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第1回:相馬看護専門学校の実践 ―実際を見聞きして地域への理解を深める

第1回:相馬看護専門学校の実践 ―実際を見聞きして地域への理解を深める

2024.03.19愛澤 めぐみ(相馬看護専門学校 副校長)

 「地域・在宅看護論」のスタートも後押しし、学内外のさまざまな場面で地域住民と交流することで学生たちに地域の特性や人々の暮らしについて知ってもらい、地域で活躍する看護師となってもらうための取り組みが各校で行われています。その一部は、一般社団法人日本看護学校協議会と厚生労働省が作成した『地域と学校が共に作る連携教育展開の手引き(以下、手引き)』に紹介されています。しかし、紙幅の都合上、紹介できなかった内容も多くあると聞きました。そこで本連載では、日本看護学校協議会理事会のご了解のもと、本冊子に実践事例を寄せられた学校の先生がたにさらなる実践報告をいただきました。手引きでは語り尽くせなかった内容もお書きいただいています。手引きもあわせてぜひご覧ください。

はじめに

 本校は福島県相馬市にある公立の看護専門学校で、今年で開校23年になります。「相馬野馬追」(図1)という相馬藩の出陣の様子を伝える祭りを継承する歴史ある地ですが、2011年の東日本大震災で地震・津波、そして原子力災害に見舞われ、甚大な被害を受けた地域でもあります(図2)。

図1 相馬野馬追のようす
[相馬野馬追執行委員会:相馬野馬追とは.相馬野馬追ホームページ,〔https://soma-nomaoi.jp/〕(最終確認:2024年2月2日)より引用]
図2 相馬地方の紹介

 土地の整備や避難解除も進んではいますが、まだ復興半ばの状況であると言えます。医療への打撃は非常に大きく、何といっても原子力災害により子供を持つ中堅看護師の多くは県外に避難せざるを得ませんでした。医療施設は看護師不足で再開が遅れ、その影響は今なお続いています。そうした中で本校の役割は大きいものと感じています。 
 今回、カリキュラム改正にあたり、「これから地域で看護が果たすべき役割って何だろう?」と教員全員で議論を重ねました。そして、学生に教える前に自分たちがもっと地域を知らなくてはならないのではないか、という話になり、相馬地方を構成する市町村の担当の方にお願いし歴史や市政、産業全般について勉強会をしました。
 そこで、私たちは、目からうろこの体験をしたのです。本校教員は9割が地元出身者で、自身も被災者であり、復興の波の真っ只中にいてこの地域のことはよく分かっているつもりでした。そのため、勉強会を通して今の地域の状況、生活や産業の変化、様々な層(年齢・職種など)の人の動き、疾病構造などが大きく変化していることを知り、とても驚きました。また、相馬地方の歴史や風習など、新たに知ることも多くありました。改めて、震災の影響とそこから立ち上がろうとする地域・人々のことを、深く思いました。  

 相馬地方には、二宮尊徳(金次郎)の考えに基づく報徳仕法とその根本となる「至誠」(まごころをもって)の教えをもとに、勤勉に身の丈に合った暮らしを信条としてきた歴史があります。相馬地方の歴史や文化、そして震災による影響を実際に見て学びながら、この地域の暮らしやその人の考えの根っこにあるもの、価値観を理解することが、対象を生活者として捉え看護することにつながるのだと考えます。今なお復興の途上にあるこの地域で力強く生き抜く人々がいることを再認識し、その生活を支える看護実践者を育てなければと、決意を新たにしました。

地域住民と連携した教育実践の紹介

科目の概要

 さて、ご紹介する事例は、1年次で学ぶ基礎分野の科目「報徳仕法と相馬地方の風土・特徴」のうち、正味3コマの内容です(授業内容や各回構成の詳細は手引きp.23を参照)。この科目は、「至誠」という文言を教育理念・目標にいれた、本校のカリキュラム改正にあたっての考え方(図3)の1~3を、強く反映させたものと言えます。

図3 本校のカリキュラム改正にあたっての考え方

 1については、相馬地方の歴史文化、人々への関心を高めるため入学後すぐに史跡や震災遺構を回るバスツアーや地元の人々と談話の機会を設定する。2では、コミュニケーション力の強化のために地元の人と談話し、方言も含めた地元の理解と自分の会話の傾向を知る。3では、震災の歴史を知り、看護の果たす役割について考える、という内容が、この科目で体現されています。期待する学生の学びについては、手引きp.22をご参照ください。
 科目担当は、市役所から出向していた本校の前事務長です。長く市史編纂室にいて相馬の歴史風土に精通している、教員免許も持っているなどのことから依頼しました。

「バスツアー」「談話会」の実施

 科目第2、3回で実施する「校外学習(バスツアー)では、地域の主な史跡、施設、企業などを見学したのち、松川浦海岸線を通り震災からの復興の状況を実際に見ます。また、震災関連施設として相馬市防災備蓄倉庫や相馬市伝承鎮魂記念館で震災についての説明を受けたのち、資料や津波被害の映像を視聴します。震災当時の状況を伝える新聞、写真などたくさんの資料、また亡くなられた方の氏名年齢を刻んだ墓標に接し、それらに学生は圧倒されながら真剣に見入っていました。市民市場「浜の駅松川浦」では地元の魚・特産品などを眺め、お店の人と話したりしながら買い物を楽しんでいました。第4回の『談話会』では、地元高齢者の皆さんに方言を交えながら相馬地方の歴史、生活、体験など自由に話していただき、学生と交流を深めていただきました。

