新型コロナウイルスの感染拡大を受け否応なく導入を迫られたリモート教育。当たり前にできた学びが得られなくなった状況下、いかに学生に教えたいことを伝えるか、先生がたは試行錯誤されてきたことと思います。2023年6月現在、感染状況は落ち着きを見せておりますが、またいつ感染拡大や新たな感染症の流行が起きてもおかしくはありません。
この度、関西看護専門学校の先生がたに、代替実習として行ったリモート実習やシミュレーション学内実習の貴重な実践報告をお寄せいただきました。4回にわたって記事をお届けするほか、同校自作の動画教材や実習スケジュール表、進度表などについても「教材シェア」にて共有していただきます。
(NurSHARE編集部)
老年看護学では、教員も含めて自分達が経験していない老年期にある対象を理解することが非常に難しいという問題を抱えるなか、授業の構築を工夫してきた。また臨地実習では学生が、3週間の時間をかけて対象を知ろうとする姿勢を学ぶ大切な実習であると考えていた。
そんな中、本校においてもコロナ禍でリモート実習になり、目の前に対象がいないという状況に置かれた中で、老年期にある対象の理解ができるような環境作りを実施してきた。今回はその様子を報告する。
はじめに
本校における老年看護学領域の実習は、2年次の老年看護学実習Ⅰ、3年次の老年看護学実習Ⅱで構成されている。老年看護学実習Ⅰでは、介護老人福祉施設または介護老人保健施設で3週間実習を行い、老年看護学実習Ⅱは3週間の病院実習を行っている。なお、老年看護学実習Ⅰは2年次の1月、2月に行うが、2021年度の実習では新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、施設実習には行けず、学生も教員も自宅からリモート実習を行う事になった。
本校の老年看護学実習における実習目標を以下に示す。
実習目標
Ⅰ. 老年者を支援する保健・医療・福祉のサービスの実際を知る
Ⅱ. 老年期にある人々の特徴を理解し、健康上に課題をもつ人の看護の必要性が理解できる
Ⅲ. 健康上の課題をもつ老年者のQOLを考えた個別的な看護が実践できる
Ⅳ. 看護チームの連携・協働の必要性が理解できる
Ⅴ. 看護倫理に基づき責任をもって実践できる
実習準備について
リモート実習にあたっては、開始前に担当教員で以下の準備を行った。
① 実習目標を達成することが可能かどうかの検討
② 利用者の設定(年齢、疾患、暮らしている環境)
③ カルテ、指示簿の作成
④ 12日間の学びのイメージ化
⑤ 担当教員でのミーティング
主な使用教材は以下の通りである。e-ラーニングシステムについては、本学全体で採用している「LearningBOX」を使用した。動画教材については後述する。
① Zoom(Web会議システム)
② 自作の動画教材
③ e-ラーニングシステム
教員の感じた不安点とその対応策
リモート実習の前に教員間で話し合いを行い、その中でリモート実習にあたっての不安点を考え、それらにどう対策すればよいかをディスカッションした。話し合いの中で挙がった不安に感じられるおもな点は以下の3つであった。
① 教員も学生も自宅の中で、実習目標が達成できるのか
② 高齢者の理解が難しい中、リモートでの学習の進め方に支障が出ないか
③ リモートで関われる時間が少ない中で、集中して学習に取り組めるのか
教員の感じた不安への対応策
これらの不安点を踏まえ、実習目標が達成できるのかどうかを話し合ったときに、そもそも「実習」では何を大切にしてほしいのかを出し合った。
筆者らが老年期にある人と関わる時に大切にしてほしいのは、相手を大切にすること、対象は「何もできない人」ではなく、現在の様子だけが対象のすべてではないことを知って、尊重、尊厳の意味を考えて欲しいことであると再確認をした。その結果、紙媒体での対象ではなく、視覚、聴覚から情報が得られる動画を使用することにした。
技術の実践にはZoomでのロールプレイを取り入れた。本校の用語解説では『看護実践とは看護職が対象に働きかける行為であり、看護業務の主要な部分。看護そのものに最も近い用語』と定義しており、これを踏まえてリモート実習で実践をどう教えるか検討した。その結果、Zoomで行える技術実践の限界はコミュニケーションではないかという結論に至った。
他の技術については、実習で何を見ようとしているのか、しようとしているのか学生にアウトプットする機会を設け、思考の確認を行うこととした。
自作した動画教材について
動画の撮影にあたってはスマートフォンの動画撮影機能や加工アプリ、かつらや服など高齢者を演じるための小道具を用意し、演者やナレーションはすべて教員が担当した。シナリオ作成などにはシミュレーション教育のノウハウを活用した。また、加齢アプリを使用し、映像中で利用者役を務めた教員の顔に画像加工を行うことで、学生らに動画の中の対象が視覚的に高齢者であることが伝わるように工夫した。
