人の知的発達とメンタルヘルスについて扱ってきたこの連載、徐々に知性と精神性の成熟に視点を移してきました。ここ数回は精神的成熟や社会的発達への変化を扱ってきまして、今回は記憶や行動が思うようにならない状況を扱おうと思います。
人間の記憶はある程度取捨選択できますが、さまざまな感覚神経から入る情報まで取捨選択して遮断することは難しいです。そのため、壮年期頃から脳の誤作動に伴う苦労も生じるようになります。
判断の省略と記憶の活用
成人期中期以降にある人たちの判断力や知的成熟には、成人期前期までとは少し異なる成熟の工夫があります。というのは、青年期以降の成人が行う判断や思考には、記憶したことをそっくりそのまま再現するというより、定着した記憶を活用することが徐々に多くなっていきます。
たとえば、カレーライスを作ったことが何度もある人とそうでない人が、クリームシチューを作ることになったとします。カレーライスを作ったことが何度もある人は、おそらくクリームシチューの作り方を少し調べる程度で、カレーライスを作った時の方法(材料の切り方や煮込む時間など)をそのまま応用してクリームシチューを作ることになるでしょう。一方、カレーライスを作ったことがない人は、材料の切り方など含め調理の詳細を一つひとつ調べながら(分析しながら)作っていくことになるでしょう。
このように、新しい場面に対してじっくり分析して考えるというよりも、過去の経験に照らし合わせて判断を省略しながら物事に対応していくことになるのです。