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第13回:質的研究から留学へ

第13回:質的研究から留学へ

2026.03.18谷津 裕子(公立大学法人宮城大学人間・健康学系看護学群 教授)

 こんにちは。前回は、質的研究に関する勉強会JRC-NQRの運営を通して、学友の育ち合いの大切さについてお話ししました。今回は、質的研究を追究するため海外留学を志した体験を振り返ります。

サンデロウスキー先生のもとで学びたい!

 本連載の第11回で、M・サンデロウスキー先生が代表教授を務める「質的研究夏季研究所」のプログラムに参加するため、米国のノースカロライナ州立大学に3回の短期留学をしたことをお話ししました。学べば学ぶほど、質的研究の魅力と奥深さが感じられ、私はサンデロウスキー先生のもとで学びたいという思いが募りました。

 2回目の短期留学の時だったかと思います。私は、その思いをサンデロウスキー先生に伝えることにしました。「先生の指導のもとで、先生が著した『策略と願望』の日本版を著したい。日本の看護とテクノロジーの関係をジェンダーの視点から分析してみたいんです」と。一笑に付されると覚悟していたのですが、先生の答えは意外なものでした。「博士号は持っているのね、ヒロコ」「はい」「だったらいつでも良いわよ。準備ができたら連絡をくださいね」。さらに、先生は目を輝かせて「どうせなら、あなたが得意とするアーティスティックな分析も加えると良いわね。日本の医療や看護を描いた絵や小説、映画や歌などの分析も織り交ぜるのはどう?」とおっしゃいました。思いがけないお返事と提案に、嬉しくて飛び上がりたい気持ちでした。
 


 それからというもの、私は1日も早く先生のもとで学べるようにと、英語の勉強や資金づくりに励みました。一方で、私の本業である大学での仕事も多忙を極めており、傷んだ股関節の治療とリハビリの時期とも重なって、留学可能なコンディションを整えるのに5年の月日を要してしまいました。

 とうとうその時がきました。私は胸を高鳴らせながら、サンデロウスキー先生にメールし、「ようやく留学の準備が整いました。先生のもとで研究をしたいのですが、よろしいですか?」と尋ねました。

 先生からのメールを読み、私はしばらくの間、茫然自失となりました。そこには「ヒロコ、あなたと一緒に研究したかったのですが、残念ながらそれは叶いません。実は、今年はノースカロライナ州立大学での最後の年になるんです」と書かれていたんです。私は、なかなか現実を受け止められません。先生が退職されるのであれば仕方がない。でも、留学に向けて走り続けてきた自分を止めることもできない。そこで私は思い切って、「先生がこの人と思う質的研究者に私を紹介してくれませんか?」とサンデロウスキー先生にお願いすることにしました。

挫折から希望へ

 ほどなくしてサンデロウスキー先生からお返事があり、2名の看護学者を紹介いただきました。どちらの方も、質的研究に関する論文や書籍を数多く著しておられる著名な先生でした。急なご相談にもかかわらず、先生方は熱心で誠実に対応してくださいました。残念ながら、諸事情によりお二人のもとでの留学は叶いませんでしたが、留学生の受け入れにあたっての先生方の真摯な対応は、教育に携わる私にとってとても勉強になりました。

 さぁて、どうしよう。長い間、サンデロウスキー先生の指導を受けつつ研究することを目指してきましたが、その夢というか計画に突如として終止符が打たれてしまいました。あの時に味わった胸の痛みを今も思い出します。すごく辛かったな。でも、程なくして一つのアイデアが浮かびました。いや待てよ・・・サンデロウスキー先生のところに留学できないんだったら、もう看護学にこだわる必要はないのよね・・・そうだ私、前から哲学を課程で学びたいと思ってたんだ!

