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第2回:「好き♡」に幸あり

第2回:「好き♡」に幸あり

2023.12.14谷津 裕子(公立大学法人宮城大学人間・健康学系看護学群 教授)

 こんにちは。私がこれまで取り組んだ多様な研究テーマをモチーフに、テーマからテーマへと流れゆくストーリーを通して研究の面白さをお伝えする。そんなコンセプトで前回からこの連載が始まりました。日頃がんばってお仕事されている看護教員の皆さまに、ホッと一息つける時間をお届けできたら……と思います。

「感性」って何?

 前回は、私が臨床で「看護のセンス」に惹かれ、大学院で「看護者の感性」について調べることになったことまでをお話ししました。その頃、若干26歳。やる気満々の私に立ちはだかったのは、「感性」という概念の奥深さでした。感性に関連する概念を紐解くと、感覚、五感、体感、内観、知覚、認知、認識、直観(直感)、感情、情緒、意思、常識などと数多く、かつ、それらの概念について研究している学問分野も哲学、社会学、美学、芸術学、情報工学、脳科学、心理学、教育学など多種多様でした(図1)。……え、嘘でしょ? 一体どうすりゃいいのよ〜とひるむ私。でも、全ての概念が「感性」の理解につながることが嬉しくもあって、いろんな大学の図書館に足を運んでは論文や書籍をむさぼり読む毎日でした。特に、東京大学教育学部と東京学芸大学の図書館には職員か!ってほど通ったなぁ。「感性」関連の文献が驚くほど豊富で、本当にお世話になりました。

 感性ってこーんなに低く見られてきたんだぁ、最近の大脳生理学や認知心理学の発達に伴って感性の働きに注目が寄せられてきたんだなぁ、看護学でも感性は看護者の資質や援助関係におけるコミュニケーションスキルに不可欠な要素として重要視されているんだなぁということが、文献検討を通してじんわり深〜く分かってきました。一方で、こうした見解を裏づける実証的な看護研究は、不思議なほどに見当たりません。そこで、看護における感性の実態が不明である現時点では、認知心理学の研究成果を踏まえ、看護者が対象をどのように「理解」し、それをどのように表現するかという「印象化」と「反応化」の2つの働きに焦点をあてた基礎的調査を行うことによって、看護における感性の内的過程を探る手がかりとすることが必要、と考えました。

図1 “看護者の感性”の関連概念
 
 

「看護者の感性」をどうやって捉える?

 一難去ってまた一難。次は、「看護者の感性」をどうやって「見える化」するのか? という問題が立ちはだかります。考えてみれば、これぞ本丸です。感性という主観的で実体のないものを客観的に捉えることの難しさに直面するからこそ、みんな実証的な研究に踏み込めないのよね。ここさえ乗り越えれば、きっと先行きは明るいはず。そう自らを奮い立たせ、他の学問分野で取り組まれている研究方法を探しました。すると、「私にとって感性とは〜である」の「〜」の部分に言葉を埋めてもらう文章完成法や、「感性という語から思いつくことを挙げてください」という質問に答えてもらうインタビュー調査、マジックミラーの外から対象者の行動を観察する方法、脳波解析などの生理学的調査など、いくつかの方法が用いられていることが分かりました。

 ん〜……何でしょう、今一つピンと来ないんです。でも、ここで分かったこともありました。それは、私が求めているのはもっとシンプルで、かつ私自身が楽しめる研究方法だということです。

