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第10回:不安への対処の成熟過程

第10回:不安への対処の成熟過程

2022.06.14安保 寛明(山形県立保健医療大学 教授)

 第6回からここまでの連載で、学齢期の人間の知性の発達について扱っています。多くの情報を分類・整理することができ、聞きながら話すこと、複雑で細やかな運動を実現できること、他者の心のありようの推察(心の理論)や未来に対する肯定的な認知がもてることなどが重要です。
 学齢期は自己効力感を獲得しやすい時期ではあるのですが、自己効力感の獲得には他者の存在を必要としています。では、他者の存在が希薄になり、思うように行動できずつらい経験を多くするようになったら、私たちはどのようにするといいのでしょう。

 

脳の成熟と心の発達

 学齢期にはたくさんの特徴がありますが、見た目が大人に近づくことも大きな特徴です。11歳から15歳頃までの間に多くの人が第二次性徴を迎えて生殖能力という意味で大人に近い機能を持ちますし、身長の伸びも16~18歳くらいまででおおむね止まりますから、高校生の頃には大人と変わらない体格が備わることになります。ヒトの平均寿命を80~85歳としたら身体的な成熟までに要する期間は人生全体の5分の1くらいということができます。では、脳の成熟や知的機能の成熟はどのくらいの期間が必要なのでしょうか?

 脳の成熟や知的機能の成熟については、脳のどの部分の成熟に注目するかによって考え方が異なります。
 そこで、まずはこれまでの連載(第7回から第9回)で紹介してきたヒトの脳の機能の特徴といえる部位、前頭前皮質、小脳、白質の3ヵ所に注目して脳の機能と知的機能の整理をしながら、知的機能の成熟に必要な期間や発達過程,そこで生じる問題などを紹介していきます。そして、周りとうまくつながることができなかった時の、不安や不快、孤立の対処について述べたいと思います。

人らしい知的成熟に関係する脳の部位
 

知性の成熟はまだまだ続く

 前頭前皮質の成長は多くの研究から25歳くらいまで続くことがわかってきています。このことは、前頭前皮質で行っている、①複雑な計算や工程を頭の中で順序立てて行うこと、②先読みが必要な状況で先読みを行うこと、③やらないほうがいい行動をとらないこと、④他者への共感性のある行動、などは25歳くらいまでは未成熟であるということを意味します。つまり、学齢期の子ども達は複雑な先読みをする力は未成熟なので何かに没頭しやすい傾向にありますし、やらないほうがいい行動を回避することが苦手であるといえます。

 小脳の発達については、「小脳の脳細胞が増える」ことではなく「小脳の細胞間の連携が適度になる」ことで発達や成熟が促進します。小脳は大脳皮質で把握した情報をもとにした行動をする時の微細な運動や発話のための連携を行いますが、連携しすぎると糸の絡まった操り人形のようにこんがらがった動きになります。
 そのため、幼児期後期から学齢期の子どもの小脳ではシナプスの刈り込みとよばれる、小脳における細胞間の連携の整理が起こり、不必要な情報に惑わされなくていいように整理していきます。小脳の脳細胞で起きるシナプスの刈り込みは思春期頃まで続き、その子どもにとって必要な情報は連携されますが、不必要な情報は連携されないようになっていきます。そのため、思春期以降は音楽やスポーツや発音などの身体性を伴うことの得意分野と不得意分野が定着していることが多いですし、五感のどの感覚に敏感であるかもあまり変わらなくなっていきます。

 言語機能の理解と発話をつなぐ白質の発達については、まだ多くのことはわかっていません。ただし、幼少期に脳のある部位を損傷した子どもがほかの脳の部位が活性化されて言語機能が獲得された例があること、この連載の前半(第1回参照)で紹介したヘレン・ケラーのように2歳から7歳まで新しい言語を獲得しなくても言語機能が発達する例があることなどから、白質による側頭葉と前頭葉の連携機能は、学齢期以降にも成長を続けていると考えられています。

