近年、母性看護学領域では臨地実習の機会が減少し、より効果的な学びが求められています。少ない実習機会を最大限に生かすためには、看護過程を展開していく力が重要です。しかし、母性看護学領域ならではの難しさを感じる学生も多く、教え方が難しいという教員の声も聞かれます。
そこで今回は、『根拠がわかる母性看護過程(改訂第2版)―事例で学ぶウェルネス志向型ケア計画』(南江堂、2025)の著者のお一人である竹内翔子先生(横浜市立大学医学部看護学科)に、母性看護学領域における看護過程の重要性と、授業での本書の具体的な活用例についてご紹介いただきました。
(NurSHARE編集部)
さらに重要になる看護過程と“考える力”
母性看護学は、生命の誕生という人間の営みの根幹に関わる看護学領域です。妊娠、出産、育児というライフイベントは、対象となる女性だけでなく、その家族、さらには地域社会とも深くつながっています。そのため、母性看護学では、女性の身体的変化や心理的変化だけでなく、家族関係、社会的背景などを統合的に理解しながら看護を展開していく力が求められます。そして、その基盤となるのが「看護過程」です。
看護過程とは、対象を全人的に理解し、科学的根拠に基づいて看護実践を計画・実施・評価するための思考の枠組みです(図1)。特に母性看護学においては、母児を1つのユニットとして捉えること、およびウェルネスの視点で看護過程を展開することに大きな特徴があります。しかし、他の看護学領域では問題志向型の看護過程が主であり、そこに時間をかけて学んでいる学生にとっては、母性看護学での看護過程の展開において「ウェルネスの視点でのアセスメントが難しい」「母児2人をアセスメントしなければいけないのが大変」と感じる場合も多いように思います。
一方、母性看護学実習においては、少子化の影響により臨地実習の機会が減少し、学生が実際の母児で看護過程を十分に展開することが難しい現状にあります。そのため、臨地実習前から看護過程の展開を通し、学生の“考える力”を育むことが重要です。
そこで今回は、学生の“考える力”の育成に焦点を当て、筆者が執筆を一部担当した『根拠がわかる母性看護過程(改訂第2版)―事例で学ぶウェルネス志向型ケア計画』の特長と、授業での具体的な活用例を紹介します。
『根拠がわかる母性看護過程(改訂第2版)』の特長
実践的な11事例で思考プロセスを学べる
本書の特長は、単にウェルネス志向型の看護過程の理論を説明するのではなく、事例に基づき、母性看護の実践現場に即した思考プロセスを具体的に示している点にあります。また妊娠期、分娩期、産褥期、新生児期の各期における11事例(図2)の看護過程の展開がされており、各校の実習内容に応じて活用することが可能です。特に改訂第2版では、妊娠期からのメンタルヘルス支援に関する内容や無痛分娩後の褥婦の看護過程が追加され、より近年の実践現場に即した内容が網羅されています。
ウェルネス志向型の看護過程の一連の展開が理解できる
また各章の事例展開では、事例の背景情報からアセスメント、診断、計画、実施、評価へと進む過程を示しています。学生は、記述を追いながらウェルネス志向型の看護過程の一連の展開が理解できるよう構成されています。
関連図で母児や家族の関連を視覚的に理解できる
さらに母性看護学において、母児は相互に関連し合っていることから、母児を1つのユニットとして捉えることが必要です。本書では各事例において関連図が示されており、図式化されることによって母児双方および家族がどのように関連し合っているのかを視覚的に理解しやすくなります(図3)。
本書の具体的な活用例
学びの土台をつくるために
母性看護学の授業開始時には、学生の多くが「妊娠・分娩・産褥」のプロセスを断片的にしか理解できていません。そこでまず本書の第Ⅰ章「母性看護学の特徴」や第Ⅱ章「看護過程の考え方」を活用し、まず母性看護学の考え方やウェルネスの看護過程の理解を深めます。
次に、第Ⅲ章「看護過程の展開」の各節にある、「対象者の理解」の項を用いて、妊娠期・分娩期・産褥期・新生児期といった各段階の看護の特徴やアセスメントの要点を整理します。これにより学生は、各期のアセスメントにおいてどのような視点で観察・判断していくのかを見通せるようになります。
このような学びの土台づくりにより、学生は母性看護過程の全体像を俯瞰的に捉えることができ、以後の事例を用いた看護過程演習へのスムーズな導入になると考えます。筆者が所属する横浜市立大学医学部看護学科では、母性看護学科目の中で事例に基づく産褥期・新生児期の看護過程をグループワークで展開しており、上記の部分の学習は学生の事前課題として提示しています。
