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後編:VRせん妄教育のエビデンスー内面的理解からの共感と看護実践を変える力

後編:VRせん妄教育のエビデンスー内面的理解からの共感と看護実践を変える力

2026.04.30松浦 純平(周南公立大学人間健康科学部看護学科成人看護学急性期領域 教授)

求められるVR教材のエビデンス

 前編で述べたとおり、私は臨床看護師時代に経験した身体拘束への後悔と「身体拘束ゼロ」に向けた思いから、術後せん妄を一人称で体験できる「VR術後せん妄システム」(以下、VRせん妄教材)を大阪電気通信大学大学院と共同で、世界で初めて開発しました。
 しかし、教育現場に導入するには、感覚的な共感や直観だけでは不十分であり、客観的なエビデンスが不可欠であると考えました。その理由として、従来のVR教材は開発のみに留まり、実際にエビデンスに基づき検証されたVR教材が少ないという課題がありました。私は構想・開発の段階からこのことを常に意識して取り組んできました。看護学が発展した経緯を振り返ると、科学的根拠に基づいた看護があったからです。今後のVR看護学分野の発展を考えた上でもEBN(Evidence-Based Nursing)は必要不可欠だと考えています。
 後編となる今回は、私たちが開発したVR せん妄教材の開発に関する評価研究および、開発後の研修会での評価を通して得られた知見を紹介します。

VR せん妄教材の評価研究

1)システム構築と生理・心理反応測定

 VRせん妄教材のシステムは、私が大阪電気通信大学大学院総合情報学研究科の博士課程在籍中に同大学院の登尾啓史教授・國居貴浩博士と共同で構築したものです。看護学と電気工学・医工学の融合研究の観点から、HMD(ヘッドマウントディスプレイ)を用いた術後せん妄の疑似体験を目指しました。
 このVRせん妄教材の評価研究として、看護学生18名を対象にした研究1)、臨床看護師13名を対象にした研究2)に取り組みました。看護学生、看護師を対象にしたそれぞれの研究において、術後せん妄の擬似体験中にみられる生理的および心理的変化を詳細に分析し、その変動を定量化して検証したところ、有意な効果があることが示されました。

 いずれの研究でも、前編で紹介した12分間のICUベッドに横になっている患者の視点のVR映像を用いました。映像は「変化なし」「天井に無数の虫が出現する」「天井が迫ってくる」「ベッドの足元に人が立っている」「3パターンの兵士が襲ってくる」「変化なし」の幻覚が2分ごとに切り替わります。視聴中の対象者のストレス状態を、自律神経の交感神経・副交感神経を計測・分析して調べたところ、看護系大学生は「天井に無数の虫が出現する」幻覚時に最大のストレスを感じていました。有意差は「天井が迫ってくる」幻覚と2回目の「変化なし」間でみられました(図3)。一方、看護師は2回目の「変化なし」の時に最大のストレスを感じていた結果となりました。有意差は「天井に無数の虫が出現する」幻覚時と「ベッドの足元に人が立っている」幻覚の間でみられました(図3)。この自律神経を計測・分析したデータの結果から、対象者は生理的反応による「せん妄擬似体験の共有」ができていると考えられます。

図3 交感神経・副交感神経の計測に基づくストレス状態の推移
*図内の「ゴキブリ」「天井落下」「防護服」「兵士」はそれぞれ、本文中の「天井に無数の虫が出現する」「天井が迫ってくる」「ベッドの足元に人が立っている」「3パターンの兵士が襲ってくる」を指す。
[文献1,2をもとに筆者作成]

 

 また、映像の視聴前後で対象者の気分の変化について、気分評価検査(POMSⅡ)を用いて心理面を調査したところ、VRせん妄擬似体験の前後の結果から気分の落ち込みがみられました(図4)。このことから、生理的な面だけではなくて、心理面からもせん妄患者の内面に没入していることが示唆されました。この生理面と心理面のデータの結果は、今回作成したせん妄VR教材が単なる視覚刺激を与えるだけでなく、せん妄患者自身が感じている身体的・精神的苦痛の両側面に基づき没入しているという客観的な指標になります。

図4 気分評価検査(POMSⅡ)の結果
[文献1,2をもとに筆者作成]

 

2)教育的受容と効果

 教育効果としては、VRせん妄教材の教育場面への導入の可能性と受容性を定性的に検討評価し、効果があったことを2023年に報告しています3,4)。これらの研究報告はまだ大規模介入研究ではありませんが、看護教育における倫理・安全性に配慮した運用枠組みを構築する出発点として非常に重要だと考えます。

関連研究から得られるVR×せん妄の知見

1)VR教材によるせん妄患者への共感の変化に着目した研究

 VRとせん妄に関する研究は、近年国内外で増えています。
 ドイツのTanja Güntherらの研究では、臨床看護師を対象に、VRせん妄アプリ(せん妄患者視点+看護師視点)の使用が、従来の講義形式トレーニングよりも共感とせん妄関連知識をより強く改善することが報告されています5)
 具体的には、VR トレーニング後の共感尺度において大幅な上昇が確認されました。これはVRによる一人称視点体験が、教育において強力な共感育成手段になり得ることを示唆しています。

2)他の専門職の視点も体験できるVR/ARを用いた研究

 国内では高齢者看護領域において、認知症高齢者におけるせん妄予防のために VR / AR を用いたDX教育プログラムが開発され、看護師や医師に提供された報告が2024年にあります6) 。本プログラムでは、VR/ARを用いて、せん妄を発症した認知症高齢者や、それぞれの専門職の視点を体験できるようになっています。
 この研究では、プログラム実施後のせん妄ケアへの自信について、持続効果の強さは看護師で有意に向上し、3カ月後でも持続していたという結果が示されており、教育の持続効果も期待できることがわかりました。同プログラムについて職種別のアンケート調査を行ったところ、看護師は「パーソン・センタード・ケア」の認識が改善し、チームアプローチによる役割の明確化意識も高まったという報告がなされています7)。この結果は、VR/AR 教育が多職種協働に関する認識形成に影響を及ぼす可能性を示唆しています。