 つまり、これらのことから、学齢期の後半(つまり、中学生から高校生くらい)には身体的には十分に大人に近い機能をもっていますが、言語機能や予測力、他者に対する共感性といった人の社会性に関する知的成熟は成人期に比べると未成熟であるといえます。将棋や囲碁の棋士、予測力が必要な競技(バスケットボールやヨット)における選手の活躍のピークがおおむね25歳前後といわれていることと共通するといえます。

脳の重さや身体の成長と脳機能の成熟
脳の重さ,白質の機能・身長の成長・敏捷性はScanmonの発達曲線(Scammon, R, E.:The measurement of the body in childhood, In Harris, J, A., Jackson., C, M., Paterson, D, G. and Scammon, R, E.(Eds). The Measurement of Man, Univ. of Minnesota Press, Minneapolis,1930)をもとに,前頭前皮質(前頭前野)の機能はSarah-Jayne Blakemoreの研究結果(Sarah-Jayne Blakemore:Development of the social brain in adolescence,Journal of the Royal Society of Medicine,105(2),111-116,https://doi.org/10.1258/jrsm.2011.110221(2022年6月6日最終アクセス),2012)をもとに作成.
 

青年期前期の心の揺れは自然なこと?

 12歳から18歳頃までの時期は青年期とか思春期とよばれます。この時期には、あえて他者から批判されかねない危険度の高い行動をしたり、うまくいく見通しがないのに他者に勝手な自己主張をしたり、本人も理由が見当たらないのに不安や恐怖を感じたりすることがよくあります。日本では10代の少年・少女に特有の背伸びした行動は「反抗期」とよばれたり「中二病」とよばれたりしますが、呼び方こそ違いますが人種や社会構造が異なっても同様のことはよく見られています。
 このような青年期前期に特有の思考や行動については、先ほど紹介した前頭前皮質の成熟過程が明らかになってきたことで、「脳の成長の過程で起こるごく自然なもの」という見方がなされるようになりました。

 不安や恐怖を感じるのは、脳の内部の奥深くにある「扁桃体」という部位が活動する時です。一方で恐怖や不安という感情に対して、ほかの情報をうまく処理して行動を起こしたり抑制したりするのは、これまでに紹介してきた「前頭前皮質(前頭前野)」です。扁桃体は生殖器の成長と同時期に大きく成長しますが、前頭前皮質は先ほど紹介した通り25歳くらいまで成長がゆっくり進みます。そのため、10代の頃は不安や恐怖を感じることはできるのですが、不安や恐怖の原因が見つけられなかったり不安や恐怖への対処方法が思いつかなかったりします。
 さらに、大脳辺縁系とよばれる部位は感情を整理したりやりがいを感じたりする部位で、リスクと成果の両方があるような場面に出くわすと、刺激を受けて活発に活動する部位ということがわかっています。この大脳辺縁系は10代前半までに大きく成長するので成果が大きそうな行動をとりやすい傾向が10代には強化されます。
 一方で、危険な行動に出ないよう感情を抑制したり、成果を得るための行動を順序だてて整理するのは前頭前皮質の機能なので、この点でも思春期・青年期前期の若者たちは成果を求めて無謀な行動に出てしまう可能性が高いのです。

不安で動けなくなる若者と、リスクのある行動をとる若者
左図:若者が不安そうに周りをきょろきょろしているが周囲の人は理解できていない様子。右図:若者数人ではしゃいでいるが、周囲の人があきれている様子。
 

不安への対処と孤立のリスク

 ここまで述べてきた通り、前頭前皮質の成長は25歳くらいまで続きます。そのため、計画的な行動をとることや他者の立場に立って考えることは大人に比べると未成熟であるといえます。
 一方で、中学生や高校生、大学生などの時期は社会的には徐々に大人として扱われていきます。電車やバスなどの料金も大人料金ですし、自分の責任において学習や部活動などの成長のための予定を組み立てる必要が生じてきます。小学生くらいの時期とは異なり、急速に計画性や社会性が求められるようになっていきます。
 ところが、計画を立てることや予測をすること、自分の将来像も含めた他者の立場になって物事を考えることといった前頭前皮質の機能が必要なことを行おうとすると、能力の限界があってうまくいかないことが多いはずです。

