第1回では、東邦大学健康科学部前学部長の臼井教授より同学部看護学科(以下、本学)のトランスレーショナル教育の概説を、第2回では本学の瀧口准教授よりクリティカルケア看護学教育についてご紹介いたしました。
第3回となる今回は、在宅看護学教育の中でどのようなことを意図し、どのような工夫をしながら教育活動を展開しているのか、その一部をご紹介できればと思います。
本学部における在宅看護論の位置づけ
2022年度施行の改正指定規則1)では、対象者およびその療養の場の拡大を踏まえ、「在宅看護論」の名称が「地域・在宅看護論」へと変更され、「基礎看護学」の次に位置付けられました(図1)。本学においても、「在宅看護論」として開講していた講義・演習は、新カリキュラムがスタートした2022年より「地域・在宅看護論」へ名称変更し、1年次から概論を開講することになりました。

第1回でご紹介したように、本学は、人間の暮らしを重視する3領域の編成となっています。その中で「地域・在宅看護論」は「コミュニティヘルス看護領域」に位置付けられます。コミュニティヘルス看護領域では、老年看護学、在宅看護論、地域看護学、公衆衛生看護学の視点から「地域の健康の支援」を学びます。
新カリキュラムにおいて名称変更はありましたが、在宅看護論の科目は、開講以降変わらず、個人が地域とのつながりの中でどのように生活しているのか、生活を営む人を出発点として考えることを大切にしています。そして、在宅で療養している療養者一人ひとりの生活を尊重し、その生活を支えるために必要となる基本的な知識、技術、態度を学生が習得することを目指しています。
在宅看護論を学ぶことへの動機づけ
多くの学生は、卒業後すぐに病院に就職します。2023年度に実施した本学卒業生を対象としたアンケート調査においても、訪問看護ステーション等に勤務している学生は0名でした2)。また、在宅看護は、既成概念にこだわらない自由で柔軟な思考で創意工夫を行えることが魅力である反面、介護保険制度や訪問看護制度など、理解が難しい内容も多くあると感じています。
私たちは在宅看護論の学習内容について、学生が「訪問看護ステーションにはすぐに就職しないから、力を入れて学ぶ必要がない」「難しいから好きになれない」と感じることがないような授業展開を目指しています。具体的には、授業開始時、在宅看護の知識は病院でも必要であること、働く場所を問わず必要な視点であることを伝えるために、対象者から質問を受けた場面を想定し、「自分が病棟看護師であったなら、どのように考えるか、どのように対象者に対応するか」と問いかけをしています。2つの例と学生の反応をお示しいたします。
病院から自宅へ帰る選択肢を考えることができるように
問い:がん末期で一人暮らし、入院中の患者から、「自宅に残している金魚が心配です」と言われました。あなたは病棟看護師です。どのように対応しますか?
学生(2年生)からは、「患者の思いを傾聴する」「金魚を心配する思いに寄り添う」など対象者の思いを大切にする意見、「病院に金魚を連れてくることを交渉する」など想定外の意見、「訪問看護を使う(ことで退院できるようにする)」などの意見が挙げられました。

訪問看護サービスの具体を説明できるように
問い:糖尿病の悪化により入院していた米吉さん(85歳)は、退院することが決まりました。入院中は、看護師が毎食後に薬を持ってきていました。遠方に住んでいる娘は、一人暮らしでの薬の管理を心配し、「介護保険を使って、訪問看護師さんに来てもらおう! 」と提案しました。
それを受けて、米吉さんから病棟看護師のあなたに「私は介護保険を使えるのか? 訪問看護師さんは何をするために来るんだ? お金はかかるのか? 交通費はいるのか? 」と質問がありました。どのように対応しますか?
学生(3年生)からは「病棟看護師でも訪問看護のことを知っておく必要があることがわかった」「訪問看護について、85歳の高齢者にわかるように説明することは難しい」などの感想が聞かれました。
とくに、介護保険制度や訪問看護制度など制度に関する内容は、学生にとって難しいと感じる傾向が強いのではないかと思います。働く場所がどこであっても、対象者の望みや素朴な質問に応えるために必要な知識であることを理解し、その知識を学生が身に付け、実践の場面で活用できるような教育を目指していきたいと考えています。
訪問看護師の観察を学ぶための工夫
訪問看護は、主に療養者の自宅で展開されます。対象者の自宅は、ある程度整えられた病院や施設などの生活環境とは異なり、そこで生活する人々の思いや歴史が詰まった環境です。その場所は、何ひとつとして同じものはありません。また、訪問した瞬間に感じ取る空気の中には、言葉で表現されない療養者と家族の気持ちが反映されています。
すなわち、訪問看護においては、「自宅で生活する療養者と家族の暮らし」を支えるために、訪問したその日の療養者と家族、その日の生活環境を観察し、アセスメントする力が求められます。これらのことを看護基礎教育から教授しようとすると、言葉だけで展開する講義・演習には限界があると考えました。そこで、講義であっても実際の自宅の写真を用いたり、演習で用いる学内の演習室を自宅のように整備することを通して、学生が実際に近い感覚で訪問看護師の観察を学ぶための工夫をしています。
写真を用いた訪問看護場面の観察の学び
3年次春学期に開講する「看護の基本技術11(在宅看護技術)」では、はじめに在宅看護におけるアセスメントの特徴のひとつとして、生活環境と療養者の身体状況を関連づけることを学びます。たとえば、療養者の自宅でいつも水滴ひとつない洗面台が水浸しになっている場合、洗面台までの移動能力に問題が生じている、あるいは、片付ける気力がわかなくなったと推測できます。このように、生活環境には療養者の身体状況が表れます。
ただし、生活環境に表れた変化に敏感に気付くためには、療養者と家族に関心を寄せ観察し、療養者の「生活」をイメージしてアセスメントする力が必要です。こういった訪問看護における観察の特徴を示すために、療養者の情報は最小限に提示し、生活をイメージできる写真を用いて、観察することにチャレンジしています。
具体的には、「一軒屋で一人暮らしをしている85歳の男性」「杖歩行」「内服管理中」「娘からの電話に出ることが遅くなった」などの事例概要を提示した後、ポストに入ったままの新聞、玄関の様子、玄関にある固定電話の写真などを示します。図3に、玄関の写真と学生の観察内容の一部をお示しします。

