前回は、畑に入れた古い畳や牛糞を分解してくれる土壌細菌、そしてレンゲの根にすみついて窒素固定をしてくれる根粒菌など、農業に役立つ微生物のお話をしました。そして最後に、微生物は農家にとって「味方にもなるし、敵にもなる」と書きました。今回は、その「敵」のほうのお話です。
父からは、野菜や稲の病気の話はときどき耳にしていました。根が腐った、苗の育ちがおかしい、葉に斑点ができる、などなど。当時の私はもちろん詳しいことは分かっていませんでしたが、今になって考えてみると、その中にはカビ、すなわち真菌や、細菌などの微生物が原因の病気もずいぶん含まれていたのだと思います。ヒトに病原微生物がいるのと同じように、植物にも病気を起こす微生物がいるわけです。ヒトと同じように「感染症」と呼びたくなるところですが、植物の世界では病気のことを「植物病」とか「病害」といい、その中でも感染が個体間で拡がっていくものを「伝染性病害」というようです。
今回は、そんな植物の病気のうち、2つのものを紹介しようと思います。なぜこの2つなのかというと、単に「こんな微生物が植物を病気にしますよ」というだけではなく、病気の原因を追いかけていったら、その研究が思いもよらない科学の発展につながった、という、たいへん興味深い例だからです。
ウイルス第1号は「植物の病気」から
まず紹介するのは「タバコモザイク病(図1)」です。タバコの葉に緑色の濃淡がモザイク状に現れ、葉が変形したり生育が悪くなったりする病気です。わが家ではタバコは栽培していませんでしたけど・・・。この病気の原因はその名も「タバコモザイクウイルス(tobacco mosaic virus:TMV、図2)」といいます。このTMV、ウイルス学の教科書では必ず登場する、有名なウイルスなんです。なぜなら、人類が初めて「ウイルス」という存在を認識するきっかけになったものだからなんです。
19世紀の後半には細菌学がものすごい勢いで発展していました。ルイ・パストゥール(Pasteur L)やローベルト・コッホ(Koch R)らの研究によって、「細菌がヒトの病気の原因になる」という考え方が確立しつつあった時代です。そんななか、タバコモザイク病も当然、何らかの細菌が原因なのだろうと考えられていました。1886年、ドイツのアドルフ・マイヤー(Mayer AE)は、病気になったタバコの葉の汁を健康な葉にこすりつけると、その病気が「うつる」ことを示しました。つまり、葉の汁の中に「何か感染するもの」がいる、ということです。ここまでは細菌でも説明できます。その後1892年に、ロシアのドミトリー・イワノフスキー(Ivanovsky DI)は、この葉の汁を「細菌を通さないフィルター」で濾過してみました。当時「細菌濾過器」といわれていた、素焼きのフィルターを用いました。細菌が原因なら、濾過した後の液からは感染力がなくなるはずです。ところが……その汁を健康なタバコの葉にこすりつけたところ、病気はうつったんです。
さらに1898年、オランダのマルティヌス・ベイエリンク(Beijerinck MW)は、この病原体が単なる毒素ではなく、生きた植物の中で増える新しい感染性因子であると考えました。これが現在の「ウイルス」という概念につながっていきます。ですので、「最初のウイルスの発見者は誰?」と聞かれると、イワノフスキーかベイエリンクか、少し説明が必要なのですが、少なくとも「人類が初めてその正体に迫ったウイルスがTMVだった」と考えてよいでしょう。
そしてTMVの活躍(?)はこれだけではありません。1935年にはウェンデル・スタンリー(Stanley WM)によって、TMVが初めて「結晶化」され、ウイルスを物質として調べる研究が一気に進みました。その後、TMVが核酸であるRNAとタンパク質からできていること、さらにRNAそのものが感染性を持つことなどが明らかとなり、「遺伝情報とは何なのか」という分子生物学の研究にも大きく貢献しました。
もともとは「タバコの葉っぱがおかしくなる」という農業上の困りごとだったのに、追いかけていったら、まったく新しい病原体である「ウイルス」という世界が開けてしまったわけです。これはたいへん有名なお話です。
「ばか」な苗の病気から植物ホルモンへ
もうひとつは、日本人にはもっとも身近な作物、イネのお話です。わが家でも稲作は行っていましたよ。これも父から聞いた話ですが、イネには「ばか苗病(図3)」という、ちょっとかわいそうな名前の病気があります。突然、イネがひょろひょろと異常に背が高くなってしまう病気なんです。一見すると「よく育ってるやん!」と思ってしまいそうですが、実際には茎が細く、葉の色も薄く弱々しくなり、倒れてしまったり枯れてしまったりします。正常な成長ではなく、いわば「伸びすぎてしまう病気」なんです。
