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第37回:とろろ家の「伝承」を科学する!?(続編)

第37回:とろろ家の「伝承」を科学する!?(続編)

2026.09.03中野 隆史(大阪医科薬科大学医学部 教授)

 前回は私の実家、そして現在のなかの家、いえ「とろろ家」に伝承されている「言い伝え」について、科学的に検証いたしました。好評だったかどうかは分からないのですが、まだ少し、話し足りないことがありますので、今回はその「続編」とさせてください。

△~○?:「夜の爪は犬の爪」

 私の実家は大阪市ですが、うちの母は「夜に爪を切ってはいけない」ということを信じておりました。父はとくに何も言いませんでしたけど・・・。母がそれを信じている理由は聞かなかったのですが、私は漠然と、夜は暗いからどうしても深爪になってしまうからかなあ、と思っていました。今回いろいろ調べてみますと、国際日本文化研究センターのサイトに「怪異・妖怪伝承データベース」というのを発見しました1)。そのサイトによりますと、大阪府では「夜に爪を切ると狂人になる」という言い伝えが1915年に記録されているそうで、同様の伝承は宮城県、東京都、兵庫県などにもあるそうです。また山形県や静岡県では「親に死に別れる」と言われているようですね。
 実際、その理由は判然としないようです。夜爪(よづめ)から「世詰め」で、世を詰める、早死にする、という連想か、という説もあるようですが、私は昔の夜は暗くて、どうしても深爪したりケガをしてしまうから、という説を採りたいです。というのも、このコラムは微生物・感染症に関する話題を取り上げるところなので・・・。ちょっとこじつけですが・・・。

 深爪をすると、爪周囲炎になりやすいです。これ、瘭疽(ひょうそ)とも言います(図1)。原因は黄色ブドウ球菌がほとんどです。爪の角っこに膿が溜まり、赤く腫れて痛いです。膿を出すと早く治るということで、私が小学生のときは、自分で名札についてる「安全ピン」の先で瘭疽の真ん中を刺して、膿を絞り出して(排膿)いたんですが、はてさて、本当に正しい治療法だったんでしょうか・・・。

図1 瘭疽(爪周囲炎)
[もりはら皮膚科クリニック:爪囲炎.皮膚疾患,〔https://www.morihara-hihuka.com/sikkan/soien.html〕(最終確認:2026年7月30日)より引用]

  黄色ブドウ球菌の中にはエンテロトキシン(腸管毒)を出すものもあって、瘭疽がある手で食品を触ってしまった場合、食中毒の原因になることもあります。黄色ブドウ球菌食中毒は典型的な「生体外毒素型食中毒」で、食品中で菌が増殖して毒素を産生し、その毒素がもとで食中毒が起こるというパターンです。生菌の摂取は必須ではなく、「毒素」という一種の化学物質の摂取で起こる食中毒なんです。この毒素、熱に強いことで有名で、100℃まで加熱しても不活化されません。そのため、食べる前に加熱しても予防できない食中毒なんです。食材を素手で触る、そのあと常温で放置する、そして温めずに食べる(温めてもいっしょ)、というパターンの食べ物はリスクが高いわけで、ハイキングに持っていくおにぎりなんかはまさに典型的かもしれません。手指に傷のある方は料理をしない方がいいように思います。

 さて、夜の爪は切ってはいけないという伝承を信じていたうちの母ですが、そうはいっても夜に爪を切らないといけないことはありました。そんなときは「夜の爪は犬の爪」という、一種のおまじない? を唱えて、私の爪を切ってくれていました。人間の爪じゃなくて犬の爪だから許してね、ということかと思います。母は大阪府堺市の「釜室(かまむろ)」という集落の出身でしたが、この「おまじない」、他の地方にもありますでしょうか? ぜひ教えていただきたいです。

△~○?:雷が鳴るとおへそを盗られる

 これは多くの地域での伝承かもしれません。とくに父は「地震、雷、火事、オヤジ」ではないですが、雷をたいへん怖がっていて、雷鳴が聞こえると、「よなおれ、よなおれ」と謎の呪文を唱えていました。落ち着いてから何と言ってるのか尋ねますと、「世直れ」、つまり世の中が平穏になるように、というおまじないのようでした。おへそを盗られるから雷は怖いという感じではなく、実際に命の危険を感じているような恐れようでした。何らかの体験があったのかもしれません。あるいは父は祖父からそのおまじないを受け継いでいたのかもしれません。
 雷が鳴ったらおへそを盗られないように隠せという伝承ですが、これは私の想像ですが、おへそを隠す姿勢を取りますと、自然と体をかがめることになり、姿勢を低くすることで雷の直撃を避けられるという、経験的な言い伝えかもしれません。物理学的にはある程度正しいかもしれませんね。ただ微生物・感染症にはあまり関係ないので、やはり父から聞いた、おへそに関するもうひとつの伝承を検証してみましょう。

