看護教育のための情報サイト NurSHARE つながる・はじまる・ひろがる

第44回:患者、家族、学生―さまざまな人の人生にかかわり、学び、ともに歩む

第44回:患者、家族、学生―さまざまな人の人生にかかわり、学び、ともに歩む

2026.07.09西 香織(京都中部総合医療センター看護専門学校 副教務主任)

 今回エッセイのお話しをいただいたことを機に、私の分岐点を振り返ってみると、大きな出来事がいくつか思い出された。看護師という専門職を選択し、さらに思ってもみなかった看護教員の道へ進んだこと、そして今に至る毎日、全てが私にとって分岐点となっている。

看護師は人の人生、家族の人生にかかわる職業

 看護師1年目、配属された病棟は肝臓・消化器内科だった。肝炎の患者が多く、肝硬変から肝がんへと移行し、入退院を繰り返す方がほとんどだった。顔なじみの方も多く、1年目の私にも「また来たよ。よろしくね」など気さくに声をかけていただいたりもした。その中の一人が、ある60歳代の男性患者で、肝がんの治療を複数回行っていたが病状は進行していた。お子様はおらず、とても仲の良い奥様が毎日面会に来院されていた。ある日、奥様が面会から帰られた夕方に、突然の吐血があった。食道静脈瘤の破裂だった。緊急処置に向かうためスタッフで対応しながら「大丈夫ですか。奥様にお電話して来てもらいましょうね」とお声がけすると「今帰ったばかりだし、心配かけたくないからしなくていいよ。妻も疲れているから」と優しい表情で仰られた。

 吐血の影響で肝機能は著明に悪化し、病状が厳しいことを主治医から聞いた。スタッフで話し合い、奥様を呼んだ方が良いと判断した。帰路についたばかりだった奥様はすぐに到着され、処置後のご主人と対面された。その日の遅くに、その方は亡くなった。奥様が最期にご主人の手をなでながらお声がけされていた様子を翌朝出勤時に聞き、胸にこみ上げるものを抑えきれなったことを今でも覚えている。妻を思いやるご主人と、彼に長年寄り添われてきた奥様の気持ちを想像し、私は改めて人の人生、家族の人生にかかわる職業に就いているのだと痛感した。まだまだ未熟な新人看護師だった当時の私は「患者には大事にされているものや時間、家族がいる。それらについてまずは知りたい」と考えるようになり、その後の患者へ向き合う姿勢の基盤となった。

学生の思考や感性は、教員の想像をはるかに超えている

 その後も看護師経験を積む中で、「私の看護師としての強みは何だろう」と自問することが増えた。そんな折に看護学校へ異動のお話しをいただき、本当に軽い気持ちでチャレンジすることを決めた。学校での日々は全てが衝撃的で「人に教えるってなんて難しいのだろう」「学生とかかわることが怖い」「指導を間違ったらどうなるの?」と考えては疲労困憊の毎日だった。そんな中で、上司から「たくさんのことを伝えたいと思わなくてよい。ひとつでよい。“自分が何を教えたいのか”を持っていることが大事だよ。そして、学生が何を知りたいと思っているのか見てみて」と助言をいただいた。気持ちが軽くなったと同時に「学生が何を知りたいと思っているか」を探す日々が始まった。

 まず、学生の様子を見つめることから始めた。授業の休憩時間に話しかけたり、実習中は控え室で何を調べているのか、何を話しているのかアンテナを張ってみた。そうすると、学生の見ていること、感じていること、考えていることは、教員の想像をはるかに超えているのだと気づいた。たとえば、ある神経難病の患者を担当した学生がいた。学生は「私の受け持つ患者さんは言葉を発せないけれど、待っていれば声が出てくることもあるんです。でも、構音障害があるから聞き取れないのと、私が聞き返すと必ずうなずいてくれるから、意思表示をしてくださったとしてもそれが本心か分からない。どうしたらあの方の自尊心を傷つけずに、患者さんの伝えたいことを受け取ることができるのでしょう」と悩んでいた。 

 この患者を担当するにあたり、きっと学生はコミュニケーションについて悩むだろうなと予想はしていたものの、それが患者目線の悩みであったことにまず驚いた。そこで、患者の背景を踏まえ学生同士で話し合う時間を設けた。カルテに書かれていた、発症から現在に至るまでの病状変化や受容過程に思いをはせると、改めて患者の伝えたいことをくみ取った看護がしたいと力強く学生は述べた。
 そこで、日々のかかわりにおいて患者の非言語的表現を逃さないよう観察し、その意味を考えた。学生は、日を追うごとに患者が表現することの意味をくみ取れるようになり「こうしたいんですね?」や「こうしましょうか」といった提案をしながら、患者の意向を踏まえた看護実践へとつなげていった。発語が少ない方であったが、ときに「さんぽ」などと希望を伝えてくださることもあった。学生は「毎日かかわっていたら、患者さんのことがたくさん分かってきました。嫌なことや気が進まないときの表情とか、何をしたいっていうときとか。一緒にした嚥下体操も、頑張って取り組んでくださっているなと表情で分かることもあります。家族において大事な存在であることも奥さんの面会の様子から分かりました。病気の進行は止められないけれど、少しでも遅らせたいと思いました」と言い、継続した看護を実践し続けた。看護の対象に向き合うことが何をもたらすのかを、私自身が患者と学生から教えられたひとつの出来事であった。

 看護教員として学生とかかわって数年、看護教員は教える職業であるという固定概念は消えた。学生からときに学び、ときに見守り、導き、ともに歩む。価値観の違う年代の学生とかかわることで知り得るものは大きく、日々刺激をもらえている。新人時代に気づきをくださったあの患者のように、学生1人ひとりにも人生があり、その人生にかかわる職業なのだと思うと背筋が伸びるとともに、これからの私自身の人生で出会うであろう新たな分岐点を楽しみに励みたいと思っている。

西 香織

京都中部総合医療センター看護専門学校 副教務主任

にし・かおり/宮崎医療福祉専門学校を卒業、福岡赤十字病院に入職。肝臓・消化器内科病棟に勤務。その後、京都中部総合医療センターに入職し、呼吸器・腎臓内科、地域包括ケア病棟に勤務。系列の京都中部総合医療センター看護専門学校に異動し、現職。趣味は音楽鑑賞、読書。

フリーイラスト

登録可能数の上限を超えたため、お気に入りを登録できません。
他のコンテンツのお気に入りを解除した後、再度お試しください。