科学的看護論との出会い
私は病院附属の看護学校を卒業後、脳神経外科病院の急性期病棟に配属された。そこは毎日救急搬送される患者や術前後の患者であふれ、常に満床という戦場のような現場だった。そのため身体の状態の観察ができ、救急対応など効率よく動ける看護師が重宝されていて、当然私もそのような看護師になったと思う。
しかし卒後3年が経ち、旅行のために初めてとった長期休暇後に現場に戻ったある日のこと、突然、「看護」が普通に仕事をこなしているだけの状況になっていること、またそれに困っていない自分に違和感をもった。そして、「そもそも看護とは何か?」という疑問が生じた。この疑問を誰に聞いても納得できず、「このまま看護とは何かがわからない自分が看護師をしてはいけない」と思い、辞表を持って看護部に行くと、当時の看護部長からある研修会への参加を提案された。「もしかしたらその研修会に何かヒントがあるかもしれない」と考え直し、研修会の案内をみていくと、「看護とは何か、科学的看護論、講師:薄井坦子」という講義内容が目に留まった。看護学生時代に科学的看護論について学習したものの、さっぱりわからなかったことを思い出しながら、「看護とは何か」のフレーズにひかれ、その研修会に参加することにした。
後で知ったことだが、この研修会は看護科学研究会(現:看護科学研究学会)といい、臨床で対応に困った事例を持ち寄り、グループワークで検討し、それを再度臨床に持ち帰り看護実践につなげることを目的に行われている研修会だった。研修会での事例を通して、そもそも人は不健康な生活から自分で生活を整えることができるという““もてる力””はある。しかし、自分で生活を整えることができない場合はその人に代わって生活を整えたりその人ができるようにサポートすることが看護であるということ。つまり、看護は生活過程を整えることで健康回復の手助けをすることなのだとイメージできた。これは看護を「やること」だけに注目していた自分にとってとても刺激的で、すぐ病棟に戻って看護を実践してみたくなった。
看護ってすごい!!看護って楽しい!!
研修会から戻ってきてから意気揚々と、さっそく自分で「看護」に取り組んでみたが、今までと何が違うのかやっぱりよくわからない。そこで再度研修会に参加しようと思い、その際自ら事例を提出してみようと決意した。
研修会には、心不全のためいつも眉間にしわを寄せている老年期の男性の事例を提出した。昼夜問わずナースコールを頻繁に鳴らし病棟では対応に困っていた方だった。事例検討をしていく中で、実は困っていたのは私ではなく患者だったと気づかされ、申し訳なさと「なんとかしなければいけない」という思いでいっぱいになった。そして、すぐにでもこの方に看護を実践したいと思い、さっそく次の日からかかわり方を変えた。すると、今まで眉間にしわを寄せていた患者の顔がみるみる穏やかになり、さらにナースコールも減るという変化があった。この変化の要因を振り返ってみると、今までの私は患者のできていないところ、困ったところばかりに注目していたが、事例検討によって患者の“もてる力”がみえるようになり、それを活用しようとして患者への見方が変わっていることがわかった。人に対する見方や思いが変われば、声掛けひとつから看護実践は違ってくる。それが患者の変化につながったのだと学び「看護ってすごい!!」「看護って楽しい!!」と実感をもって思うことができた。
その後の研修会でも、事例を通して「人間とはどのような存在か」「生活過程を整えるとはどういうことか」「人間の生命力とは、病気とは何か」など、たくさんのことを考えた。『科学的看護論』1)や『看護覚え書』2)を何度も読み返し、それをまた事例検討、看護実践につなげていくことに没頭した。この経験は私が看護師として看護をしていく上での後ろ盾となり、自信を持って看護実践することにつながっていった。また、患者のよい変化に同じ病棟で働く看護師も気づくようになり、患者の“もてる力”を見出すための事例検討に病棟全体で取り組むことになった。そして、病棟の看護師たちが活き活きと楽しく看護するようになっていった姿から、私の勤務する病棟は院内の「働きたい病棟No.1」にもなった。ナイチンゲールのいう看護が実感でき、病棟をも巻き込んだ事例検討と看護実践のよいサイクルの中で、私は看護することが楽しくなっていた。
看護教育でのたくさんの失敗と経験を積んで
看護が楽しく毎日が充実していたが、一方で後輩のナースをうまく指導することができずにいた。そのような中、研修会に一緒に参加した母校の教務主任から看護教員として誘いを受けた。後輩への指導に悩んでいたことを解決するためには、看護学校で教育を理解したほうが手っ取り早いという安易な気持ちで、母校の看護学校に異動することにした。
看護教員になったばかりの私は、学生たちには自分のように「看護とは何か」がわからず困ってほしくない、看護をしっかりわかって現場に出てほしい、自分がつかみ取ってきた看護を知ってもらいたい、という一方的な思いが強かった。当時は30代前半と若かったこともあり、熱く指導する私についてこられない学生もいたと思う。実習では久しぶりの臨床の現場に私自身がうれしくなってしまい、学生と一緒に清拭をしていたはずが、学生の未熟な技術に我慢ができず、気づくとタオルを取り上げ自分で清拭してしまったこともあった。また、学生指導とは思えない理不尽な実習指導をする指導者と喧嘩してしまい、教務主任や看護師長が仲裁に入ることもあった。さらに、経験もない母性実習の担当となったときには、どうしても実習で合格を出せない学生に対して「自分が担当でなかったら不合格にはならなかったのではないか、学生がかわいそうだ」と葛藤したり、指導できなかった自分が悔しくて、教務室で大きな声で泣いてしまい他の先生たちを困らせてしまうこともあった。今考えても、とても型破りな看護教員だったと思う。たくさんの失敗と経験を積み、看護学校には腰掛け程度で勤務するつもりが、気づくと今に至っている。
.png)
看護教員としてこれから目指すこと
私はすべての人がよい看護を受けることができる世の中であってほしいと切に願っている。今、看護教員として自分がここにいる理由は、私ひとりがよい看護をしたとしてもそこには限界があるが、看護教育を受けた学生一人ひとりがよい看護が実践できるようになれば、それはたくさんの人によい看護を提供することにつながるからである。また、当初の私は、数年看護教員として勤務したら臨床に戻って看護したいという思いが強かったが、このように考え方が変化したのは、看護教育の場であっても、臨床と同じように学生を通して看護していると実感できている自分がいるからだと思う。学生たちには「看護」を自らつかみ取ってほしいと思っているし、その中で「看護ってすごい!!」「看護って楽しい!!」と感じてほしいと願い、学生の“もてる力”を信じ日々奮闘している。
1)薄井坦子:科学的看護論 第3版,日本看護協会出版会,1997
2)F. ナイチンゲール:看護覚え書;看護であること 看護でないこと, 第8版(湯槇ます,薄井坦子,小玉香津子ほか訳),現代社,2023