 こうなれば、居ても立ってもいられません。すぐに専攻を哲学に変更して留学計画を実行に移すことにしました。幸運にも、知人を介してイギリスで日本哲学を研究している大学教授を紹介いただき、留学を前提に渡英する運びとなりました。一時は大きな挫折を味わいましたが、専攻を変えることですぐに挫折は希望へと変わり、前向きな気持ちになれました。

 留学にあたって、17年間勤めた日本赤十字看護大学を、2016年3月をもって退職することになりました。役割を離れることで大学の先生方には色々とご迷惑をおかけしましたが、皆さんが「楽しんで学んでおいで」と温かく背中を押してくださったことに心から感謝しています。 
 

哲学から動物倫理学へ

 2016年5月、私はロンドンの語学学校にいました。同年9月に大学院に入学することを目標に、英語の4技能を高めるためです。ところが、思いがけない試練が待っていました。私を受け入れてくださる予定だった哲学教授が、所属大学を退職し、6月から別の大学に移ることになったのです。「ヒロコ、ごめんね。着任したばかりの大学では指導学生をとることができない。看護学の教授なら紹介できるけど、どうだろう」。大学を移ってすぐに指導学生を受け入れることができないのは、同じ大学教員として理解でき、そのような大変な時期に私のことを心配してくれるのは大変ありがたいことでした。しかし、私が研究したいのは看護学ではなかったので、その教授には謝意をお伝えしつつ看護学教授のご紹介については丁重にお断りしました。

 ツテはもうありません。自分で一から大学院を探すことになりました。語学学校の学生生活アドバイザーに助言をもらいつつ、インターネットで哲学を学べる大学院を調べ始めました。哲学といっても多様な専門領域があるので、どの領域を専攻するのかを決めなければなりません。私は少しだけ迷いましたが、動物倫理学を学ぶことに決めました。その理由は、次の連載でお話しできたらと思います。

 英国内で動物倫理学を学べる大学院を調べたところ、2つの大学院がヒットしました。1つはイングランドにある比較的新しい大学で、もう1つはスコットランドのグラスゴー大学でした。調べると、グラスゴー大学は1451年に創立された英国の国立大学で、医学・獣医学・生命科学では世界的に高く評価されているとのこと。アドバイザーの勧めもあり、私はグラスゴー大学の修士課程にアプライすることにしました。

 入学審査には筆記試験はなく、書類審査のみでした。無事合格し、学生ビザを取得後、2016年10月、グラスゴー大学の門をくぐりました。紆余曲折あり、やっとの思いでたどり着いた大学院。私を受け入れてくれたこの歴史ある大学院で、全身全霊で勉学と研究に取り組もう。期待と不安で、私の胸は大きく高鳴っていました。
 

グラスゴー大学の外観(筆者撮影)

谷津 裕子

公立大学法人宮城大学人間・健康学系看護学群 教授

やつ・ひろこ/日本赤十字看護大学卒業後、大田原赤十字病院(現那須赤十字病院)看護師、日本赤十字看護大学助手を経て、日本赤十字看護大学大学院看護学研究科博士後期課程修了(看護学博士)。同大学および大学院の講師、准教授、教授を経て、2016年3月に退職。同年10月より英国のグラスゴー大学大学院で動物福祉学を学び修士課程修了(科学修士)。帰国後、東京慈恵会医科大学医学部看護学科教授を経て2022年度より現職。著書は『Start Up 質的看護研究 第2版』(学研メディカル秀潤社、2014)、『動物―ひと・環境との倫理的共生』(東京大学出版会、2022)など多数。好きなことはお笑いの動画を見ることとveganカフェ・レストランを巡ること。

企画連載

谷津裕子の ゆっくり研究散歩

多様な研究テーマをもつ筆者。これまで取り組んできた研究テーマには、テーマからテーマへと流れゆくストーリーがあり、その折々に気づきや驚き、ワクワク感を覚えるシーンがありました。本連載では研究テーマに出会う散歩道を、読者の皆さんと共にゆっく~り歩みます。

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