この連載も前回(第16回)で社会システムと信頼・信用の形成を扱うようになり、いよいよ知的成熟が社会的側面をとらえるようになってきました。
「信頼」「信用」という概念は、人が他者やものと関わるうえで不可欠なもので、記憶力や計算力のような基本的な演算力とともに、「思考の基盤」ともいえる能力でしょう。この連載の内容も「信頼」されていて、皆さんの「思考の基盤」として貢献できていれば嬉しく思います。
さて、前回は「記録」の誕生を起点に「信用」が社会的に定着していったことについて述べましたが、信用には「貨幣」も非常に重要になります。そこで、今回はもう1つの「信用の基盤」ともいえる「貨幣」を扱おうと思います。記録が「事実関係や行為を保存するもの」であるとしたら、貨幣は「財産を保存するもの」であるといえます。
人が今日の社会を形成するうえで欠かせないものとなった貨幣(報酬)の存在とその意味合いについて、また働く人のメンタルヘルスとの関連まで述べていくこととしましょう。
通貨は“通価“のための入り口
これまで、人間社会が発達した理由の1つに保存可能な財産の誕生があり、記録によって財産の受け渡しや貸与を保存するようになったことを述べました。この「記録」という方法は、ある程度信用できる相手に対して行える便利な方法ですが、貸し借りの約束を守ってくれなさそうな人たちに対してはあまり有効ではないシステムになってしまいます。
たとえば、普段から一緒に作業をしている同じ集落の人とだったら貸し借りはできるけれども、普段は一緒に作業をしない隣の集落の人は貸し借りをしても返してくれないかもしれない、というような疑いが生まれます。そこで、前回では触れませんでしたが、あまり信用度の高くない人たちの間でもできる財産の受け渡しの方法に「交換」という方法が登場します。お米と斧を交換したり、羊と槍を交換したりすることで、お米や羊がよくとれる集落と斧や槍をつくるのが上手な集落がお互いに交換してお互いに「得をする」という考えです。