 そのため、予測や計画、社会的行動をとることへの不安によって思わぬ行動にでるかもしれません。たとえば、思うような行動ができなくなったり、不安を解消するために敢えてリスクの高い行動をとるために準備をしないで当日に臨んだり、周囲の大人や先輩から批判されそうな行動をとったりする可能性が十分にあります。その結果、それまでは応援者や仲間であったはずのクラスメイトや教師や親などの存在との関係が悪化し、さらに不安を増大させて悪循環に陥る可能性があるのです。

不安の解消法がまずく、思うような行動ができない若者の悪循環
 

不安の対処不全と孤立のリスク

 思春期・青年期とよばれる時期には、不安への対処が未成熟という課題があります。そのため、不安や不快に対する対処が課題解決ではなく回避的な行動になりやすく、身近な快行動に依存することで周囲の大人と対立する可能性があります。スマートフォンやゲーム、食行動や自傷を伴う行動などが不安の解消法として認識されると、自分ではほかの方法を見つけにくい傾向にあります。その結果、自分が理解されないと感じて不安感を増大させたり、周囲の人たちから疎外感を感じてしまったりすることで、学校や家庭で孤立してしまう可能性も十分にあります。

 さらに、不登校などによって話し相手がいない状態になると、前回(第9回)で述べたような言葉による自己効力感の獲得が難しくなってしまいます。さらに、不登校などの社会的に望ましくないとされる状態になってしまうと、周囲の期待に応えられない自分に対して罪悪感や恥の感覚をもちやすくなります。幼児期の獲得課題である罪悪感や恥の感覚はこの頃でも言語化が難しいので、なぜ自分が心理的につらいのか、なぜ自分が行動できないままなのかということは言葉にしにくいのです。言葉にならないけれど行動しない状態は、自分でも他人からも心理的につらい状態になり、回復が遅れてしまいやすくなります。

 そこで、不登校などに代表される所属集団の喪失が起きたときには、落ちついて計画を立てたり自己分析したりする時間と相手を確保することが必要です。ここまでに述べた通り、25歳くらいまでは予測力や計画作成能力には伸びしろが十分ありますから、逆にいえば25歳くらいまでは未来を考えてそのための行動をするという行為は難しいと考えて、まずは一日一日を安心して過ごせるようにすることが重要です。

 この時、本人がとる行動は不合理なことが多いため、利害関係のある存在(たとえば、部活動などの仲間、家族)である人たちは、心情的にその人の行動を受け入れられない場合が多くあります。たとえば、何度言ってもゲームをやめない、一度決めたことを破る、目標ではなく願望だけを話していて一向に行動しない、などのことが生じるかもしれません。このような場合は、利害関係の少ない第三者が本人のサポートを行うほうが有効なことがあります。
 家族や仲間の間で起きているトラブルや心理的葛藤をその当事者だけで解決するのではなく、その外側から一緒に考える人がいることが重要です。そのことが時間や冷静さを確保することにつながり、不安や不快に巻き込まれない確率を高めます。

安保 寛明

山形県立保健医療大学 教授

あんぼ・ひろあき/東京大学医学部健康科学・看護学科卒業、同医学系研究科博士課程修了(保健学博士)。岩手県立大学助手、東北福祉大学講師、岩手晴和病院(現・未来の風せいわ病院)社会復帰支援室長、これからの暮らし支援部副部長を経て2015年より現所属、2019年より現職。日本精神保健看護学会理事長、日本精神障害者リハビリテーション学会理事。著書は『コンコーダンス―患者の気持ちに寄り添うためのスキル21』(2010、医学書院)[共著]、『看護診断のためのよくわかる中範囲理論 第3版』(2021、学研メディカル秀潤社)[分担執筆]など。趣味は家族団らん。

企画連載

人間の知的発達と精神保健

長年にわたり精神保健に携わってきた筆者が、人の精神の発達過程や、身体と脳の関係、脳と精神の関係、今日的な精神保健の課題である「依存症」や「自傷他害」、職場における心理学、「問題行動」や「迷惑行為」といった社会問題となる行為など、多様なテーマについてわかりやすくひも解いていきます。

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