事例を用いた看護過程演習で
学内で看護過程の演習を行う際、教員が事前に事例を作成し、その事例に基づいて学生が看護過程を展開していることが多いかと思います。しかし事例の作成には労力と時間を要すことから、本書の事例(図4)を演習で活用することも有効です。
(1)情報抽出・アセスメントでの活用
例えば、妊娠期の看護過程を展開する演習では、まず学生に妊婦健康診査のデータを提示し、グループでアセスメントしてもらいます。その後、本書の該当部分を参照しながら、どのデータに注目すべきか、なぜその解釈が重要なのかを確認します。本書には「なぜこの観察項目が必要なのか」という根拠が「基本的なアセスメント項目」の項に具体的に示されているため、学生が“考える視点”を習得することができます。
(2)看護診断・看護計画の立案での活用
次に、アセスメントをもとに看護診断や看護計画を立案します。学生の立案後に、本書の「看護課題(診断)」「目標」「具体的ケア」を照らし合わせて検討することで、自分たちの考えと教科書的根拠の違いに気づき、理解の深化が促進されます。このプロセスを繰り返すことで、単なる暗記ではなく、根拠に基づいた思考プロセスを体得できることが期待されます。
また、事例を活用した看護過程では、結果・評価の展開まで実施することが難しいですが、本書では具体的ケアに基づく結果とその評価までが展開されているため、立案した計画からどのように結果を得て評価を行うのかまで理解することができます。
(3)アクティブラーニングでの応用
近年の看護教育では、PBL(Problem-Based Learning)やTBL(Team-Based Learning)などのアクティブラーニングの導入が進んでいます。その中で本書は、学生の主体的学びを支える教材としても非常に有効であると考えます。
例えばグループワークにて、提示した事例のアセスメントに必要な情報の抽出やアセスメントを行う時間を設けます。次に全体のディスカッションにより、各グループの考え方の違いを共有します。この際、教員はファシリテーターとして、本書の事例展開部分を参照しながら、「学生の判断とテキスト上の展開の違いはどこにあるか」「その違いはどの情報の捉え方の違いによるのか」を比較検討できるように導くことがポイントです。最後のフィードバックにて、教員は全体のディスカッションでの考えを整理し、看護過程の各段階の意義や思考の流れを改めて説明します。こうした流れを通して、学生は“自分の頭で考える”プロセスを体験的に学ぶことが可能となります。
学内と臨地をつなぐ学習ツールとして
母性看護学実習では、学生が非常に限られた時間で対象の母児を理解し、看護過程を展開することが求められます。しかし学生は実際に実習に行くと、電子カルテ内の多くの情報に翻弄され、「どの情報を収集すればよいか」「どの情報をどのようにアセスメントに結びつければよいか」などと戸惑うことも少なくありません。その際、本書を実習前後の振り返り教材として活用することが効果的であると思います。
例えば実習前の事前課題などで本書の「産褥期にある対象者の理解」の項を用いて、対象理解の枠組みを整理します。また実習中に収集した情報を、事例に基づく「アセスメントの項目の整理」の記述と照らし合わせて確認することで、「自分の得た情報がどの根拠に基づくのか、アセスメントにどのように結び付けたらよいか」「見落としていた視点は何か」を考えるきっかけとなります。
また、教員が実習記録のフィードバックを行う際にも、本書の記述を引用しながら説明することで、学生は根拠に基づいた理解がしやすくなります。このように、本書は学内と臨地をつなぐ学習ツールとしても活用可能であると考えます。
おわりに
本書は単なる教科書ではなく、学生が自ら考え、判断し、行動する力を育む実践書です。学内の授業や実習の中で効果的に活用することにより、学生は根拠に基づいて考えることの面白さや看護過程を通じた対象理解の喜びを体感することにつながるのではないでしょうか。そしてその“考える力”を育むことが、学生の看護実践力の基盤になると考えます。
『根拠がわかる母性看護過程(改訂第2版)―事例で学ぶウェルネス志向型ケア計画』のご案内
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