郷軍人といっても今の日本ではピンときませんが、これは退役軍人や予備役の軍人のことをいいます。退役軍人とはかつて軍人だったが引退して地方で過ごしている人たち、予備役とは地方で別の仕事に従事しているが、以前に軍隊の訓練を受けており、いざ戦争状態になれば軍人として駆けつけることができる人たちのことをいうんだそうです。
 これらの方々が集まる大会ですので、おそらく高齢の方が多かったんでしょう、この大会の参加者とホテル周辺の通行人221人が重症肺炎を発症し、うち29人が死亡しました。軍関連の行事で発生した事件ということで当時はバイオテロも疑われたようで、米国疾病予防管理センター(CDC)が徹底的に原因を探索し、最終的にホテルの空調機の不具合が原因であると突き止めました。

 今でもかなり古い空調機の中には、一般的なフロンガスではなく水を循環させるものがあります。その場合、建物の屋上にクーリングタワー(冷却塔)と冷却機が設置されていて、それらの設備で水を冷やし、冷たい水をパイプで屋内に導いて各部屋の空気を冷やすようになっています。部屋を通った水は屋上のクーリングタワーに戻って、という具合に、パイプの中をぐるぐると循環しています。この循環水にレジオネラという細菌が繁殖し、さらに部屋を通るパイプが腐食して水が漏れたために、ホテルの宴会場全体にレジオネラを含んだエアロゾルが噴霧されたことが、集団感染の原因でした。

シビアな培養条件、なのにどこにでもいる

 なぜその当時までレジオネラが発見されなかったかというと、この菌、かなり特殊な培養条件でないと増えないためなのです。培養条件や栄養要求性がシビアな菌としては、第4回でお話ししたカンピロバクター、ヘリコバクターなどもありましたね。このあたりは「培地学」という学問もあるくらいでして、なかなか興味深い領域なのですが、あまり深入りせず、今回はレジオネラに特化したお話をします。

真っ黒の寒天培地で増えるレジオネラ

 レジオネラを培養するためには、現在では「bCYEα培地」というのを使います。この培地の名前は、こんなかんじでレジオネラを増やす工夫を端的に表しています。

b = buffered(pHを緩衝させている)
C = charcoal(活性炭が入っている)
YE = yeast extract(酵母抽出液が入っている)
α = α-ketoglutaric acid(αケトグルタル酸が入っている)

 というわけで、活性炭が入っているので見たところ真っ黒の寒天培地なんです(図1)。

図1 bCYEα培地上に見られるLegionella pneumophilaのコロニー
[Difco & BBL Manual,p.65,Becton Dickinson’s and Company,2003〔https://www.bd.com/documents/guides/user-guides/DS_CM_Difco-and-BBL-culture-media-manual_UG_EN.pdf〕(最終確認:2023年6月27日)より引用]
図2 bCYEα培地上に見られるLegionella pneumophilaのコロニー
左:菌を接種する前の培地 右:培養後の培地
(提供:大阪医科薬科大学医学部微生物学・感染制御学教室)

 この培地にレジオネラが生えると、黒い表面に「ミルクをこぼしたような」と表現される、白く光沢のある特徴的なコロニーが発生します(図2)。さらに紫外線を当てるとこのコロニーが緑色に光ります。これ、とっても幻想的な蛍光で、私、初めて見た時に思わずぼーっと見とれてしまったのですが、あまり長く紫外線を当てると菌が死んでしまうことに気づいて、ハッと我に返りました。いけないいけない・・・

水たまりから地球の外まで!?

 実はこの菌、冷却水だけでなく、循環浴槽や温泉、ジェットバス(ジャグジーバス)などのお風呂の水だったり、公園の噴水や水たまりの水にまでいることがあります。源泉かけ流しだから大丈夫、というわけではないことは、最近の事例でも明らかです。クルーズ客船のジャグジーバスや、病院の新生児室で使われていた超音波加湿器が原因のアウトブレイク事例もあります。
 患者は発生していませんが、南極昭和基地のお風呂の水にレジオネラが検出されたという記事を見たこともあります(図3)。昭和基地のお風呂の水は、本来無菌であるはずの南極の氷や雪を解かして使っているそうですが、菌はどこから来たんでしょうね。さらに、ミール宇宙ステーションの調査でも、宇宙ステーションの中からレジオネラ属の細菌が検出されているんです(図4)。南極では飽き足らず、地球を飛び出した細菌なんですよ。

図3 南極昭和基地の浴槽水にレジオネラが存在したことを伝える新聞記事
[レジオネラ菌昭和基地にも 衣類付着?浴槽で繁殖.読売新聞東京版朝刊,2007年1月7日より引用]
図4 宇宙ステーション内の微生物に関する論文(一部)
[Ott CM, Bruce RJ et al:Microbial Characterization of Free Floating Condensate aboard the Mir Space Station,Microbial Ecology 47 (2), 133-136, 2004より引用]

 ところが培養するとなると、とっても条件が厳しいんです。まずpHは6.90±0.05という、きわめて狭い範囲でないと増殖しません。少しでも酸性やアルカリ性に傾くと、もう生えないのです。さらにナトリウムイオンがある程度以上あると増えないので、pHを整えるのに通常用いられる水酸化ナトリウム(NaOH)ではだめで、水酸化カリウム(KOH)を使わないといけないんです。
 さらに困ったことに、培地に含まれる微量の不純物が発育を阻害するといわれており、寒天培地に活性炭を入れることでその不純物を吸着させる工夫をしています。さらにさらに栄養要求性も特殊で、未知の成分も含めていろんなサプリメントが含まれている酵母抽出液に加え、αケトグルタル酸を添加しています。なんともなんとも、ぜいたくというかわがままというか、こんなに栄養要求性の厳しい細菌は珍しいです。

