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第19回:研究者は成功したオタクなのか? ~リチャード3世を探して

第19回:研究者は成功したオタクなのか? ~リチャード3世を探して

2023.10.20酒井 郁子(千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター センター長・教授)

 芸術の秋ですね。美術館や博物館に行って心の洗濯もいいですし、小説を読んだり、映画を観たりするのも心の栄養になりますね。みなさま心のチャージしていますか? カピバラは最近映画を3本くらい見ました。予告編からなんかわくわくしてポップコーンのペースも上がり、本編が始まる前に半分くらい食べちゃったりとか。というわけで、今回は映画を見た後、語り合いたい! と思ったことを書いてみます。

レスターと IPE とカピバラ

 カピバラは、映画『ロスト・キング―500年越しの運命』の制作発表の時から、絶対にこれを見る! と心に決めていました。舞台は英国レスター。この連載の中で幾度か触れていますが、レスターにあるレスター大学、そこで行われている IPE の担当者たちは、千葉大学亥鼻IPEのその始まりから今日まで、常にカピバラたちを導いてくれたロールモデルでもあります。2005年に初めて訪問してからの18年にわたる交流の過程で、本作の基となったリチャード3世の遺骨発見という実際の出来事を、まさにカピバラもリアルタイムで体験したのでした。
 加えて、レスター大学の皆さんはサッカー好き。レスター・シティFCのホームスタジアムは2011年にタイの財閥に買収されて、キングパワースタジアムに改名したんですけど、その次の年の2012年にリチャード3世の遺骨がスタジアム近くの市庁舎の駐車場で見つかり、2015年3月26日にレスター大聖堂に王としての礼をもって再埋葬されました。この時を境にレスター・シティFCの快進撃が始まりました。サッカー日本代表の岡崎慎司選手がレスターに在籍していた時のことです。3月26日まではリーグのビリ争いしていたのが、それ以降、破竹の7連勝で、翌2015 - 2016年シーズンではリーグ優勝を果たしたのでした。これらの一連の出来事はリチャード3世の呪いっていうか、祝福だという都市伝説がまことしやかにささやかれたのでした。カピバラもレスターでこの都市伝説を聞きました。岡崎選手に会えるかなと思いながらスタジアムを何回か訪れたこともありましたっけ。会えなかったけど。

映画『ロスト・キング―500年越しの運命』

注意 ちょいちょいネタバレしています

 さて、映画『ロスト・キング』では、フィリッパ・ラングレーさんがリチャード3世の伝記(ポール・マレー・ケンドール著)を読み、それまで言い伝えられていたシェイクスピアの描いたものとは全く違う人物像を知り、がーんと天啓を受け(推しの沼にはまる時ってそういうもの)、リチャード三世協会(Richard Ⅲ Society、ファンクラブですね)に入会。探求に次ぐ探求(推し活)の結果、レスター大学を中心とする学際的チームと協働し、2012年9月に遺体の埋葬場所を発見するまでと、その後の数年の出来事が事実に基づいて描かれています。遺骨発見に大きく貢献した歴史家のジョン・アッシュダウン・ヒル博士によって探し出された、リチャード3世の血縁者であるカナダ人のミトコンドリアDNAに基づいた鑑定をレスター大学が行い、2013年2月、遺骨をリチャード3世のものと断定しました。小ネタとしては、このあと、俳優のベネデイクト・カンバーバッチさんがDNA鑑定でリチャード3世の血縁者と判明した1)ということも注目を集めました。

身につまされる今どきの世界の大学事情

 フィリッパ・ラングレーさんは心の中にいるリチャード3世と対話し、リチャード3世のリハビリテーション(名誉の回復)をすべく、レスター大学の考古学調査センターチームに働きかけ、共に調査を行います。しかし、考古学調査センターは大学の不採算部門で、財政的に厳しい状態にあり、一度閉鎖されてしまいます(身に染みる話だ)。外部資金を得られず研究を継続できないとなった時に、フィリッパさんはクラウドファンディングをスタートさせ何とか資金を調達(他人事とは思えない)。そんな時、大学の広報担当者は、リチャード3世ってそもそも悪者だし、地味だし、そんなこと調査しても大学のレピュテーション*1 に貢献しないと冷たくあしらうのです(いや、ほんと、○○学は本学に貢献できるのかとか、世界に羽ばたき評判をあげられるのかとか言われてたんだろうなあ。。)。レピュテーションに翻弄される大学の研究者、これは世界の大学が直面している一つの社会課題ではないか、とカピバラは映画館の中で思ったのでござった。

