さて今回は、私の実家、そして現在のなかの家、いえ「とろろ家」に伝承されている、疾患や感染に関する医学的(?)な言い伝えについて検証しようと思います。なかなか「大風呂敷」の企画なのでうまくいくか不安ですが、ぜひお付き合いください。
○:鼻の頭のできものはあぶない
私、つい先週鼻の頭にできものができてしまいました。鼻の頭が赤く腫れてあまりにかっこ悪いので、暑いのですが無理をしてマスクで隠していたんです。そしたらできものがマスクに擦れて潰れてしまい、血が出てきました。マスクに擦れているといつまで経っても血が止まらないし、かといってバンドエイド(一般名は「救急絆創膏」でしたね)を鼻の頭に貼るというのはさらにかっこ悪いので、もう仕方なく鼻の頭の凝血塊をずっと「世界大公開」しておりました。きのう(執筆時:6月下旬)くらいから、やっと目立たなくなってきました。ふう・・・。
このできものは、難読漢字を集めた回でも出てきた「癤」(せつ;フルンケル)です。原因はほとんどが黄色ブドウ球菌で、同菌が毛穴=毛包に侵入することによって起こる「毛包炎」です。今回の私の事例も癤の典型例でして、私の講義「感染症と皮膚病変」のスライドではその経過を・・・
1)圧痛を伴い硬く浸潤を触れる発赤腫脹
2)しだいに中心部が壊死融解し膿瘍化、波動を触れるようになる
3)膿が毛孔を開大して膿栓を形成
4)膿栓が自己融解して膿汁が排泄されると急速に治癒
と示しています。今回もまさにこの経過でした。「自験例」の写真を経時的に撮ればよかったなあ、と反省しております・・・。
実家ではとくに鼻の頭のできものを「めんちょ」と呼んでいました。医学的には「面疔(めんちょう)」と呼ばれ、鼻の頭に限定したものでなく、顔面にできる癤はすべてそう呼ぶみたいです。
今回、実際に面疔ができて鏡を何度も見ていたところ、突然、「鼻の頭のできものはあぶない」という実家の言い伝えを思い出したので、今回改めて調べてみました。顔面の正中部、鼻根部から左右の口角を結んだ三角形のあたり、ある文献では「the nasolabial triangle of the face」と呼んでいます1)(直訳すると「顔面鼻唇三角」?)が、ここの部位の癤や蜂窩織炎は海綿静脈洞血栓症(cavernous sinus thrombosis)の原因になりうる、とのこと。この三角部分の皮膚を還流した血液は上眼・下眼静脈を経由して脳底部にある海綿静脈洞に通じるみたいなのです。また一説によるとこのあたりの静脈には逆流防止のための弁がない?少ない?といわれていて、静脈の血流が停滞したり逆流したりすることもありそうです。そうなると血栓症だけではなく、上行性に感染が波及して脳底の髄膜炎を起こす可能性もなくはなさそう。
ただ、これはあくまでも解剖学的に考えられる「可能性」であって、実際にこのような血栓症、感染症が起こることは非常にまれです。私もそんな患者さんは診たことはありません。今では抗菌薬もありますし、脳底部の画像診断もできますので、過度に心配することはないと思います。ただまあ、鼻の頭、さらにもう少し拡げて鼻の穴の中であったり鼻と口のあいだにできた「できもの」に関しては、むやみに潰したり膿を絞ったりとかはしないほうがよさそうですよ・・・。
○~△:目から風邪がうつる
これは私の父が言っていたんですが、「風邪はのどや鼻からうつるけど、目からもうつるから、外では目を触らず、うちに帰ったら手洗いをしっかりしろ」という教えがわが家にはありました。今考えると、普通風邪のほとんどはウイルスによる上気道感染症で、せきやくしゃみで発生する「飛沫(droplet)」が「経気道感染」して伝播する疾患だと思います。
私、この「目から風邪がうつる」っていう父のコトバ、ずっと忘れていたのですが、「咽頭結膜熱」という病名を聞いたとき、おお、ひょっとしてこれか!? と感じた次第。咽頭結膜熱(pharyngoconjunctival fever: PCF)は、アデノウイルス(おもに3型)で起こる疾患で、かつてプール利用時の接触やタオルの貸し借りなどを介して流行したので「プール熱」とも呼ばれています。実際、好発するのは夏季で、現在ではおもな感染経路は飛沫感染かと思います。のどの痛みと発熱で発症し、いわゆる「扁桃腺」が腫れます。頚部リンパ節が腫れることもあります。そして片側、あるいは両側の結膜炎(白目が赤くなったり「目やに」が出たりする)を併発すると咽頭結膜熱と診断ができます。罹患するのは5歳以下の小児が多いです。
咽頭結膜熱の原因とされるアデノウイルスは、ノロウイルスと同じように「エンベロープ(一部のウイルスに見られる脂質二重層膜)を持たないウイルス」なので、消毒用アルコールの効果は限定的です。そのため、飛沫感染だけでなく、患者の手指を介した直接接触感染、あるいはタオルなどを介した間接接触感染もみられます。そして、鼻咽頭粘膜を介した経気道感染のみならず、眼粘膜が侵入門戸となることもありうるようなのです。
