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第29回:アキレスと亀はどっちが勝つの?~身体拘束縮小【episode 2】

第29回:アキレスと亀はどっちが勝つの?~身体拘束縮小【episode 2】

2024.08.30酒井 郁子(千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター センター長・教授)

 皆さん、残暑お見舞い申し上げます。台風10号の接近・上陸というニュースに緊張を感じますが、いかがお過ごしでしょうか?
 前回の原稿の最後に、「読者の皆さまから、『じゃあ、どうやって身体拘束縮小すんねん』と盛大な突っ込みが聞こえてくるような気がします」と書きましたけど、実際読者の皆さまはどう思われたでしょう。そして「身体拘束縮小戦略の組み立て方のヒントについては、次回書いてみたいと思います」と大きく出たカピバラ。このような予告は次回原稿を書き上げてからするものだという教訓を得ました。だって、あっという間にお盆休みも終わり、はっと気づけば新学期もすぐそこ。なのにカピバラこの原稿の執筆にいそしんでいるでござる。

身体拘束の定義と弊害は介護施設でも病院でも同じ

 身体拘束縮小は、組織一丸となり、本人・家族・施設での共通意識の醸成とともに、身体拘束を必要としないケアを実現し、常に代替方法を考える。これが身体拘束縮小のための方針です1)、と締めくくった前回でしたね。この方針は、『介護施設・事業所における身体拘束廃止・防止の手引き』から引用していますが、これをそのまま病院に使えるのか? という疑問をおもちになる読者も多いと思います。しかし身体拘束の定義「本人の行動の自由を制限すること」は介護施設でも病院でも変わりませんし、身体拘束にあたる行為も介護施設でも病院でも違いはありません。そして身体拘束がもたらす弊害も介護施設と病院で同じです。
 一方、入院患者には、侵襲的治療に伴いデバイスが装着されていたり、治療もしくは病状の影響から転倒・骨折のリスクの増大があったりします。つまり身体拘束実施の3原則のうち「切迫性:利用者本人または他の利用者等の生命または身体が危険にさらされる可能性が高いこと」「非代替性:身体拘束その他の行動制限を行う以外に代替する介護方法がないこと」という状況の発生頻度が介護施設よりも高くなる可能性があります。このため、介護施設や介護事業所で目指すべき目標は「身体拘束廃止・防止」ですが、病院では「身体拘束最小化・縮小」という表現となっています。いままで身体拘束を日常的に行っていた病院においていきなり「廃止・ゼロ」を目指すことはかなり無理がかかりますし、いろんなリスクも高まるでしょう。でもできる範囲で知恵を出し、身体拘束の縮小に向けてちょっとずつにじり寄るのです。
 病院において身体拘束縮小をちょっとずつでも実現するための作戦を考える時に『介護施設・事業所における身体拘束廃止・防止の手引き』は役立つかなと思います。これからひとつずつ説明します。

①組織のトップが決断し、組織一丸となって取り組む:シニシズムを退治する

 組織トップが決断し、身体拘束適正化・廃止委員会が公的に設置され、これを機能させることで、組織が現場をバックアップすることにつながります。フロントラインの職員を孤立させないと組織として表明することで、介護施設の身体拘束廃止は推進されてきました。この原則は病院でも同じです。
 そもそも身体拘束実施件数が多い病院では、組織執行部が身体拘束を容認・看過しているか、無関心であることが多いようです。そして組織トップの容認・看過・無関心は職員の冷笑主義(シニシズム)を招きます。だれかが「身体拘束は弊害が多いからやめるようにしていこう」と声を上げても、「そんなことしたって、けっきょくムダだから」「縛ったほうが看護師さん楽でしょ」となどという、本人も過剰労働で燃え尽き寸前の疲れている医師もしくはベテラン看護師からの上から目線のわかったようなひとことで心が折れる、などのことが職場に蔓延するんです。不必要な身体拘束は職員の情緒を消耗させる職場環境に端を発していることもけっこうあると思います。

