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第12回:学友の育ち合いを支える環境とは

第12回:学友の育ち合いを支える環境とは

2025.12.18谷津 裕子(公立大学法人宮城大学人間・健康学系看護学群 教授)

 こんにちは。前回は、ジェンダー論への関心が質的研究方法論に対する興味につながり、M・サンデロウスキー先生の主催する質的研究の夏期講習会に参加したお話でした。今回は、質的研究の勉強会の運営を通して、学ぶこと・教えることの意味を改めて知った体験を振り返ります。

NQRからJRC-NQRへ

 本連載の第9回は、質的研究の質評価についてお話ししました。そのお話の中で、大学院時代の同級生だった北 素子先生(現・東京慈恵会医科大学医学部看護学科教授)と私が、2005年頃、質的研究に関する勉強会NQR(Nursing Qualitative Research)を立ち上げ、質的研究のサブストラクション手法を開発したことをお伝えしました。その成果は、2009年に出版された拙著『質的研究の実践と評価のためのサブストラクション』1)に紹介されています。

 北先生と共にNQRを始めて2年ほど経った2007年の秋のことです。当時、日本赤十字看護大学大学院の修士課程に在籍していた学生さんが私の研究室を訪れ、「今度、サブストラクションについて同級生と勉強会をするので、先生にも来てほしい」と私を誘いました。「ぜひ!せっかくなので北さんと谷津とで伺いましょう」とその場で決まり、程なくしてその勉強会が開かれました。

 会では、質的研究のサブストラクションを出発点とし、研究や教育、大学院の存在意味などに論点がどんどん広がりました。勉強会に参加した学生からは、「知識を得ることで終わらせず、自分の頭で考えるって楽しいですね」「物事を鵜呑みにせず、批判的に考えることが本当に大切だってことがわかりました!」といった声が。学ぶことへの意欲にあふれた、知的興奮みなぎる場でした。その熱気たるや、本当にすごかった!

 その後も学生たちとの間に交流が続き、質的研究に関心がある教員たちも加わって、2008年の春、誰が言い出すともなく定期的な勉強会が始まりました。日本赤十字看護大学で行われる質的研究の勉強会なので、名前はJapanese Red Cross - Nursing Qualitative Research、略してJRC-NQRと名付けられました。こうしてNQRを母体としてJRC-NQRが誕生しました。

JRC-NQRの活動

 JRC-NQRは、ほぼ毎月、第3週の金曜日18時半〜20時半に開催されました。1回ごとの参加者数は5〜55名と様々で、内訳は大学院生4割、修了生3割、学内教員1割、その他2割といったところでした。勉強会の終了後は、大学付近の飲食店で“アフターの会”(いわゆる飲み会です 笑)が開催され、喉の渇きと空腹を満たします。気持ちが解放され、メンバー同士の親睦が深まるのか、アフターの会では議論が一層白熱するんです!これがなんとも楽しみでした。この会は、2012年ころが活動のピークでしたが、その後も細々と、私が日本赤十字看護大学に勤務していた2015年度までは定期的に開催されていました。

 JRC-NQRで話し合われたテーマは、質的研究に関する内容という点では共通していましたが、話したい人が話す“手上げ方式”だったので、毎回かなりバラバラでした。それでもあえて大別すると、「質的研究の支柱となる学問や認識論に関すること」「質的研究の方法論と方法に関すること」「質的研究の質の評価に関すること」「質的研究論文の作成と発表に関すること」「質的研究の成果や質的研究関連図書の紹介」の5つに集約されます。詳しい内容は、雑誌『看護研究』45巻3号に「特集:質的研究を学び合う—JRC-NQRの実践」として紹介されていますので、よろしかったらご覧ください。

JRC-NQRの存在意味

 JRC-NQRは質的研究の勉強会でしたから、一般的な勉強会と同様に、そこで発表した内容が研究業績になることも、議論した内容が研究の一部になることも、基本的にはありません。なのに、JRC-NQRが学生や教員を惹きつけ、約8年間も存続したのはなぜでしょう? 

