「今年は今日発表されるらしい」。そんな噂を耳にしていた私は、朝からどこかそわそわしていました。そう、この日は文部科学省の科学研究費助成事業、通称「科研費」の交付内定発表日。8月末、夏休みを返上して必死に書き上げた研究計画の採否がわかる、研究者にとっての「運命の日」です。
何時に発表されるのかわからず、スキマ時間を見つけてはスマホで「X(旧Twitter)」をチェックする、まったく落ち着かない一日。午後になり、タイムラインに「やったー!」「終わった……」という歓喜と悲鳴が入り乱れ始めたのを見て、「ついに来たか」と覚悟を決め、結果確認のページを開きました。
場所は、年末の健康診断で指摘を受け、再検査のために訪れていた眼科の待合室。眼底検査のために「散瞳」の目薬をさされ、ちょうど私の視界がぼやけ始めていたころでした。ぼやけた目で必死にスマホの画面をのぞき込むと、そこには――「不採択」。「え?うそ?ん?」何かの間違いではないかと、目をこすりながら何度も何度も画面を見直しました。しかし、何度見直してみても、結果は残酷なまでに「不採択」のまま。
私の2026年度の科研費(若手研究)への挑戦は、静かに、そしてあっけなく幕を閉じました。
満を持しての挑戦と、待合室での「なんで?」
結果を見た瞬間の率直な感想は、「なんであの内容で不採択なんだろう……」でした。これには少し理由があります。実は昨年度も「若手研究」にチャレンジして不採択だったのですが、開示された審査結果のおおよその順位は「A」でした。これは、審査区分における採択されなかった研究課題全体の中で、上位20%に位置していたことを意味します。
当時は博士論文の執筆が大詰めで、正直なところ科研費の申請書作りに十分な時間を割くことができていませんでした。「限られた時間で書いた計画書でA評価をいただけたのだから、しっかり時間をかけて本腰を入れれば、次はきっと届くはず!」。私はそんなふうに、根拠のない自信を持っていました。
そう意気込んだ今年度は、無事に博士号(看護学)も取得済。今回の研究計画は、生成AIを看護教育に組み込むという構想でした。これは単に「話題だから」選んだわけではありません。生成AIをうまく活用して双方向性の学びを生み出し、実際の患者さんとのかかわりの中で難しい場面でも「安全に失敗できる環境」で学び、振り返りまで行えるようにしたい。そんな現場の教育課題から生まれたテーマです。実際に大学の授業でも生成AIに関するコマを担当するなど、実践的な取り組みも進めていました。さらに、AIやデータサイエンスの活用リテラシーを証明する「G検定(ジェネラリスト検定)」を2ヵ月ほど猛勉強して取得し、計画の内容に見合うよう自分なりに研鑽を積み重ねてきました。
また、ありがたいことに私の博士論文は学会から優秀論文賞をいただくことができました。実はこの研究は、科研費の「研究活動スタート支援」の助成を受けて行ったものでした。国のお金を使って研究する以上、しっかりと成果物を出す責任があります。受賞によってそれを一定の形で果たせたと感じたとともに、自分の研究が現場の抱える課題に対する一つの解決策になりうると多くの方に評価していただけたことも、「次もいける」と思った理由の一つでした。
「今年は満を持しての挑戦だ。いけるはず!」
そう確信していた分、不採択の文字を見たときのショックは大きなものでした。読者の皆さんも、自信満々で提出した論文や企画書があっさり却下されて、あごが外れそうになった経験はありませんか? 恥ずかしい話ですが、私は「採択されたら、この資金で機材を揃えて、あそこにも調査に行って……」と、すでに資金を使った具体的なプランまで頭の中で描き、次年度の行動計画に落とし込んでいました。
しかし、研究の世界は甘くありませんでした。臨床現場であれば、目の前の課題に対する熱意と行動力があれば、周囲は評価し、背中を押してくれます。しかし、アカデミアの世界は違います。どれだけ現場の課題を解決する素晴らしいアイデアと内容(だと自分が思っているもの)でも、学術的な問いの立て方や研究手法がしっかりと練られていなければ、シビアに弾かれます。
ぼやける視界のなか、国の研究費をいただいて研究を行うという壁に対する自分の見通しの甘さと、「熱意だけでは越えられない研究の壁」を同時に突きつけられたような気がして、一人待合室でしばらくぼうぜんとしていました。
挑戦しなければ「不採択」の痛みもないけれど
しばらくの間、ただぼうぜんと診察の順番を待っていましたが、少しずつ冷静さを取り戻してくると、ふと子どものころに絵本の伝記で読んだあるエピソードが頭をよぎりました。
皆さんは、発明家トーマス・エジソンの有名なエピソードをご存じでしょうか。電球のフィラメントづくりで何千回とうまくいかず、「失敗して大変でしたね」と問われた際、彼はこう答えたそうです。「私は失敗していない。うまくいかない方法を発見しただけだ」と。