というわけで、父が言っていた「目から風邪がうつることがある」というのは、まんざらウソでもなさそうです。アルコールが効きにくいアデノウイルスは、この咽頭結膜熱だけでなく、症状が結膜炎だけの「流行性角結膜炎(epidemic keratoconjunctivitis: EKC、こちらは8、19、37型がほとんど)」もきたすことがありますが、ともに石けんと流水による手洗いが重要になってきますので、しっかり手を洗え、外では目を触るな、という教えは間違ってなかったんだと思いました。
そうそう、そういえばコロナ禍の最中、診察をするときにマスクだけでなく「フェイスシールド」もしてましたよね。これも考えようによっては、「目から風邪をひく」ことを予防していた、といえなくもないですね。
×:父の鼻は食中毒を予防する
昔は食品に「賞味期限」「消費期限」なんて表記されていませんでした。私が小学生くらいだった時代、まだ食べられるかなあ、という食材が冷蔵庫によくありましたが(これは今も昔も変わりませんね・・・)、そんなとき、うちの母は父を呼んで、ニオイを嗅いでもらってました。父が「よし」といえば大丈夫、「ダメ」といえば食べない、と徹底していたので、父の嗅覚は相当鋭いのだなあ、と思っていました・・・。ところが医学部に入って、さらに教員になって食中毒の授業を担当するようになると、ううん、これは本当に信用できたのかな、と心配になってきました。
端的な例ですと、腸管出血性大腸菌(EHEC)であるO157の発症閾値(発症する最小の菌量)は50個以下といわれています。これ、一種の「人体実験」で明らかになったので信用できます。いえいえ、研究倫理的に問題がある方法ではなく、O157が「均等に練り込まれた」サラミソーセージによる食中毒事件が発生し、それを解析した結果なのです(表)。
1994年、米国ワシントン州King郡で発生したサラミソーセージによる食中毒で、4名の患者がこのサラミを「何切れ」食べたか証言しています。そしてこのサラミ、1グラムあたり0.4個のO157が練り込まれていることが判明したので、食べたサラミの個数から摂食した菌数が分かった、というわけです。4人とも発症していますが、おのおのの推定摂取菌量は19~24個、2~5個、7個、23~45個と、いずれも50個以下で、10個未満でも発症した人が4人中2人だったということです。びっくりするくらい少量の菌数でもO157は発症することが分かります。
さて、この「数個の菌」、父の鼻は「感知」できたんでしょうか・・・。さすがに無理なんじゃないか、と思います。ということで、残念ながらこの「伝承」はバツとさせていただきます。
○:おしっこは前から、うんこは後ろから
さて、今度はうちの父の話ではなく、現在の「とろろ家」のお話しです。うちの娘「なかのかな」ちゃんのトイレトレーニングのとき、ヨメがこう言ってました。「おしっこしたら前から拭きなさい、うんこをしたら後ろから拭きなさい」と。私は女性のトイレ事情は全く分からなかったのでキョトンとしていたのですが、よくよく考えるとそのコトバの意味するところが理解できたんです。
解剖学的に女性の外尿道口と肛門は近くにあるので、便に含まれる大腸菌などが「異所性感染」して尿路感染を起こしやすくなっています。便をしたときに前から拭いてしまうと、便に含まれる大腸菌が外尿道口に触れ、さらに上行してしまうと尿道炎、ぼうこう炎などが発症しやすくなる、ということなんです。それをなるべく防ぐために、尿は前から、便は後ろから拭きなさい、ということなんですね。
うむう、医学的・解剖学的にも理にかなっています。うちのヨメは医療関係者ではないのですが、高校生のときにぼうこう炎に悩まされていて、あまりに再発を繰り返すので大学病院に検査を受けに行ったくらい大変だったんだそうです。自分の娘にはそうさせたくないという親心で、経験的に身につけた知識を伝授しようとしたものだったんだと思います。なるほど、母は強し、ですね。

以上、わが家の「伝承」の検証結果でした。結果的には3勝1敗って感じでした。みなさまのご家庭でもこのような伝承(? 家訓?)があると思いますし、逆に「都市伝説」のように現代になって新たに付け加わった「伝説」もあると思います。真偽のほどは分かりませんが、なんらかの経験則が元になっている可能性はありますので、調べてみてもおもしろいかと思います。
1)Plewa MC, Hall WA: Cavernous Sinus Thrombosis. National Library of Medicine, StatPearls, 2026〔https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK448177/〕(最終確認:2026年6月24日)