 そんなことを薄ぼんやりと考えていたある秋の日、当時、日本赤十字看護大学大学院で基礎看護学の教授でいらした、ナイチンゲール研究で著名な小玉香津子先生が、私にこんな話をしてくださいました。「看護史の本に面白い写真を見つけたんですよ。1枚は1900年代、もう1枚は1980年代。両方ともベッドサイドで患者の脈を測っている写真ですけどね、看護者の立ち位置や仕草、目線、表情がま〜るで違うんですよ!」。目を輝かせる小玉先生の熱い語りに惹きつけられつつ、先生はなぜこんなに面白がっているんだろうと冷静に分析する自分がいました。その時、思ったんです。小玉先生には、援助関係におけるコミュニケーションスキルの変遷に関する膨大な知識がある。だからこそ、先生はこの2枚の写真を強烈に「面白い」と感じた。J・トラベルビー1)も、「感情や情緒は知性によって抑圧されるのではなく導かれる」って言ってたな。ということは、小玉先生がそうだったように、看護場面を映し出す写真から“何を読み取るか” に、その看護者の看護への理解の仕方、つまり感性が表れると言えるのかも。

 そう考えて、私はすぐに、看護場面を映し出す写真が研究媒体として使えるかを検討し始めました。芸術鑑賞力の獲得過程に関するいくつかの研究で、絵画を鑑賞した人々にインタビューを行い、得られたデータの意味解釈を行うことによって鑑賞者の有する知識や思考の発達にともなって開発される連続的な発達段階があることを見出したものがありました。それらの文献検討を通して、看護場面を映し出す写真を題材にしたデータ収集と分析の方法が具体的にイメージできるようになりました。そして、これこそが私自身が楽しめるシンプルな方法だと確信しました。

 今思うと、自分が「好き」「楽しい」と思えることを探すって大切だったなと思います。自分がのめり込めるテーマや目的、方法でなければ、その研究に愛着をもって、長く孤独な研究プロセスを歩み続けることは難しいのですから。 
 

「看護場面を映し出す写真」を用いた研究の限界と課題

 このようにして、修士論文では、看護場面を映し出した写真を題材とし、これを鑑賞する看護学生と看護専門職者の反応を分析して、看護者の示す反応の背景にある理解の仕方を明らかにすることができました2)。でも皆さん、お気づきですよね。看護者の感性は、本来ならば、実際の看護場面における看護者の反応をもとに把握されなければなりません。今回はその前段階として写真を媒体として研究を進めることにしました。では、実際の看護場面で看護者の感性をリアルに捉えるにはどうしたら良いでしょうか。

 この問いが、次の私の課題になりました。次回は「看護のアート」についてお話しします。 


引用文献
1)Travelbee J著,長谷川浩,川野雅資訳:人間対人間の看護,p.23,医学書院,1974
2)谷津裕子:看護における感性に関する基礎的研究―「看護場面的写真」を鑑賞する看護者の反応の分析. 日本看護科学学会誌19(1):71-82,1999,〔https://www.jstage.jst.go.jp/article/jans1981/19/1/19_71/_pdf/-char/ja〕(最終確認:2023年9月20日)

谷津 裕子

公立大学法人宮城大学人間・健康学系看護学群 教授

やつ・ひろこ/日本赤十字看護大学卒業後、大田原赤十字病院(現那須赤十字病院)看護師、日本赤十字看護大学助手を経て、日本赤十字看護大学大学院看護学研究科博士後期課程修了(看護学博士)。同大学および大学院の講師、准教授、教授を経て、2016年3月に退職。同年10月より英国のグラスゴー大学大学院で動物福祉学を学び修士課程修了(科学修士)。帰国後、東京慈恵会医科大学医学部看護学科教授を経て2022年度より現職。著書は『Start Up 質的看護研究 第2版』(学研メディカル秀潤社、2014)、『動物―ひと・環境との倫理的共生』(東京大学出版会、2022)など多数。好きなことはお笑いの動画を見ることとveganカフェ・レストランを巡ること。

企画連載

谷津裕子の ゆっくり研究散歩

多様な研究テーマをもつ筆者。これまで取り組んできた研究テーマには、テーマからテーマへと流れゆくストーリーがあり、その折々に気づきや驚き、ワクワク感を覚えるシーンがありました。本連載では研究テーマに出会う散歩道を、読者の皆さんとともにゆっく~り歩みます。

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