不意にこの言葉が脳裏に蘇りました。そう、今回の科研費の不採択も、決して「挫折」や「失敗」で終わらせる必要はないのです。私は失敗したわけではなく、「今回は採択に至らないアプローチ」を一つ発見しただけなのだと、そっと心を立て直しました(かなり強がりかもしれませんが)。
もちろん、最初から科研費の申請なんて出さず、何も挑戦しなければ「不採択」という痛みを味わうことはありません。無難にやり過ごすこともできたはずです。しかし、果たしてそれでいいのでしょうか。現場の課題を解決し、クリティカルケア看護という領域をよりよくするために、自分が今できる行動を起こさないままでいることの方が、私にとってはよほど「失敗」に思えます。
起きてしまった「不採択」という結果を、単なる「失敗」のまま終わらせるのか。それとも「成功への過程」へと昇華させるのか。それは、これからの自分がどう行動し、どうリトライしていくかによって、自分で選ぶことができるはずです。
絶望の浪人生活――あの「不合格」が、今に繋がるターニングポイント
思えば、これまでの道のりでも、似たような教訓がありました。大学受験で不合格となり、絶望した18歳の春。地元の新潟では、友人たちが次々と上京していく中、私が下した決断は「新聞配達をしながら予備校に通う」というものでした。実家にいれば、きっと甘えてしまうと思ったのです。「できないことを環境や他人のせいにできない状況」に自分を追い込むため、新聞奨学金制度を利用し、働きながら浪人生活を送ることを選びました。
朝の1時に営業所へ行き、新聞の間に広告を挟んで朝刊を配り、少し休憩して予備校へ。昼過ぎには夕刊を配りに戻り、また予備校へ。毎日3〜4時間睡眠で、心も身体もボロボロになるような過酷な日々でした。それでも「自分で決断したのだから」と、高校野球で培ったフィジカルと精神力で乗り越えました。
その結果、私は第一志望の大学に合格し、現在その母校で教員をしています。妻とも、この大学で出会いましたしね。もし現役のときにすんなりと別の道へ進んでいたら、今の私はここにはいません。「あそこで落ちたこと」が、私の人生を形作る大きなターニングポイントでした。今なら心から「あのとき、不合格になってよかった」と思えます。
今回の科研費不採択も、きっと同じです。すべてがトントン拍子でうまくいくと、自分の研究や課題と深く向き合う時間が取れなかったかもしれません。「国のお金から研究費を助成していただく以上、もっと洗練されたよい研究にしなさい」というメッセージとして、この結果を正面から受け止めようと思います。ここでしっかりと力をためて、来年の夏のリトライに向けて戦略を練り直すつもりです。
「両方やらなくっちゃあならない」のがつらいところ
さて、いつまでも感傷に浸ってはいられません。今日は妻と長女、次女が夜はお出かけなので、私は6歳の長男と「2人きりの夜」です。科研費不採択で傷心ですが、そんなことを言ってられません。「ご飯は、外食でいいか」「お風呂で歌うたいますか」「絵本は、読みます」「妻たちが帰宅する前には寝かさねば」……と、頭の中で夜のミッションを組み立てる。そうしていると、容赦なくスマホが鳴ります。学生からの質問メール、急ぎのスケジュール調整の連絡、原稿の校正依頼、さらには後輩からの深刻そうなLINEまで。
そんなマルチタスクで苦境に陥ったとき、私の脳内にはいつも『ジョジョの奇妙な冒険』第5部に登場するブローノ・ブチャラティのあの名セリフが浮かびます。
「『任務は遂行する』『部下も守る』『両方』やらなくっちゃあならないってのが『幹部』のつらいところだな」1)
知らない方からすれば「なんのこっちゃ」と思われるかもしれませんが、誰しも苦しいときに自分を奮い立たせてくれる漫画のワンシーンや言葉ってありますよね。そう、私たち看護教員も「自分の研究で結果を出す」ことと「学生指導や学内業務を回す」こと、そして「家庭の役割も果たす」こと。これら「両方(いや、全部ですね)」やらなくっちゃあならないのが、つらい(けれど面白く、自分のやりがい)ところかなと思います。
不採択のショックを力に変えて、1年後、あるいは数年後、この記事を読み返しながら「あのとき、不採択でよかったな」と笑って言えるように、積み重ねていきたいと思います。
この連載は、駆け出し看護教員である私自身の成長プロセスを「はじめの一歩」として綴っていくものです。だからこそ、今回のような私のかっこ悪いエピソードも、包み隠さず皆さんにお見せしていこうと思っています。日々それぞれの場所で奮闘している先生方にとって、この記事が少しでも励みになれば嬉しいです。
1)荒木飛呂彦:ジョジョの奇妙な冒険 第53巻,集英社,1997



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![第2回:実習記録デジタル化の実際 [1]―既存のLMSを用いた実装](https://www.nurshare.jp/assets/public/article/10552/【看護実習DX】_サムネイル小_1711450359171.png)