②身体拘束を必要としないケアを実現する:EBPを推進する

 なぜ看護師は身体拘束が必要だと判断するのか、というと、転倒転落のリスク、治療中断のリスク、安全な環境を確保できないリスクの3つの要因があるためです2)。この判断の根拠の妥当性と信頼性を点検し、もう一度正確に患者の心身の状態をアセスメントし、身体拘束を必要とする要因を探りその要因を改善する必要があります。身体拘束を実施するだけでは転倒を予防することはできませんし、離床センサーや4点柵も転倒を防止することへの効果は証明されていません(この件についてはまた別の機会に書いてみたいと思います)。治療中断のリスクに対応するための身体拘束の代表例としてミトン型の拘束具があげられると思いますが、そもそもそのデバイスが本当に必要なのかという点検が抜けていることも多いです。安全な環境の確保ということについては、せん妄予防ケアの徹底が効果的ですが、病棟単位でせん妄予防をシステム化するには多職種連携のもと、せん妄に関連した正確な知識と情報が必須です。つまり、身体拘束必要性の判断のもとになっている事柄の多くは「聖なる牛」(第2回:「聖なる牛」を探せ~EBP実装の旅の始まり 参照)、すなわち慣習に基づいたケアであることが多いのです。
 また病院に入院している患者の生活リズムを整えるため、起きる、食べる、排泄する、清潔にする、活動するという基本的な生活機能への援助が不可欠です。生活機能を向上させることにより転倒リスクを低下させ、治療デバイスの早期除去を実現し、せん妄を予防できるからです。病院において身体拘束を必要としないケアを少しずつ実現するためには、EBPがキモとなります。EBPを推進することにより、診療・ケアの質の向上を図る、結果的に身体拘束が縮小していく、ここが医療施設での身体拘束縮小のポイントです。

③本人・家族・施設での共通意識の醸成:身体拘束を“村の掟”にしない

 ここでいう「共通意識」とは、本人を深く理解し、本人が望む方向になるべく近づけていくことです。医療施設では時間が切迫していることも多く、患者本人の参加なしで治療が進められていくことも実際には多いのかなと思います。転倒させたくない一心で縛ってくださいと強く要求する家族への対応に苦慮することもあるかもしれません。だからと言って身体拘束の弊害が消えるわけではありません。身体拘束に対する基本的な考え方、代替策、病院でとりうる事故防止対策、対応方針などを関係する人たちが共有していく必要があります。この共通意識の醸成には時間がかかるかもしれませんね。だって身体拘束を日常的に行っている病院の共通意識は「安全確保のために、少しでも危険な行動をとったら行動制限する」というもので、「本人を深く理解し、本人が望む方向になるべく近づけていく」というものとは違うベクトルになっていますから。
 そして身体拘束を日常的に選択している看護チームが、「患者本人の望む方向に向かっていく」という共通意識をもつということは、思いのほか難しいです。看護チームが抑圧されている場合、チームの掟が厳しくなります。具体的には組織が「転倒転落、チューブ抜去、せん妄は看護師の責任」という態度をとる場合、看護チームは抑圧されますよね。だって、転倒転落もチューブ抜去もせん妄も診療ケアチームがチームとして責任を引き受けなければいけないところ、看護チームだけのせいにされるんですから。そうなると、「看護チームのせいにされないように絶対に事故が起きてはいけない」となり、「だったら動かないように縛ってしまえば事故は起きないので安全」という思考回路になります。そして「患者がちょっとでもこちらの言うことを理解できなさそうなら縛る」という仕事のルーティンが、やがてチームの掟となっていくわけです。身体拘束が掟となっているチームでは、「申し送りの前に身体拘束をちゃんと実施しておく(縛り直しておく)」「不眠でコール頻回にならないように、夕食が終わったら眠剤を飲ませておく」などの新たな掟も生まれていきます。こうなると、身体拘束を「やらない」とか「はずす」ということを誰かが口走った途端に、「こいつは掟破りだ」ということになり、身体拘束をしないなんて、なんて看護師だ! と村八分、、、冗談ではありません。看護チームはこのようになるリスクを負っているんだと自覚しておくだけでかなり効果があると思います。

④常に代替方法を考える

 病院では、身体拘束実施の判断でいえば切迫性と非代替性が高いので、いきなり身体拘束ゼロにすることを目標にするのは難しいかもしれないと前述しました。そこで、実際に専門的判断からチームとして「今は患者の安全確保が最優先だから、鎮静あるいは身体拘束、あるいは両方が必要だ」としたなら、「どうなったら解除するのか」を明確にして観察を続け、解除可能ならすぐに身体拘束をはずすこと、そのための多職種カンファレンスを毎日行うことがポイントなります。で、カピバラつねづね抱いているのは、病棟の皆さんはカンファレンスの準備と実施と評価についての基本的なスキルと知識を活用なさっているのかな? というそこはかとない不安と言いますか疑問です。カンファレンスの目的「身体拘束を解除できるかどうかについて意見を出し合い解除のための方策を考える」が共有されていないと、「身体拘束やってる人の共有」や、「解除できない理由探し」で終わっちゃうんですよね。。。カンファレンスのやりかたについても、いつか書いてみたいと思ってます。