 その理由の1つに、JRC-NQRが、質的研究に困惑し行き詰まった人々の“蘇生”の場として機能していた点が挙げられると考えています。「研究参加者の数は5名では少ないと言われた。何人以上ならいいのか?」「コード名が長すぎると言われた。何文字までなら許されるのか?」「カテゴリー化を3段階以上行ってはいけないと言われた。2段階までで終了させるにはどうしたら良いか?」など、JRC-NQRに参加した大学院生から、毎回いろいろな疑問、なかには耳を疑うような問いが寄せられました。「誰に言われたんですか?」と尋ねると、驚いたことにほとんど全員が指導教員や論文審査委員の教員と答えました。

 教員に何が起きていたんでしょうね? 日本では2000年以降、質的研究方法を用いた看護研究の論文数が加速度的に増えていきました。その背景には、博士論文研究を質的なアプローチで行って博士号を取得した人が増加したことや、質的研究を紹介する日本語の書籍が数多く出版されるようになったことがあるでしょう。

 その結果として、質的研究の認知度が高まり、質的研究に取り組みやすい環境が整ってきました。これは望ましい変化といえますが、その一方で、質的研究に関する根拠の乏しいhow-toが看護界を席巻し、何が正しい知識か、判断根拠があやふやになる事態がもたらされました。それと同時に、論文や書籍に書かれていることに対して「なぜそうなのか?」と自問し、「本当に信じて良いのか?」と批判的に思考する力をも、質的研究者から奪ってしまったように思います。先に挙げた参加者たちの困惑ぶりが、その一端を示しているでしょう。

 JRC-NQRに参加することで、「言われたことの正当性はどこにあるのか?」と批判的に思考してよいことや、その批判的思考の根拠となる手がかりが存在することを知る喜びを、言葉や表情で表す人々を数多く見てきました。「確かに、先生の言うことはどこかおかしいなって思っていました」「何度そう言われても納得がいかなかったんですよ」と、困惑できた自分の感覚がまんざら捨てたものではないことに気づき、少しずつ息を吹き返していきます。

 JRC-NQRが開催されていた時代から10年以上が経っているので、今はだいぶ状況が異なるかもしれませんが、この体験を通して私は、知的好奇心を持つ学生や教員と共に学び合う場の大切さを知りました。日本では1990年代以降、看護系の大学や大学院が急増し、教員は以前より多くの学生に指導的立場で関わることになりました。その結果として、学生に向き合う時間は授業やゼミの場に限られ、教員と学生という垂直関係で接することが多くなりました。しかし、教員という立場に就いた人は、その瞬間から学ぶ人からもっぱら教える人へと変化するわけではありません。教員とは、自ら学び続け、学生に学び方や学ぶ姿勢を教える人、つまりの手本という意味でのではないでしょうか。

 教員と学生は、学問上の友人という意味で学友であるといえます。「様々な知的関心を持つ同僚や学生が仕掛けてくる挑戦や、思いがけない闘いをじかに経験する」2)ことに喜びを見出せる、学友の育ち合いを支える場であったJRC-NQRのような教育的環境を作っていくことが、看護学の知的基盤を強化する1つの具体策だと考えています3)


引用文献
1)北素子,谷津裕子:質的研究の実践と評価のためのサブストラクション,医学書院,2009
2)R.J.バーンスタイン 著(1983)/丸山高司,木岡信夫,品川哲彦,水谷雅彦訳:科学・解釈学・実践I―客観主義と相対主義を超えて,岩波書店,1990
3)谷津裕子:質的研究の学び舎JRC-NQR.看護研究 45(3):213-220,2012

谷津 裕子

公立大学法人宮城大学人間・健康学系看護学群 教授

やつ・ひろこ/日本赤十字看護大学卒業後、大田原赤十字病院(現那須赤十字病院)看護師、日本赤十字看護大学助手を経て、日本赤十字看護大学大学院看護学研究科博士後期課程修了(看護学博士)。同大学および大学院の講師、准教授、教授を経て、2016年3月に退職。同年10月より英国のグラスゴー大学大学院で動物福祉学を学び修士課程修了(科学修士)。帰国後、東京慈恵会医科大学医学部看護学科教授を経て2022年度より現職。著書は『Start Up 質的看護研究 第2版』(学研メディカル秀潤社、2014)、『動物―ひと・環境との倫理的共生』(東京大学出版会、2022)など多数。好きなことはお笑いの動画を見ることとveganカフェ・レストランを巡ること。

企画連載

谷津裕子の ゆっくり研究散歩

多様な研究テーマをもつ筆者。これまで取り組んできた研究テーマには、テーマからテーマへと流れゆくストーリーがあり、その折々に気づきや驚き、ワクワク感を覚えるシーンがありました。本連載では研究テーマに出会う散歩道を、読者の皆さんと共にゆっく~り歩みます。

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