△~?:へそのゴマは取ってはいけない

 これは父がずっと言っていたことで、父自身が実践していたので、私も守っています。なので私のおへそには今でもゴマがあります。まあ、あまり清潔ではないのかもしれませんが、ゴマを無理して取るとおへそが赤くなって腫れてしまうんです。実際、おへその炎症「臍炎(omphalitis)」というのはあります。なのであまりおへその中は爪とか乾いた綿棒のようなもので強く「ほじくる」のはよくないかと思います。でもおへそのゴマは硬くなると「臍石(omphalolith)」となることがあり、そこまで「成長」させるのもあまりよくないかもしれません。また、臍炎を何度も反復する場合は、おへそのゴマが原因ではなく、胎児期に存在した尿膜管が残ったままになってそこに炎症が起こる「尿膜管遺残症」の可能性もあります。その場合は残存した尿膜管を取り除く必要があります。
 実は父は50代の頃に胃がんの手術を受けまして、当時は開腹術でしたので術前におへそを清潔にしなければならず、看護師さんがオリーブオイル? を使って丁寧におへそのゴマを取ってくれていました。ということでそのあとからはとてもキレイなおへそになってました。私、父のキレイなおへそを見て、この言い伝えをずっと守りつづけるべきか、いや、もうゴマを取ってもいいんじゃないかと、ずっと悩み続けたまま現在に至っております。

○:有機肥料いろいろ

 最後に、ここまで触れてきたようないわゆる伝承からはちょっと外れますが、微生物の力も多大にお借りして営む「農業」にまつわる、父の教えをご紹介します。
 うちの実家は農家でして、父も母も畑仕事をしておりました。私も中学生くらいまでは水やりなんかの手伝いをしていましたよ。いまでも私、「まんの(図2、3)」という、先が「かまぼこ型」になっている小型の「鍬(くわ)」を使って、器用に草刈りができるんです。

図2 父が「まんの」と呼んでいた小型の鍬
私は小さい頃から使いこなしています。草刈りだけでなくちょっとした土掘りなど、まさに「万能」です。
[JA西春日井:農具の紹介.家庭菜園,〔https://www.ja-nishikasugai.com/garden/tool/〕(最終確認:2026年7月30日)より引用]
図3 一般に「まんの」と呼ばれる農具
ネットで「まんの」=「万能鍬」を検索すると主にこちらがヒットします。こちら、父は「びっちゅう(備中)」と呼んでました。地域によって呼び方が変わるようです。出典の「JA西春日井」さんは父の味方で、こちらを「備中鍬」と表記しています。
[JA西春日井:農具の紹介.家庭菜園,〔https://www.ja-nishikasugai.com/garden/tool/〕(最終確認:2026年7月30日)より引用]

とろろ家の主力野菜は?

 実家は大阪市住之江区ですが、今から60年ほど前までは「金時にんじん」の名産地だったようです。父は祖父といっしょに、いまでも存在する「木津卸売市場」まで、にんじんを木船に乗せて十三間堀(じゅうさんげんぼり。運河ですね。今の阪神高速堺線に沿っていました)を通じて売りに行っていたみたいです。なので金時にんじんは別名「木津にんじん」とも呼ばれます。洋にんじんに比べて赤みが強くてとても柔らかく、味に深み、とくに甘みがあります。
 今ではお正月のおせち料理くらいしか見なくなりましたが、当時のわが家のカレーには金時にんじんが入っていて、それはそれはとてもおいしかったです。でもとっても柔らかくてすぐに煮崩れてしまうんです。その後はほうれんそうがメインになり、父が収穫してきたものを家族総出で束にして洗って出荷していました。私は幼稚園児でしたが、取り除いた「あか葉」、一部が枯れた葉っぱを集めて「お肉屋さんごっこ」をするのが好きでした。その後はさつまいもや青じそとかも作っていましたが、長く「青ねぎ(図4)」がわが家の主力でして、父は自ら種を取って品種改良もしていたようでした。父はねぎのことを「超軟弱野菜」と呼んでいましたが、あまり日持ちがしないので都市近郊農家の強みが出るんだ、という持論でしたねえ。父が亡くなったあと、つい最近までその種が残っていたんですが、誰かにゴミと間違って捨てられてしまって、とても残念です。

図4 青ねぎ(大阪ねぎ)
[大阪都市農業情報ポータルサイト:大阪ねぎ.農作物情報,〔https://omoroiyan-ja.osaka/company/agri_products/3781/(最終確認:7月31日)より引用〕

 こちらのサイトでは「大阪ねぎ」と称していますが、南大阪の地名で「難波ねぎ」とも呼ばれます。自分の記憶では父はつい最近まで作っていたように思っていましたが、実は廃れてしまい、最近になって「なにわの伝統野菜」として志の高い農家さんの手で復活されたようです。「鴨なんば」ってねぎと鴨肉が入っているおそばのことなんですが、この「なんば」とはねぎのことです。青ねぎといえば今では京都の「九条ねぎ」のほうがずっと有名ですが、難波ねぎはそのルーツとの説もあります。