[高知県:水稲 ばか苗病.こうち農業ネット,2024年2月1日,〔https://www.nogyo.tosa.pref.kochi.lg.jp/info/dtl.php?ID=3309〕より引用]
この病気の原因は、現在Fusarium fujikuroiと呼ばれている真菌、つまりカビの仲間です。1898年には堀正太郎が、この病気が糸状菌によって起こることを報告しています。では、どうしてカビに感染すると苗が異常に伸びるのでしょうか。ここに目をつけたのが台湾で研究をしていた黒沢英一です。1926年、黒沢は、ばか苗病菌を培養した液から菌そのものを取り除いても、その液をイネの苗に与えると苗が異常に伸びることを示しました。ということは、カビがその培養液の中に、植物を異常に伸長させる、「何らかの物質」を出していることになります。
この「何らかの物質」の研究を進めた東京帝国大学の薮田貞治郎らは、1930年代にその活性物質を取り出し、ばか苗病菌の当時の学名Gibberella fujikuroiにちなんで「ジベレリン(gibberellin)」と命名しました。その後、ジベレリンは病原菌だけがつくる特殊な物質ではなく、健康な植物自身もつくっていることが分かります。そして、茎の伸長、種子の発芽、開花、果実の成長などを調節する重要な「植物ホルモン」の一種であることが明らかになりました。
「ジベレリン」は高校生物の教科書にも載っていますが、この名前を知らなくても、みなさんおそらくその恩恵にあずかっています。種なしブドウをつくったり、果実を大きくしたりするために、農業ではジベレリン処理が広く利用されているからです。つまり、イネが極端にひょろ長くなって倒れてしまうという病気の研究から、植物の成長を調節するホルモンが見つかり、その後の植物生理学や農業技術の発展につながったわけです。
病原微生物は「科学の先生」でもある?
こうして2つのお話を並べてみると、タバコモザイク病とばか苗病には、ちょっと不思議な共通点があります。タバコモザイク病では、植物を病気にする原因を追究した結果、それまで知られていなかった「ウイルス」という存在が見えてきました。一方、ばか苗病では、病気になった植物が異常に伸びる理由を追究した結果、「ジベレリン」という植物ホルモンの世界が開けました。もちろん農家にとって、作物を病気にするウイルスやカビはありがたい存在ではありません。うちの父も、野菜や稲の病気の話をするときは、当然ながら、敵について話すような口ぶりだったように記憶しています。
でも科学の側から見ると、その「敵」を一生懸命調べたことによって、ウイルス学や分子生物学、植物生理学といった新しい学問が大きく発展したわけです。そう考えると、微生物は実に興味深い存在です。植物の成長を助ける微生物もいれば、病気を起こす微生物もいる。ヒトの腸内細菌なども同じで、健康を支えてくれる場合もあれば、日和見感染の原因となったり、大腸がんの原因として疑われているようなものもいるわけです。植物と微生物の関係も、ヒトと微生物の関係も、「味方」と「敵」の単純な二分法では語れないんだろうと思います。そして、ときにはその「敵」が、私たちに自然界の仕組みを教えてくれる最高の「先生」になることもあるわけですね。
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父といろいろ話していますと、農家の「敵」は植物の病気だけではなく、風水害や塩害、干ばつや虫の被害もあります。枝豆をこさえようとせっかく植えた大豆をすべてハトに食べられてしまって、1つの芽も生えてこなかったなんてこともありました。それを目の当たりにして、私も農家の苦労をいっしょに感じておりました。スズメは種をランダムに「ついばむ」ので少しは残るんですが、ハトは賢いので種をまいた間隔をいちどマスターすると正確にすべて食べ尽くしてしまうんです・・・。
ただ、今になって微生物学を仕事にしてみると、父が相手にしていた畑の微生物と、私が日々の研究や講義で相手にしている微生物は、まあ親戚みたいなものなんじゃないかと思っていまして、父の仕事を継げなかった後悔を、ちょっとだけ「言い訳」しているお盆のある日(執筆時)、なのでした・・・。




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