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第13回:「長」のお仕事~モノクロの毎日に増やしていく、きれいな彩り

第13回:「長」のお仕事~モノクロの毎日に増やしていく、きれいな彩り

2023.04.20酒井 郁子(千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター センター長・教授)

 4月は新人が入ってきますし、異動と昇格・昇任の時期でもあり、仕事内容が大きく変化した読者の皆様もいらっしゃるのではないでしょうか。慣れないことに取り組むのに夢中で、まだ自分の緊張や疲労に気づいていない時期かもしれませんね。そんな今月は、「長」のお仕事について書いてみようと思います。この4月から「長」になった方、これまでも「長」だった方たちが、ちょっとだけふっとリラックスできるような内容になっているといいなと思います。

「長」は、〈忙しい〉がデフォルト

 師長、委員長など「長」は、通常業務としてマネジメントを行いますので、なんとも言われぬ忙しさがありますよね。カピバラも「専門職連携教育研究センター・センター長」。センター「長」業務がけっこうたくさんで、ま、忙しいっちゃ忙しいです。なんで忙しいのかというと、自分の予定で動けるところと、相手の都合で動かなくてはならないところが混在しているのと、相手の決定に合わせる業務と、自分が決断しなくてはいけない業務と、スタッフと他の職種との意見をよい加減のところに着地させてうまいことユーザー(カピバラの場合は学生)がいい感じになるように調整する業務とが同時に発生しているからなんです。いわゆる多重課題発生というやつです。でも多重課題が存在するから、それをさばく中間管理職(長)が必要なのかなと思います。

レベル0:「長」になるということは、「役割」を引き受けるということ

 いきなりトップの「長」になる人はいない。保健医療福祉の業界ではまず中間の「長」である中間管理職になることがほとんどですよね。そして多くの場合、サプライズではなく、組織から内示があって、年度切り替わりで「長」がつく人になる。思い出してもらいたいのは、首に縄をつけて、といいますか、無理やり「長」にさせられたわけではないってことです。どこかに自分の決断がありましたよね? やりたいかやりたくないか、ではなく、「あ、これはやらねばならないのだな」と決心する瞬間。これが、「長」として一番初めにやること、すなわち「役割を引き受ける」ということなのかなと思います。準備万端引き受ける人もいるでしょうし、なんとなく流れで引き受ける人もいるでしょうし、すごく嫌だったけど、自分が引き受けないとな、と思って引き受ける人もいるでしょう。混合型もありますよね。
 「長」になるということは、“役割”が変わるということ。個人がメタモルフォーゼすることではない。これまでのスタッフとしての“役割”を脱ぎ捨てて、「長」の役割を引き受けるということです。いつかはこの「長」という“役割”は自分から外れるものだと思っておくと気が楽です。仕事ですから。

レベル1:とにかく仕事を増やさない

 一人前になって業務を安心して任せられるようになってきた看護師が「最近、業務に流されちゃって、なんか看護してない気がするんですよね」と言うことがあります。長になりたてのみなさんもつい先月までそういうスタッフの一人だったかも。業務って何やってるの? と聞くと、「え、検査送迎とか、処置準備とか、与薬とか、点滴の交換とか、清潔ケアとか、食事介助とか」と、スラスラ言うことができる。これらの「業務」は診療の補助であり療養上の世話であり、すなわち看護師の独占業務で、看護にほかならない。これを「こなす」ことができて一人前。「業務に流されている」という看護師が言いたいのはたぶん、「こなせるようになってきたけど、患者さんとじっくり話をして全人的にアセスメントして、ケアをていねいにやりたい(でもそのゆとりがない)」っていうことなのでしょう。
 長にとって、まず「業務管理」をして余計な仕事を増やさない、もしくは減らすということが基本的な仕事です。これができて初めて、ケアの質向上とか、人材育成とか、目標管理とかって話になると思います。スタッフ看護師が「自分が目指す看護」をできるようにするためには、ムダな業務、伝統として行っている業務、不必要だけどそれをやらないと仕事が終わらないようになっている業務前後のいろんな事柄を整理整頓するっていう、いわゆる断捨離が必要です。断捨離があってこそ、スタッフに「目指す看護」を追求する余裕ができる。でもこれ、新前の「長」には難しいことです。こちらから見ればやんなくてもよさそうな業務の遂行に価値を置くスタッフもいれば、そんなのムダじゃんと思っている Z 世代のスタッフもいる。長のもとにいろんな意見が届けられるかと思います。そんな時、一喜一憂しない、びっくりしない、イラっとしない、「あ、そうなんだ」とひとまず言ってみる。そして人のせいにしない、心の天気は自分で晴らすという構えが、自分とスタッフを落ち着かせるように思います。

レベル2:モグラたたきはやめよう

 次のレベルになると、部署の揉め事が目につくようになるし、相談事も持ち込まれるようになる。教育でも臨床でも、現場の日常には常に揉め事が発生しています。「長」の仕事としてとても目立ち、かつ重要で、これをやったら好感度アップというのが、揉め事バスターという名のモグラたたき業務。
 しかしこれはキリがないのです。たくさんの専門職が仕事を行うために参集している状態が通常業務の背景ですから、誰かの仕事は誰かの仕事に大きく影響し、何かの問題点は何かの問題点と絡まり合っている。表面に出てくる揉め事のもとがどこにあるのかをよく考えて(現状分析と問題の統合)、どこに介入したら一番効率的で効果的なのかをよく見極め(解決課題の抽出)、いつまでにどうなっていたらいいのかを設定し(達成目標と納期の明確化)、スタッフと関係各所に説明して、モグラの巣を除去する計画を立てる、というのが「長」になった人の仕事です。“助けて!”という声を聞くたびに変身ボタンを押して世界を救うヒーロー/ヒロインになろう、とか思わないこと。