状況に飲み込まれずに「共にいる」こと

 介護施設における身体拘束縮小介入の効果をシステマティックレビューした結果、施設における介護の方針と実践方法の変更を通して身体拘束を減らすことを目的とした組織的な介入は、全体的な身体拘束者数の減少に有用である可能性があることがわかりました。この研究によれば、身体拘束の削減は転倒者数の増加に影響しませんでした。また看護師、介護士への教育的介入だけだと、身体拘束を減少させるかどうかの効果は不明でした3)
 医療の現場はいろんな人の正義と倫理が絡まり合い、感情が動く場です。だからこそ、「自分や相手を深く理解し、役に立ちたい」という純粋な思い、すなわちコンパッション4)を意識しましょう。自分自身や相手と共にいる力です。プロフェッショナルとして皆さん必ずおもちの利他性、共感、誠実さ、敬意や関与を大切にするという決意があることで、たとえ、一時ダークサイドに落ちたとしても、自分の中にあるこの気持ちが健全な状態に戻れるように導いてくれるはずです。身体拘束縮小活動とは、身体拘束縮小に向かうため、ケア提供に関する知識を総動員し、それを活用して組織の方針と診療ケアの実践方法の変更を、勇気をもって行うことです。実践方法を変えるときに、切迫した状況に飲み込まれることなく、患者と向き合い、チームと共にいることで成し遂げることができることだと思います。

看護師が自らを縛らないために

 ゼノンのパラドクスの一つに俊足のアキレスが鈍足の亀を追いかける時、アキレスが初めに亀のいたところに追いついた時には亀はわずかに前進している。再びアキレスが追いかけて亀がいたところに追いついた時には、さらに亀はわずかに前進している。これを繰り返す限りアキレスは亀に追いつくことができない、というものがあります。
 なんかちょっと納得してしまいそうになるけど、現実的に考えればいや、追いつくでしょ、ふつうに。亀のことは意識せずにふつうに歩けば、アキレスは亀に追いつき、追い越すでしょう。

 安全だけにとらわれるケアを俯瞰してみましょう。看護師は、医療者はアキレスです。皆さん能力が高く、患者への尊厳あるケアを提供したいと思って現場にいます。
 「身体拘束をしなければ患者の安全を守ることはできない」という謎の前提を共有すると、それに縛られ、亀に追いつけないアキレスになってしまいます。「いろいろな手段を駆使して患者の心身の回復を目指す結果、患者の安全は確保される」のです。身体拘束の縮小を目指すことは、身体拘束縮小を超えてケアの質を向上させることということができます。その結果、患者の全体的福利だけでなく、医療従事者の職場環境も経営も好転することができると考えます。

 

引用文献
1)厚生労働省:介護施設・事業所等で働く方々への身体拘束廃止・防止の手引き,2023年,[https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001248430.pdf](最終確認:2024年8月27日)
2)牧野真由美,加藤真由美,正源寺美穂:認知障害高齢者における一般病院看護師の身体拘束の必要性認識の現状および拘束しない転倒予防の実施と影響要因についての多施設間横断研究,日本転倒予防学会誌:8(1),p.25-36,2021.
3)Möhler R,Richter T,Köpke S,et al:Interventions for preventing and reducing the use of physical restraints for older people in all long‐term care settings,Cochrane Database of Systematic Reviews,2023
4)ジョアン・ハリファックス(著),海野桂(訳),マインドフルリーダーシップインスティテュート(監訳):Compassion;状況にのみこまれずに,本当に必要な変容を導く,「共にいる」力,p.2,英治出版,2018
 

酒井 郁子

千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター センター長・教授

さかい・いくこ/千葉大学看護学部卒業後、千葉県千葉リハビリテーションセンター看護師、千葉県立衛生短期大学助手を経て、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(保健学博士)。川崎市立看護短期大学助教授から、2000年に千葉大学大学院看護学研究科助教授、2007年同独立専攻看護システム管理学教授、2015年専門職連携教育研究センター センター長、2021年より高度実践看護学・特定看護学プログラムの担当となる。日本看護系学会協議会理事、看保連理事、日本保健医療福祉連携教育学会副理事長などを兼務。著書は『看護学テキストNiCEリハビリテーション看護』[編集]など多数。趣味は、読書、韓流、ジェフ千葉の応援、料理。

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