いろいろなものが有機肥料として活用された

 その父ですが、土壌改良にもとても熱心だったんです。どうしても化学肥料(父は「化成肥料」って呼んでました)も一部は使わざるを得ないのですが、乾燥した鶏糞(ニワトリの糞)とか、菜種(アブラナの種)から「菜種油」を絞ったかす、「油かす」なんかもいい肥料になったんです。鶏糞は乾燥させてあってもまあそこそこ臭いのですが、油かすは香ばしくってとてもいいニオイがしましたよ。口に入れたいくらいでした。父はそれらに飽き足らず、さらにいろいろ工夫していました。ある日、どこからか古い畳をもらってきて、それに土をかぶせて発酵させてました。冬には湯気が出るほど暖かくなり、ミミズがいっぱい出てきて気持ち悪いのですが、しばらくするとパサパサになって、とてもいい肥料になるみたいでした。
 実はこれ、土壌細菌の働きなんです。ただ一度だけ、大量にウシの糞をもらってきたときには閉口しました。すごい臭いなんです。当時はまだ畑の周りにそんなに住宅はなかったですが、それでも苦情が来てたんじゃないかなあ。牛糞の山に大急ぎで土をかけていましたけど、なかなか臭いは収まりませんでした。でもこういうのも、土壌細菌の働きで分解されて、すごくいい有機肥料になるんです。おそらくこれらは、おもに窒素源になるんだと思います。

花で癒し、役目を終えたら肥料となる「レンゲ」

 近年になって畑の近くも宅地化が進んできました。しかし、都市部の農地は火災になったときに延焼を防ぐ緩衝地になりますし、1993年にニュートラム(大阪市の新交通システム)の車両が住之江公園駅をオーバーランした事故のときは、父の畑ではなかったですが、駅の近くの畑で多数の傷病者の「トリアージ」をしていたようなので(あとで見たらトリアージタッグの切れ端が落ちていたので分かりました)、都会のところどころに残っている農地には貴重な役割があるんだと思います。
 さらに父はそこにレンゲの種を植えようとしていました。同じ畑でずっと作物を作り続けていると、土が疲れてくるので休ませてやらないといけません。いわゆる「休耕」するわけですが、そんな畑でも周辺住民の方々の「目の保養」として楽しんでもらおうというわけで、キレイな花が咲くレンゲの種を植えよう(図5)というわけです。さらにレンゲはマメ科の植物で、根には「根粒(図6)」っていうのがついていて、その中に根粒菌という細菌がいるんです。父はそれもよく知っていました。根粒菌は大気中に80%も含まれている窒素ガスをアンモニアに変えることができます。これ、「窒素固定(図7)」っていって、大気中の窒素ガスを有機物に変えることができる、自然界では数少ないステップなんですね。花が咲いてしまったレンゲは最終的に耕耘機(こううんき)で耕して土に埋めてしまうんですが、これらすべてが肥料になるというわけです。

図5 大阪府高槻市のレンゲ畑
[PR TIMES:高槻市の三島江で東京ドーム2個分のレンゲ畑が見ごろ迎える,2024年4月17日,〔https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000314.000118013.html〕(最終確認:2026年7月31日)より引用]
図6 マメ科の植物の根粒
[京都農販:根粒菌と作物の共生関係.お役立ち農業辞書,〔https://kyonou.com/dictionary/155〕(最終確認:2026年7月31日)より引用]

 

図7 自然界での窒素循環
[中野隆史:微生物と環境,微生物とヒト.NiCE微生物学・感染症学,p.7,南江堂,2020より引用]

 これらはわが家の「伝承」という感じではないですが、農業には微生物も深く関与しているということで、ぜひマルにさせていただきたいです。ただまあ、父からいろいろ話を聞いていると、植物の「病気」ってのはカビであったり細菌であったり、いろんな「微生物」が原因であることも少なくないので、微生物は実際には農家にとって味方にもなるし敵にもなる、というような感じでした。今となって考えてみると、ヒトと微生物との関係も同じような感じだなあ、と思っております。

参考文献
1) 国際日本文化研究センター:怪異・妖怪伝承データベース,〔https://www.nichibun.ac.jp/cgi-bin/YoukaiDB3/simsearch.cgi?ID=0640080_002〕(最終確認:2026年7月31日)

中野 隆史

大阪医科薬科大学医学部 教授

大阪医科大学(現・大阪医科薬科大学)医学部卒業後、同大学院医学研究科博士課程単位取得退学(博士(医学))。大学院時代にHarbor-UCLA Medical Centerに留学。同大学助手時代に国際協力事業団(現・同機構;JICA)フィリピンエイズ対策プロジェクト長期専門家として2年間マニラに滞在。同大学講師・助教授(准教授)を経て2018年4月より現職。医学研究科大学院委員会委員長、病院感染対策室などを兼任。日本感染症学会評議員、日本細菌学会関西支部監事(前支部長)、日本機能水学会理事長、大阪府医師会医学会運営委員なども勤める。主な編著書は『看護学テキストNiCE微生物学・感染症学』(南江堂)など。趣味は遠隔講義の準備(?)、中古カメラの収集など。

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とろろ先生の微生物・感染症のおはなし

微生物学・感染制御学の教員「とろろ先生」が、微生物や感染症について軽妙な語り口で綴ります。実際的なコラムや印象的なエピソード、明日使える豆知識などを通して、微生物や感染症の深い世界を覗いてみませんか。

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