本リモート実習で使用した主な自作動画は以下の通りである。「教材シェア」に投稿したものについては、青字のリンクをクリックすることでご覧頂ける。なお、動画は他法人等によってYouTubeにアップロードされているものも一部使用した。
・初回の挨拶
対象と初めてのコミュニケーションをとる場面で、対象の反応を知り、今後のケアにつなげられるように情報を収集する観点から作成した。
動画「朝の挨拶②」
・朝の挨拶
いつも来る学生に対して誰かわからずに不安があるために、対象が何度も学生に名前を確認する場面。
動画「朝の挨拶」
・徘徊①
施設内を散歩している様子。対象のふらつく歩行状態や見えにくさを表現した。
動画「徘徊①」
動画「立ち上がる」
・徘徊②
施設内で押し車を押して歩いている場面。帰宅願望が出ており、表情がややけわしく、学生の話を聞いていない様子。
動画「徘徊②」
・弁当の話
対象が学生とのコミュニケーションを取る場面。昔、子どもの弁当を作っていた話が記憶に残っているが、対象の言う子どもの年齢と実年齢が合っていない(現在子供は60代)。何度も営んでいた青果店の話をしている様子。
動画「弁当の話」
・眠っており、呼びかけても起きない
午睡中の利用者の場面。睡眠時間が常に一定ではなく生活リズムが崩れる意味などを考える機会を持つようにする目的で作成した。
動画「休息」
・食事
配食の場面。認知症があるために食事が自分のものか、食事を初めていいのか不安になり、職員に何度も確認をしている様子
動画「食事」
全12日間の実習全体の流れは表1の通りである。また、そのうち3日目を例として、実習の1日の流れを表2に示した。各表は「教材シェア」にもアップロードしており、こちらからご確認頂ける。
まとめと今後の課題
今回の実習はリモート実習であったが、学生は老年期にある人の三側面(身体的・心 理的・社会的側面)を動画教材からアセスメントし、見つけた特徴を記録や発表で表現することができていた。学生たちが特殊な環境の中で努力し学ぼうとしたこと、また動画を使用し、リモートでのロールプレイを行ったことも対象理解のきっかけになったのではないかと考える。動画では何度も場面を見ることができ、さらに見せたい場面を確認することができるために意図的な学びが実現できるのだと考察している。実習の最終日には、リモートではあるが、教員が演じた利用者と最後のお別れをする機会を設けた。この時に、涙を流し利用者役の教員に挨拶した学生もいた。
今回関わった教員全員が学生に対し利用者に対して興味・関心を持ってほしい、目の前の人をしっかり見てほしいという願いの元、演習を行っていたので、最終日の学生の様子を見て願いが伝わったことが分かり安心した。
しかし、今回の動画教材を活用した実習を行う中で、改善すべき課題も見つかった。以後、リモート実習における4点の課題を報告する。
① リモート実習での看護実践のあり方について
老年看護学実習Ⅰでは、健康障害や加齢の変化が生活に与える影響も大切だが、生活をする高齢者と関わり、老年期にある人への理解を深めることができる実習である。今回のリモート実習では、そのために必要なコミュニケーションという技術を伝えるために教材を工夫し、実践として評価していくことができた。
しかし、本来の臨地実習では、コミュニケーション以外の技術も多く実践する。リモートでは、本人の思考を確認しながら学生が口頭で実施しようとしていることを教員が聞き、実際に動きながら行った。看護技術の3本柱の安全・安楽・自立は看護実践場面で確認をするとは言え、リモートでは学生自身が実践できないので、看護実践力の向上を行うための方法には課題が残る。
② 実習に入り込めていない学生への対応と臨地実習への繋がり
リモート実習では、どんなに動画やZoomの中で教員が利用者を演じていても学生には教員にしか見えず、学習活動に入り込めない学生も一定数いる。一人ひとり、今の思いを確認しながら進めていく必要があり、学生の気持ちがついていけるのかも大切な要素であることを学んだ。また、リモート実習が今後の臨地実習にどのようにつながっていくのかも、学生と確認しながら進めていく必要がある。
③ 学生同士の関係性が構築されにくい
今まではグループで話し合いを行いながら、学びが深くなるように支援してきたが、リモート実習ではそれが難しく、カンファレンス運営にもグループダイナミクスが引き出せないという影響が生じていた。グループの力を伸ばしていくための仕組みとしても、リモートでアイスブレイクを行うなど、学生同士の関係構築のための環境作りが教員の役割であり課題である。
④ 学生に関われる時間が少なく、教員がすべての刺激となることでの、実習の行い方
教員は臨床指導者役、利用者役、教員役と様々な役割を担いながら実習を進めていく必要がある。その時間調整にも動画は効果的ではあったが、1人当たりの学生にかかわれる時間は短くなる。そのために、課題の出し方や内容などは指導を行いながら学生に応じて流動的に提示していくことも必要になる。
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