*1 レピュテーションとは主に大学に対する学外者の主観的なイメージの集積、すなわち評判のことです。読者の皆様のところにも時々調査が回ってきているはず。

 ところがフィリッパ・ラングレーさんがクラウドファンディングで調達した資金により調査が継続され、めでたくリチャード3世の遺骨が発見されると、広報担当者は、この業績をレスター大学から発信し大学をアピールしようと考えます。そこで、大学とリチャード3世のロゴの入ったショットグラスとか、絵葉書とかのいわゆる大学グッズをつくって、配ったり売ったりしようとする。これはデジャブ? どこかで見たこの光景、△△大学印のはちみつとかコーヒーとか日本酒とか、日本の大学もいろいろがんばってますよね。しかしこのようなグッズが大学の経営に貢献するのか? という根本的な疑問がわいてきます。っていうか、映画を観る前から、これって大学の本来的な仕事なのか? クラウドファンディングをしなくてはならない状況に研究施設が追い込まれる*2 のはなぜなのか? 大学キャラクターグッズの開発にかけるお金を研究費や人件費に回してほしいわ、などと本音では思っていたのだけど、そんなブラック・カピバラが映画鑑賞中に顔を出し、映画のストーリーが進むにつれて生じる、これらの一連の出来事に首の筋肉がつるくらい深く深くうなずいてました。うちの大学だけじゃなかったっていうか、日本の大学は欧米の大学経営をモデルとして大学ビジネスを行っているのであるなということを、ここで再認識したのでした。

*2 日本科学博物館が「地球の宝を守れ」と標本・資料の収集・保管の資金の危機を訴えクラウドファンディングを行ったことは記憶に新しいのでは?(参考:https://readyfor.jp/projects/kahaku2023cf)。

 だけど、この映画から重要な教訓を得ました。大学の「売り物」は「人材」と「業績」、この二つです。これらがあって初めて、レピュテーションも上がるし、キャラクターグッズも売れるんです。レスター大学はリチャード3世の発掘調査からDNA鑑定までいろいろとごたごたはあったのかもしれませんが、研究は支援しました。人材と業績(を上げるための研究活動)に資源投入することをスキップしては、グッズもつくれませんよね。レスター大学は研究業績を活用してリチャード3世をキャラ化し物品販売に至るのですけど、これらはたぶんリチャード3世推しの人たちにとっては推し活グッズとなったことでしょう。

研究に必要なものは直観か、行動か、マネジメントか

 フィリッパ・ラングレーさんは、アマチュア・リチャード3世・スペシャリストです。言い換えると専門的な訓練や資格をもたずにある活動や分野に関心をもち、それに取り組むリチャード3世オタクです。リチャード3世を応援しその復権を願うというモチベーションがフィリッパさんのやみくもな(とあえて言わせていただきます)いわゆる推し活をドライブしました。フィリッパさんはこの推し活を通して人生を再構築し、意味深い瞬間を生きることにつながりました。その結果としてリチャード3世の遺骨発見に多大な貢献をしました。推し活というのは、理屈や計算抜きの推しへの愛の表現です。推しの活動は、「会う(聖地巡礼含む)」「触れる(グッズの収集)」「広める(他人に推しの魅力を語る)」「交流する(同好の志と語り合う)」などがあります。推し活の中でも最も崇高な活動は、「推しが存在していることに感謝し、推しのことを思い続ける」というアガペーなのかなと思います。つまり推し活は公共の研究費で行うことではなく、身銭を切って行うことでもあるんです。ですからカピバラは、推し活が日本の経済を回していると思っています。

 遺骨発見からその後のDNA鑑定によってリチャード3世のものだと検証し断定するプロセスでは、フィリッパさんはその調査研究活動を見守る立場となっていきます。なぜかというと、フィリッパさんはたしかに直観的に「ここに遺骨が埋まっている!」と考古学調査チームに伝えました。一方そこから実際に大学がチームをつくり、場所を精密に推測測定し、発掘し、遺骨が発見されるプロセスは探索的研究の過程であり、発見された後、リチャード3世かどうかを確かめるプロセスはDNA鑑定という研究技術を用いた検証研究です。直観から探索、そして検証と、精密さ厳密さの度合いは高まっていき、トレーニングされた研究者が有する専門的な知識と研究手法そして精度の高い考察がどうしても不可欠になっていきます。ここに研究者の研究を計画し、実施し、考察し、公表する研究実践能力が必要になってくるのです。直観と情熱だけでは研究に不可欠な厳密性、公平性、公共性は確保できません。
 研究活動は公共的なものです。公共的なものですから研究の過程は公明正大である必要があり、何か圧力がかかって研究結果にバイアスがかかるなどのことがあってはならないから、研究者は研究倫理を内在化させ、今の時点での「真実」らしき事柄に接近していくのだと言えます。研究で得られた結果(知見)は人類の財産となります。言い換えると、人類の公共財を創出するために研究者は研究実践能力を研鑽するのだと思います。
 そして、この研究実践能力は、研究計画を地道に実行し続ける進捗管理、研究の継続性を確保するための資源(研究費ともいえる)の獲得、研究を発展させていくための次世代研究者育成などの研究マネジメント能力も含むと言うことができます。現代の研究は、ニュートンの万有引力の発見みたいに、一人の研究者が大きな発見をするというようなことは基本的にほぼありません。それはおとぎ話といいますか、古の神話と言いますか、ファンタジーです。現代は大きな発見ほど学際的なチームで大型資金を獲得しなければできなくなっていますし、大きな研究ほどそれまでの多大な研究成果の上に積み上げて、1ミリ2ミリとにじり寄っていくような地道な活動の上に成り立っています。何千人何万人もの研究者の地味な研究活動の上に大型研究は成り立っているのです。