バスツアー中のようす。真剣なまなざしで震災に関する資料を見つめる
(以下、写真は学生の許可を得てすべて筆者提供)

授業の実施にあたって留意したこと,大変だったこと

 この内容を入学オリエンテーションや教課外活動でなく、1単位の科目として設定した背景には、私たちのカリキュラムに込めた深い思いがあります。それをしっかりと理解してほしいと考え、教育理念とカリキュラムの意図を事前に学生に説明したり、ご協力いただく公民館のシルバー塾の皆さんにもその旨を伝えたうえで日程・内容のすり合わせを行いました。
 また、相馬地方の公共交通機関はとても不便です。バスをチャーターするのにも上部団体と協議が必要でした。シルバー塾の方もどのようにして来ていただこうか悩んでいましたが、講師の交渉で公民館の事業とタイアップすることが叶い、相馬市からバスを出してもらうことができました。

「浜の駅松川浦」で地元の食材やお土産を選ぶ学生

学生や協力者、教員の反応・感想

 教員も毎年数人ずつバスツアーに参加しています。講師の説明を受けながら学生の学習状況を見ています。教員自身が相馬地方への理解を深める機会でもあります。談話会にも参加し、写真を撮ったりしながら様子を見ています。話に困ったら教員から話題を出すように考えていましたが、そんな心配は不要で大いに会は盛り上がっていました。講師、引率・談話会に入った教員からは、「学生はバスツアー・談話会とも興味を持って臨んでおり、皆真剣に取り組んでいた」との声がありました。バスで実際に現場に赴きその空気感も味わいながら説明を受けること、またその暮らしぶりを直接地域の方から聞くことで、学生たちは強い印象を抱いたようです。
 授業協力者からも概ねよい反応がみられ「看護学校があるのは知っていたが、こんなに広くていろいろ整備されているとは知らなかった」「しっかり勉強して看護師になって頑張ってほしい」「震災のことを、風化させないでほしい…」といった声も聞かれました。授業評価の感想(図4)もご覧ください。 

「談話会」のようす。地元高齢者の暮らしぶりについて熱心に聞く

図4 本科目に関する学生の感想

本科目の評価について

 学生の学びは、出席・授業態度・日々のリフレクションぺーパー、試験レポートで評価しています。科目目標は、学びの評価・学生の授業評価、提出物の内容からみて、概ね達成できていると考えます。この授業と並行して「看護学概論」や「地域・在宅看護概論」の授業が始まっており、既習内容を関連させた授業展開をしています。1年次の7月には「地域で暮らす人々の健康な生活を支える社会資源を知る実習」で地域のクリニック、歯科医院、薬局、特別養護老人ホームなどさまざまな施設に1~2人で見学実習に行くのですが、その先修科目としても十分だったのではないか、と考えました。

今後に向けての構想

 相馬地方では独居老人が激増しています。これには震災で家族が分断されたことも影響しており、三世代家族のうち若い人は避難して新しい住まいを構えているが、高齢者は「地元を離れたくない」「また何としても戻りたい」と思っているという現実があります。
 そこで考えたのが、災害復興住宅への訪問です。震災後、相馬市には災害復興住宅「井戸端長屋」ができました。中央に共同スペースがあり、独居でありながらそばに誰かの存在がある、という施設です。バスツアーの最後に「井戸端長屋」に行って入居者とのコミュニケーションを図ることで、この授業だけでなく、別の授業につながる地域とのかかわりができるかもしれないと構想しています。

 また、本校は学校として地域のイベント(相馬盆踊り、市民祭り、子ども科学フェスティバル、高校生と企業等の交流会)などに積極的に参加しています。学生のコミュニケーション能力や対応力の強化、学習支援能力の育成につながりますし、学校の認知度を上げ地域の皆さんに看護学生の存在を身近に感じてもらうことは、地域で活躍する看護師育成に重要な意味を持つと感じています。本事例で協力してもらった公民館からの依頼で、高齢者健康教室も開催しました(図5)。学生の生き生きとした笑顔から、学内だけでは学べない、地域の「学習の場」としての魅力を再認識しています。このような取り組みをさらに増やしていきたいと考えています。

図5 公民館での「高齢者健康教室」開催のようす

おわりに

 新カリキュラムで学ぶ学生は(新たな学習もありますが)、私たち教員が学生であった時代と同じ内容を学ぶのであっても、その学び方が違います。先に人々の生活の場を知りそこに本来の暮らしがあることを強くインプットされた学生が、どのように成長していくのか……。紙上事例演習で、入院中の看護がさっぱり見えないわりに、退院後の生活のアセスメントばかりに力を入れてくる学生が多く、教員も戸惑いを隠せませんが、しかし期待もしつつ見守っています。私たちが見えていなかったものに気づき、かかわることのできるこれからの看護師になるための基盤を、何とかこの学び舎で得てほしいと願っています。

愛澤 めぐみ

相馬看護専門学校 副校長

あいざわ・めぐみ/福島県相馬郡飯舘村出身。筑波大学医療技術短期大学部看護学科、東京都立公衆衛生看護専門学校助産学科を卒業。東京大学医学部附属病院産婦人科、原町市立病院(現南相馬市立総合病院)産婦人科・整形外科混合病棟に勤務。2005年に相馬看護専門学校に入職。2017年より現職。

企画連載

実践報告 地域住民と連携した教育の実際

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