厳しい暑さが続いておりますが、皆さま、いかがお過ごしでしょうか。
私事で恐縮ですが、このたび勤務先の大学で「Faculty of the Year Award」という賞をいただきました。学生や教員からの評価、研究業績などをもとに選出される賞で、ありがたいことに、教員1年目から3年連続で受賞することができました。
こういう場では、控えめに書くのが大人のたしなみなのかもしれません。けれど正直に告白すると、私はとてもうれしかったのです。頑張ってきたことを、誰かがしっかり見ていて、きちんと認めてくれる。以前触れた「意味のある承認(連載第3回)」は、学生だけでなく教員にとっても、日々のやる気を支える大きな力になるのだと実感しました。
受賞の影には、不採択通知も山積み
ただ、この1年は、順風満帆とは程遠いものでした。
科研費の不採択(連載第7回)に続き、生成AI関連の研究公募にも落選。さらに最近では、海外の学術誌に投稿した論文が、査読に進む前にあえなくリジェクト。末尾に「今後のご活躍をお祈りします」と添えられた、あの通知を、私はいったい何通受け取ってきたことでしょう。
受賞の実績だけを切り取れば、順調そうに見えるかもしれません。でも実際には、その足元に、採択されなかった申請書だけでなく、実習指導で「あのかかわりでよかったのか」と持ち帰ったモヤモヤや、やってもやってもあふれ出てくる雑務の数々が、何層にも積もっています。
これが、看護教員4年目のリアルです。
Connecting the Dots
そんなとき、私がよく思い出すのが、スティーブ・ジョブズが2005年にスタンフォード大学の卒業式で語った「Connecting the Dots」の話です。
“You can’t connect the dots looking forward; you can only connect them looking backwards.”1)
点と点は、未来に向かってあらかじめつなぐことはできない。つなげられるのは、あとから振り返ったときだけ──。
未来は誰にも予測できない。だから、「これは将来、何の役に立つのか」と先回りして考えすぎず、今この瞬間に没頭して、目の前に「点」を打ちつづけるしかない。うまくいかなかった挑戦も、報われなかった努力も、いつか振り返ったとき、思いがけず一本の線になって立ち現れる。そういう考え方です。
振り返れば、私も、全力で取り組んできた日々の連続でした。高校の野球部も、浪人時代の新聞配達も(連載第10回)、ICUでの日々も……。その一つひとつを、「いつか自分の役に立つから」と打算で取り組んでいたわけではありません。そのときどきで目の前にあったことに、ただ必死で取り組んでいただけです。
もちろん、目標を持つことは大切です。ただ、目標のためだけに毎日を生きようとしすぎると、いつのまにか「誰の人生を生きているのか」がわからなくなってしまうこともあります。長期的な目標という羅針盤は持ちつつも、今日という一日にきちんと向き合う。その積み重ねが、あとから振り返ったときに結果としてつながっていた、ということなのかもしれません。
全力で取り組むと、出会いが残る
そしてもうひとつ、振り返っていて気づいたことがあります。これまで自分なりに全力で取り組んできた時間には、いつも大切な人たちがいました。
自分では、目の前のことに必死で向き合ってきたつもりでした。けれど、よく考えてみると、その時間は決してひとりで積み重ねてきたものではありません。学食でランチを食べながら、研究の相談に乗ってくださる領域の教授。切磋琢磨し合う同期や後輩。貴重な時間を割いて研究に協力してくださる方々。率直な言葉で気づきをくれる学生たち。そして、背中を押してくれた大学の奨励費。いつも誰かが助けてくれて、私は本当に出会いとタイミングに恵まれてきたのだと思います。
うまくいった経験だけが、人生の財産になるわけではありません。たとえ思うような結果が出なかったとしても、そのとき一緒に悩み、踏ん張り、笑い合った人たちとの時間は、あとから振り返ったときに、かけがえのない思い出として残っています。
たまの帰省で、中学や高校時代の仲間と今も昔話で盛り上がれるのも、あのころ、同じ時間を一緒に真剣に生きていたからなのではないかと思います。目の前のことに全力で取り組んだ先には、結果だけでなく、そのときどきの出会いと縁が、ちゃんと残ってくれるのです。
今取り組んでいることに、全力を尽くす
うまくいかないことの渦中にいると、「この経験も、いつか意味を持つはずだ」と受け止められる日ばかりではありません。不採択の通知は、普通にへこみます。「これは未来の点だ」と頭ではわかっていても、メールの件名に「審査結果のお知らせ」と表示された瞬間、心拍数はしっかり上がります。どのような結果であっても、確認したらそっと画面を閉じて、何事もなかったかのように授業資料を作り始める。これもまた、看護教員のたしなみなのかもしれません。
でも、一喜一憂しながらも目の前のことに取り組む。そんな姿勢でもよいのではないかと思うのです。感情が揺れるのは、それだけ真剣に取り組んでいる証拠でもあります。悔しいものは悔しい。うれしいものはうれしい。へこむときはへこむ。無理に立派な意味づけをしなくても、揺れながら、迷いながら、それでも今日の仕事に向き合っていく。今の私にできるのは、そのくらいなのだと思います。

……と、賞状を片手にえらそうに書いてまいりましたが、現実には日々の業務に取り組むことで精いっぱいです。机の上には、査読結果待ちの投稿論文と、書きかけの申請書が積み上がっています。これらがうまくいくかどうかは、まだわかりません。それでも、未来の自分が「あのときの自分、ホントにありがとう」と言えるように、今日も目の前のことに取り組んでいきたいと思います。
ちなみに、この原稿を書いている横では、子どもに頼まれて、テレビゲームの最短コースをネットで調べています。ふと、自分が子どものころは攻略本に線を引き、同じステージに何度も挑戦しながら、少しずつ先に進んでいたことを思い出しました。答えがすぐに見つかる時代に、そのときの悔しさやうれしさは、どれくらい記憶に残るのでしょうか。そんなことを考えながら、この記事を書いています。最短コースも便利ですが、遠回りした経験ほど、あとから思いがけずつながってくるのかもしれません。
1)Stanford Report:Steve Jobs to 2005 graduates: ‘Stay hungry, stay foolish’,2005年6月12日,〔https://news.stanford.edu/stories/2005/06/steve-jobs-2005-graduates-stay-hungry-stay-foolish〕(最終確認:2026年7月3日)



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