アマチュアとプロの境目はグラデーション

 アマチュアとプロの境目はあいまいです。どちらの立場でも研究的活動はできます。またアマチュアとプロに階層性はありませんし、2者択一ということでもありません。成功したオタクでありプロの研究者であることは可能です。成功したオタクでありプロの研究者でもあるということは、推し活の情熱はそのままにトレーニングにより研究スキルを獲得した結果、推しへの接近遭遇がかない、その接近遭遇により公共的な知見を創出していくということかと思います。例として、『バッタを倒しにアフリカへ』2)の著者の前野ウルド浩太郎氏があげられます。幼少のみぎりより昆虫に魅入られとくにバッタへのアガペー炸裂、バッタにかじられて死にたいとまで思っていた青年がアフリカのサバクトビバッタを研究対象とし、防除技術を開発するというこの物語には、推しが研究対象になっていく、そのことで社会貢献まで実現するようになる研究者のある意味幸せな生態が記されています。
 大学に所属していてもプロの研究者であるとは言えないこともありますし、実臨床で実践しているからアマチュア研究家だと言い切ることもできません。はっきり言えば所属はどっちだっていいかもしれない。とくに看護学は実践を伴う学問なので、実践者が研究的に看護実践を探索し検証することが、研究者の研究課題に直結し、研究成果が教育内容に反映するというサイクルが回りやすい学問領域です。成功したオタクという選ばれし勇者となることを実現しやすい学問領域なのかなと思います。誰もがなれるわけではないし、みんながなりたいと思っているか? というとそうではないと思いますけど。

研究に向き合う

 研究活動は時に孤独で、正解の見えない地味な作業の繰り返しで、とってもお金がかかり、業績になるのかすら確約されない、将来の不安だってわいてくる活動です。このような活動をなぜやるのかと言われたら、研究をやっているみなさんはどう答えるでしょう。「やれと言われたから」「当番だから」「仕事だから」「やるのが当たり前だと思っているから」「業績を上げないと次のポストへの移行が厳しいから」「自分のこだわりを言語化したいから」「この研究は患者さんのQOLに貢献するから」。いろんな活動継続の動機があると思います。その動機をもっと掘り下げると、自分でも気づかなかった研究動機が見えるかもしれませんね。その研究動機は、「もっと知りたい」「この先がどうなっているのか確かめたい」という人類の前頭葉機能に由来した知的好奇心であるかもしれません。カピバラもちょっと考えてみようと思います。それはイマイチな研究者として過ごしてきたカピバラのキャリアの棚卸しになるかもしれません。初心に帰ることになるかもしれません。

 改めて、わたしたちはなぜ研究をするのだろう?

 
引用文献
1)石浦章一:王家の遺伝子;DNAが解き明かした世界史の謎,p.41,講談社,2019
2)前野ウルド浩太郎:バッタを倒しにアフリカへ,光文社,2017
参考文献
1)三和綜合印刷ホームページ:推し活ブーム だから知っておきたい 推し事、オタ活 との違い ~おすすめグッズも〔https://www.sanwasp.com/blog_230726/〕(最終確認:2023年10月19日)
 

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酒井 郁子

千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター センター長・教授

さかい・いくこ/千葉大学看護学部卒業後、千葉県千葉リハビリテーションセンター看護師、千葉県立衛生短期大学助手を経て、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(保健学博士)。川崎市立看護短期大学助教授から、2000年に千葉大学大学院看護学研究科助教授、2007年同独立専攻看護システム管理学教授、2015年専門職連携教育研究センター センター長、2021年より高度実践看護学・特定看護学プログラムの担当となる。日本看護系学会協議会理事、看保連理事、日本保健医療福祉連携教育学会副理事長などを兼務。著書は『看護学テキストNiCEリハビリテーション看護』[編集]など多数。趣味は、読書、韓流、ジェフ千葉の応援、料理。

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