【観察内容】
①サンダルがあり、上がり口にはマットレスがある。
マットレスで滑ることはないのだろうか。
転倒に気を付ける必要があるかもしれない。
女の人の靴は、亡くなった奥さんのものだろうか。
②靴箱の上には杖が置いてある。
外出時に使用しているのかもしれない。
室内での歩行はどうしているのだろうか。
移動手段を確認してみよう。
③玄関に灯油が置いてある。
重たくて片づけられないのだろうか。
片づけることを忘れているのだろうか。
室温の調整に何を使用しているか確認してみよう。
80歳代女性の一人暮らしの部屋の再現を目指した演習室の整備
本学には、キッチン、トイレ、お風呂場、畳などを有する演習室があります。そこで学内演習においても、学生が実際に対象者の自宅に訪問する感覚で訪問看護の観察を学ぶために、高齢者とその家族の生活の再現を目指した演習室の整備3)を行いました。
演習室の整備にあたっては、80歳代女性が訪問介護やデイサービスを利用しながら一人で生活しており、内服管理にはお薬カレンダーを用いているという設定にしました。この設定に合わせて、室内に椅子や座布団、お菓子の袋が入ったごみ箱、夫の遺影や昔飼っていた犬の写真、電話のコード、訪問介護記録ファイル、お薬手帳などを配置しました(図4)。また、実際の演習時には、お線香やカップヌードルの匂い、外を走る車や救急車の音などの再現も試みました。しかし、匂いと音に関しては、学生からの感想は厳しいものがあり、現在は中断しています。今後も、学内演習であっても、実際の自宅に訪問するようなリアルな感覚で、学生自身に備わる五感を用いた観察技術を学ぶことのできる授業展開を目指していきたいと考えています。

自宅で生活する人の力に触れる
これらの講義・演習終了後、3年次秋学期には、訪問看護ステーションで行う在宅看護実習がスタートします。在宅看護実習は、領域別実習のひとつに位置付けられており、4日間の訪問看護ステーションでの実習と学内でのまとめから成ります。訪問看護ステーションでの実習では、小児、高齢者、難病の療養者など多様なケースへの訪問看護に同行することを通して、訪問看護ステーションおよび訪問看護の役割や機能などを学びます。また、実習目標のひとつとして、療養者と家族の生活の実際を観察することを挙げています。これは、学内での講義、演習において、訪問看護場面の観察について学んだことを実際の空気感の中で実践することを意図しています。
先日、在宅看護実習中の学生から、「入院中の患者と比べると自宅にいる療養者には強い意志を感じる」との感想が聞かれました。自宅で過ごす療養者は、起きる時間、寝る時間、何を食べるか、どのような服を着て過ごすかなど、自分で決めます。学生が「強い意志」を感じたことから、療養者が持つ力に触れ、療養者の主体性が発揮されたことを観察できたのではないかと考えます。療養者が持つ力に触れることで、看護の対象者の可能性を考える力につながることを期待しています。
また、学内のまとめでは、療養者と家族の視点から、安心して療養生活を送るために必要な事柄を考えます。これは、「相手の立場から物事を考える」ことを意図したものです。学生は、訪問看護師との同行訪問を通して、訪問時の傾聴、信頼関係の構築、多職種連携の必要性など、ケアを提供する訪問看護師側からの視点で多くの事柄を学んできています。これらの内容を療養者と家族の視点から捉え直すことで、支援の幅や選択肢の広がり、療養者と家族の持つ力を信じることに気づくことにつながると考えます。
一方、療養者のフィジカルアセスメント、急性増悪や急変時の対応など、身体状況の観察に関する学びは薄くなっていることが課題であると感じています。訪問看護の対象者は多様化し、疾患や使用する医療機器も複雑化しています。これらに対応できる観察力、アセスメント力を育成するための基盤教育として、クリティカルケア看護と在宅看護のトランスレーショナル教育の必要性を感じ、取り組んでいます。
おわりに
今回は、在宅看護論の教育内容の一部と授業展開における工夫をご紹介しました。次回は、クリティカルケア看護と在宅看護のトランスレーショナル教育の実際をご紹介いたします。
1)厚生労働省:看護基礎教育検討会報告書,2019年10月15日,〔https://www.mhlw.go.jp/content/10805000/000557411.pdf〕(最終確認:2024年11月8日)
2)東邦大学健康科学部教務委員会、就職・キャリア支援委員会:卒業生向けアンケート結果(2023年度実施),2024年3月31日,〔https://www.toho-u.ac.jp/health/career/jsv18u000000i824-att/jsv18u000000i8b9.pdf〕(最終確認:2024年11月2日)
3)島村敦子,菅谷綾子,鈴木裕子ほか:訪問看護における観察を学ぶための学内演習室の整備:高齢者とその家族の日常生活の再現を目指して.東邦大学健康科学ジャーナル 3:43-52,2020