 でも不思議に思いませんか?そんなに培養条件がシビアなのに、自然水や人工的な水の中に結構な頻度で見られるんです。これはおそらく、レジオネラがそれらの水の中に存在する「自由生活アメーバ」の細胞内に寄生しているからだと考えられています。なるほど、アメーバは真核生物で原生動物ですから、その細胞内のpHやイオン組成などはきっちりコントロールされていますよね。前段でお話しました、宇宙ステーションにレジオネラがいた、という逸話ですが、こちらも同じ宇宙ステーション内にアメーバ様の物体がいたことが図4と同じ論文に記録されています(図5)。なるほどね、という感じです。

  

図5 人工衛星内で発見された原虫(原生動物)
左:アメーバ様の原虫 右:線毛を持った原虫
[Ott CM, Bruce RJ et al:Microbial Characterization of Free Floating Condensate aboard the Mir Space Station,Microbial Ecology 47 (2), 133-136, 2004より引用]

ホテルの従業員たちが感染しなかったのはなぜ?

 冒頭にご紹介した謎の肺炎の集団感染には、実はもうひとつ謎があります。在郷軍人会でレジオネラ肺炎を発症したのは在郷軍人の方々および少数の通行人でしたが、ホテルの従業員は一人も発症しなかったのです。当時、とても不思議に思われていたようです。
 現在わかっていることは、レジオネラ肺炎はある程度、日和見感染症的な性格を持っていて、在郷軍人会の事例のように高齢者、あるいは糖尿病の人や免疫不全者などの易感染性宿主、あるいは喫煙者が感染することが多いということです。ですが、健常人が発症することもあり、これは菌の曝露量によると考えられています。ただし、患者からヒト・ヒト感染することはありません。さてこの事例の場合、従業員は若者が多かったからとも考えられるのですが、在郷軍人会が開催される前から少量の菌が含まれるエアロゾルに継続的に曝露されていた従業員には、この菌に対する免疫が成立していた可能性があると思います。

かかると怖いレジオネラ肺炎、その検査法は

 レジオネラ肺炎は適切な抗菌治療がなされないと致死率は15%を超える1)、あるいはもっと高くて60-70%2)といわれます。ペニシリンやセフェムなどのβラクタム系抗菌薬は無効です。逆にβラクタム系が効かない市中肺炎を見たらレジオネラ肺炎を疑わなければなりません。治療にはマクロライド系、あるいはレスピラトリーキノロンが使われます。抗菌治療を始めても致死率は5-10%程度であり、救命できたとしても肺実質の破壊が進んだ症例の場合、呼吸機能が完全に元には戻らずCOPD(慢性閉塞性肺疾患)などの後遺症が残る場合もあります。市中肺炎の中ではかなり重症の肺炎であり、けしてあなどってはいけないのです。今ではクーリングタワーの水や温泉などは法令で定期的なレジオネラ検査が義務づけられています。

肺炎なのに尿検査?

 レジオネラ菌の検査法としては、肺炎球菌性肺炎と同様、尿中抗原検査が適用できます。これ、肺炎の検査なのに患者さんに紙コップを渡して「おしっこを取ってきてください」ということになるので、患者さんはだいたいキョトンとされます。え、肺炎の検査なら痰を取ってくださいじゃないの?と思われるというわけですが、実際はこの菌の細胞壁にあるリポ多糖抗原が水溶性で血漿に溶けますので、肺胞で壊れた菌の細胞壁成分がそのまま腎臓に行って濾し出され、尿中に排泄されるんです。どこまでも水と縁のあるレジオネラなのでした。

【引用文献】
1)吉田眞一,柳雄介ほか編:戸田新細菌学,改訂34版,p.277,南山堂,2013
2)レジオネラ症 Legionellosis,東京都感染症情報センター,2020年3月5日,〔https://idsc.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/diseases/legionella/〕(最終確認:2023年6月29日)

中野 隆史

大阪医科薬科大学医学部 教授

大阪医科大学(現・大阪医科薬科大学)医学部卒業後、同大学院医学研究科博士課程単位取得退学(博士(医学))。大学院時代にHarbor-UCLA Medical Centerに留学。同大学助手時代に国際協力事業団(現・同機構;JICA)フィリピンエイズ対策プロジェクト長期専門家として2年間マニラに滞在。同大学講師・助教授(准教授)を経て2018年4月より現職。医学教育センター長、大学安全対策室長、病院感染対策室などを兼任。日本感染症学会評議員、日本細菌学会関西支部支部長、大阪府医師会医学会運営委員なども勤める。主な編著書は『看護学テキストNiCE微生物学・感染症学』(南江堂)など。趣味は遠隔講義の準備(?)、中古カメラの収集など。

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微生物学・感染制御学の教員「とろろ先生」が、微生物や感染症について軽妙な語り口で綴ります。実際的なコラムや印象的なエピソード、明日使える豆知識などを通して、微生物や感染症の深い世界を覗いてみませんか。

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