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第39回:迷いながら歩み続けてきた看護教員としての道

第39回:迷いながら歩み続けてきた看護教員としての道

2026.02.12鈴木 小百合(順天堂大学医療看護学部 准教授)

漠然と教員を志望していた学生時代の転機

 私はもともと、小学校の教員になりたいと思っていた。強い憧れがあったわけではないが、小学校1・2年生の頃に担任だった厳しい先生の影響を受け、何となくその道を思い描いていたのかもしれない。
 明確になりたい職業が見つからないまま高校へ進学し、迷わず文系コースを選択した。しかし当時は教員が余剰の時代で、教員免許を取得しても正規採用は狭き門だった。また、人前で自分の考えを話すことが苦手で、うまくいかないと顔が赤くなってしまう自分に、教員としての適性があるのか迷いもあった。それでも、「誰かの役に立つ仕事をしたい」という思いは、心のどこかにあった。
 そんな将来像が定まらないまま過ごしていた高校2年生のとき、転機となる出来事があった。学校に、「地球のステージ」1)で知られる医師・桑山紀彦さんが講演に来てくださったのである。医師として世界を巡り、紛争地域や貧困地帯で出会った人々の姿を、音楽や写真とともに語るその講演を聴き、医療の力で人の役に立ちたい、自分も資格を持って誰かを支えられる存在になりたいという思いが、初めて明確な形となって心に芽生えた。この経験をきっかけに、看護師を目指すことを決めた。

臨床で淡々と業務をこなす自分が不安に

 大学卒業後は、都内の公立病院の救急センターで看護師として勤務した。主にICU病棟で働き、当初は知識や技術を身につけ、業務に慣れることに必死だった。次第に重症患者を受け持てるようになり、医療機器の管理もできるようになって、仕事にやりがいも感じていた。
 一方で、患者や家族と向き合うことを意識しながらも、忙しさの中で業務に流される毎日だった。患者の死に直面することも多かったが、感情を表に出さず淡々と業務をこなした。そんな自分が、以前より冷酷になってしまったのではないかと不安になることがあった。当時は旧友に会うと、自分が冷酷な人間になっていないか、以前と変わっていないかを尋ねていたように思う。

大学院で学び直す中で見方が変わった看護理論

 やがて、「看護とは何か」が自分の中で曖昧になり、もう一度学び直したいと考え、大学院へ進学した。研究疑問を明確に持たないまま進学したため、テーマ探しには苦労したが、看護理論を学ぶ中で、理論家が語る「看護」が腑に落ちる感覚を得た。臨床にいるときに理論に立ち返ることができていたら、もっと違う看護ができていたのではないか、という後悔も生まれた。
 この経験から、学生に教えるなら、看護理論を「難しいもの」ではなく、「迷ったときに立ち返れる身近な基盤」として教えたいと考えるようになった。そして現在、学部1年生の授業では、グループワークを通して看護理論を学ぶ機会を設けている。学生が堂々と議論し、その後の臨地実習での記録やカンファレンスにおいて、授業で学習した看護理論が自らの言葉で表現されている様子を見ると、迷ったときに立ち返れる学びの基盤が少しずつ形成されていることを実感し、嬉しくなる。

迷いながらも看護教員の道へ

 大学院修了後の進路は、大きく迷った。結婚を機に、無理をせずに働く選択もあってよいのではないかと考えるようになったこと、そして「これをやりたい」と胸を張って言えるものが見つからなかったことが、その背景にあった。教員という選択肢も頭の片隅にはあったが、大学院で苦労した研究をこの先も続けていく覚悟が持てず、安易な気持ちで踏み出すことはできなかった。
 進路に悩みながら保健師として働く道を考え、職場見学などをしていた頃、夫から「大学院を修了したのに、教員はやらなくていいの?」と言われた。その言葉にハッとし、「夫が応援してくれるなら大変な仕事である教員も頑張れるかも」という思いが湧いてきた。その後、通える範囲で見つけた教員の募集に、半ば試すような気持ちで手を伸ばしたのが、今の職場である。気づけば15年以上教員を続けているのだから、自分でも不思議でならない。

周りに支えられながら、教員として歩み続ける

 振り返ると、教員生活を続けてこられたのは、働きやすい職場環境、家族の支え、そして教員としてのやりがいを実感できているからだと考える。授業も研究も自分との闘いでもあり、悩むことや行き詰まることもあるが、困ったときに相談できる上司や同僚の存在に支えられ、乗り越えることができた。担当の授業前は今でも緊張するし、授業後にもっとこうすれば良かったと思うことの方が多い。だからこそ、次は、来年はこうしよう...と思えるのかもしれない。
 授業も研究も良いものにするには時間が必要で、いくらでも時間をかけたくなるが、子どもが生まれてからは、自分にかけられる時間は有限となった。しかし、もし家族がいなかったら、休日も仕事に時間をかけ続け、どこかで無理が生じていたかもしれない。帰宅すれば仕事のことを忘れさせてくれる家族がいることで、自然にオンとオフが切り替わり、限られた時間の中でも仕事に力を注ぐことができているのだと思う。

「看護者」になっていく学生に刺激されながら前に進む

 教員としての一番の醍醐味は、学生の成長を間近で見られること、そして学生から多くの刺激を受けられることである。1・2年生の基礎実習では、日々学生の表情や発言が変化し、少しずつ「看護者」へと近づいていく姿を目の当たりにする。実習開始時と終了時では、まるで別人のように感じられることも少なくない。
 学内演習においても、新しい知識や技術を自分のものにしていく過程で、学生の表情や発言から、学ぶことの楽しさを感じ取れる瞬間がある。そうした姿に触れるたびに、学生から多くの刺激を受け、自分自身もまた頑張ろうと思える。

 ICTやAIの活用が進み、学習環境が変化する中で、教育の在り方は改めて問い直されている。多様な背景をもつ学生一人ひとりに試行錯誤しながら向き合い、看護師に求められる実践力をどのように育てていくかを、教員として探求し続けていきたい。「よりよい教育実践のためには、教員自身が変わらなければならない」という恩師の言葉を胸に、漫然と同じ授業を繰り返すのではなく、立ち止まりながら考え、少しずつでも前に進んでいこうと思う。

引用文献
1)桑山紀彦(地球のステージ):NPO法人地球のステージ公式サイト,〔https://e-stageone.org/about/message.html〕(最終確認:2025年12月12日)

鈴木 小百合

順天堂大学医療看護学部 准教授

すずき・さゆり/山形大学医学部看護学科卒業後、公立の総合病院にて臨床経験を積む。山形大学大学院医学系研究科看護学専攻修士課程修了。2008年より順天堂大学医療看護学部基礎看護学の教員として教育に携わり、2019年より現職。順天堂大学大学院医療看護学研究科博士後期課程修了、博士(看護学)。休日はジムで体を動かし、健康維持を心がけている。

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