レベル3:安易に結論を出さない

 モグラはたくさんいるけど、モグラの巣はたいていの場合1つか2つ。モグラが出てきたら、たたきたくなる気持ちはすごくわかります。生理的に気持ちがいいですよね、千手観音のような手でバシバシしばいて高得点ゲットというのは。でもよく考えると、これは「長」の仕事なのか? という深い疑問が。
 たたきたい気持ちは、問題を統合して(モグラの巣を見つけて)解決すべき課題を見出すまでの間は胸の中にしまっておいて、ずっと考え続けて安易に結論を出さない、というのもけっこう重要な「長」のスキルではないかと思います。モグラをたたくことに夢中になって、モグラの巣の探索にかける時間とエネルギーがなくなってしまうことを避けなくてはいけません。できるだけよく考えて、反射的なアクションを自重するのも重要かなと思います。“できるだけ”ってところがコツです。「長」の仕事に絶対はない。だからなんでもできるだけ、よい加減を維持しつつ、一個一個の問題へリアクションするのをやめましょう。受けに回る状態にならないために、時間をつくるのです。

レベル4:後ずさりしても前向きになるための目標管理

 近代的な組織には多くの場合、事業計画があり、中長期計画があり、年間目標があります。それに基づいて、部署の年間目標を立案し、それをスタッフに周知し、そのうえで個人の目標を立案してもらい、進捗を確認する仕事、いわゆる目標管理っていうのが中間管理職に求められることが多いですよね。大きな組織であるほど目標管理の業務エフォートが大きくなる。
 まじめな「長」は網羅的にこの目標を立案することが多いのですけど、資源には限りがあり、そんなに全部対応することはできないのです。そこで、部署の状況を組織の目標に照らして見てみると、〈 A:順調に進んでおり何もしなくても当面問題はない〉〈B:ユーザー(患者や家族)のアウトカムやスタッフの状況に明らかに影響が出ており、このままではやばい〉の2種類に分けられると思います。多くの場合、日本の健康関連組織ではサービスの質管理に関して仕組みがつくられてきており、ざっくり見積もって に該当する目標のほうが多い。A のアラ探しをする必要はないので、B に注力しましょう。

 組織全体の中長期目標は、理念からつくられているので、誤解を恐れずに言えば、たいていの場合、何でも当てはまるようになってます。何か自部署で目標を立てるときに、組織全体の理念と中長期目標を唱えてみることで、自部署の目標立案の方向性がなんとなく定まる。つまり、組織の理念と中長期目標は祝詞みたいなものかと思います。まず二礼二拍手一礼して、祝詞をとなえ、そのあと、「半年後はこうなっている」という部署の達成目標を言語化するという感じでしょうか。お参りするだけでは現状の改善はないわけで、実際にアクションをとるのは自分たちってことです。
 そして目標管理とは、「いやぁ、こうやって見ると、けっこういろいろやってきて、いいこともあったわ。次はこれをやろうよ」「なんかすんごくしんどい半年だったけど、点検してみたらできてたこともいくらかはあったわ。次はこれだってできるかも」というように、未来に向かって、全体を見て、後ずさりはするかもしれないけど前向きになるためのツールなのではないかなと思います。決してアラ探しのためのものではありません。

レベル5:「長」としてためらいなく決断する

 このレベルになってきたら、決断スキルを磨きたい。決断とは「長」個人の、組織のための意思決定のこと。レベル3で「受けに回る状態にならない」ことについて説明しましたけど、そこを伸ばす。そのためには、常に自分の中の課題対応の優先順位をクリアにして、見逃さず、即応する。行けると判断したらためらいなく前に行く。そしてディフェンスラインを割られたら、がっつり体を張って止める。時にはテクニカルファール覚悟っていう構えを自分の中にもってピッチに立つ(いつのまにか、サッカーの話になってしまいました)。とは言えいつも体を張るディフェンスは、ちょっとスマートではありません。問題の芽をいち早く摘み取るために、揉め事パターンを見抜き、モグラの巣を見つけるまでの時間を短縮させましょう。なんならモグラが巣をつくる前に追い払う。「長」が自陣ゴール前をこうやってクリーンにしていることで、スタッフはのびのびシュートを決めることができます。

レベル6:夢を語ろう、意味を語ろう

 カピバラは、「長」の最も重要な役割は、夢と意味をスタッフと関係各所に語り続けることだと思います。ミスチル流に言えば、「モノクロの毎日にきれいな彩りを増やしていく」ことです。日々の忙しさに「業務に流されて看護してないです(泣)」と嘆くスタッフが、未来に向かって「こんな看護をしたい」と言えるように、「長」として夢を語りましょう。そして「業務に流されて看護してないです(泣)」と嘆くスタッフが行っている、看護という名の大切な業務の意味を、「長」として語り続けましょう。これができるようになったら、一人前の「長」なったということだと思います。

 
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酒井 郁子

千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター センター長・教授

さかい・いくこ/千葉大学看護学部卒業後、千葉県千葉リハビリテーションセンター看護師、千葉県立衛生短期大学助手を経て、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(保健学博士)。川崎市立看護短期大学助教授から、2000年に千葉大学大学院看護学研究科助教授、2007年同独立専攻看護システム管理学教授、2015年専門職連携教育研究センター センター長、2021年より高度実践看護学・特定看護学プログラムの担当となる。日本看護系学会協議会理事、看保連理事、日本保健医療福祉連携教育学会副理事長などを兼務。著書は『看護学テキストNiCEリハビリテーション看護』[編集]など多数。趣味は、読書、韓流、ジェフ千葉の応援、料理。

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