教員・専門職が VR 教材を導入する際のポイントと留意点

1) 「共感の学び」をカリキュラムにどう組み込むか

 先述のドイツの先行研究によると、一人称視点体験ができるVR は共感を学ぶうえで非常に有効です5)
 看護大学・専門学校の教員として重要なのは、この「共感の学び」をカリキュラム設計にどう組み込むかです。VRを活用した共感の学びを目的とした学習は、基礎教育の段階からシミュレーション演習や実習前学習につながる形でカリキュラムに組み込むことが重要です。VR体験後の振り返りを通して患者理解から臨床判断へ結び付けることが、学習成果につながると考えます。

2) 安全性と倫理設計

 VR 教育を導入する際には、VR酔い、心理的負荷、トラウマ誘発リスクなどへの配慮が必要です。私のVRせん妄教材でも、体験前のオリエンテーションや体験後のデブリーフィングを設けることで負荷軽減を図っています3)。VR教育の導入にあたっては,VR酔いや心理的負荷への配慮が重要です。本教材では、体験前にVR体験目的の説明と体調の確認を行います。VR体験中はいつでも途中で中断可能であること、体験後にはデブリーフィングを実施することで負荷軽減と学習統合を図っています。
 なお、先述のVR/AR 教育プログラムを看護・医師に提供した高齢者せん妄ケア研究 6)でも同様の安全管理が講じられ、教育介入としての倫理的・制度的枠組みの整備が不可欠であることが示唆されています。現在、VR倫理ガイドラインは策定されていません。既存の研究倫理に準じた運用がされています。そのため教育実践では、VR体験前の説明と同意、体調の確認、体験中の途中中断が可能な環境整備、体験後の振り返りの共有を設定することが重要だと考えます。

3) 教育者自身のリテラシー強化

 VR 教材を効果的に使用するためには、教員自身がVRに関する技術を理解し、運用に慣れることが重要だと考えます。技術的な理解 (HMDの使い方、没入・酔いのメカニズムなど) が不十分な場合、教育の質が落ちる可能性があります。実際、HMD の実装研究1)では技術的なチューニング (映像設計、ユーザーインターフェース) が没入感と安全性の両立に重要であることが示されています。

今後の展望:せん妄ケア教育における VR の持続的展開

1)多職種連携・組織の意識変容への応用

 私は現在、全国各地でVRせん妄研修会(図5)を行っています。この研修会には、看護師以外にも医師、薬剤師、理学・作業療法士、栄養士など多職種の方々も数多く参加して好評を得ています。先行研究6)で、看護師だけでなく医師も VR/AR プログラムに参加し、多職種連携やチームアプローチの意識改革が示されたように、将来的にVRせん妄教材による教育も、リーダーナース、管理者、教育担当者を巻き込んだ組織全体の意識変容プログラムの中に位置づけられてほしいと思います。

図5 VRせん妄研修会の様子

2)せん妄ケアのスペシャリスト育成への活用

 せん妄は急性期医療において看過されやすく、患者の尊厳や回復過程に大きく影響するにもかかわらず、専門的教育の体系化が十分ではありません。前編でも述べたように、私は、VRによる一人称視点のせん妄擬似体験を教育の中心に据えることで、看護職が患者の内的世界を深く理解し、共感的かつ根拠に基づいたケアを提供できるようにしたいと思っています。
 このVRせん妄教材は、新人看護師への必修研修としての導入も十分効果があると思います。しかし、それだけでなく、私は今後、VRを活用した先進的な教育手法を基盤として、「認定せん妄ケア専門士」(商標登録申請中)という新たな資格制度を創設し、せん妄ケアのスペシャリスト育成、そして身体拘束ゼロの実現に取り組みたいと考えています。
 今回開発したVRせん妄教材が、患者の尊厳を守り、身体拘束ゼロを実現する未来の看護を支える重要な一歩になると確信しています。

【引用文献】
1)松浦純平,國居貴浩,寺西紘輝,ほか:VR・HMDによる看護学生教育用術後せん妄体感システムの構築.電気学会論文誌C,142(5):536-542,2022
2)Jumpei Matsuura, Yoshitatsu Mori, Takahiro Kunii,?et al.:Clinical nurses before and after simulated postoperative delirium using a VR device Characteristics of Postoperative Delirium Imagery. Eighth International Congress on Information and Communication Technology,2023
3)松浦純平:VR術後せん妄体感システムの構築・評価,LIFE講演概要集,2023
4)松浦純平:術後せん妄を仮想現実で擬似体感できるシステムの設計・構築とその評価.大阪電気通信大学大学院博士論文,2023
5)Tanja Günther,Florian Schimböck,Martina Groschet,et al.:Virtual reality for delirium: immersive training courses promote empathy and expertise in delirium management among registered nurses. Intensive Critical Care Nursing, 91, 2025
6)鈴木みずえ,伊藤友孝,金盛琢也,ほか:認知症高齢者のせん妄予防のためのDX教育プログラム:VR・AR を用いたプログラム開発と看護師・医師による主観的効果.日本老年医学会雑誌 61巻3号 p.312-321,2024
7)鈴木みずえ,伊藤友孝,稲垣圭吾,ほか:せん妄を発症した認知症高齢者のパーソン・センタード・ケアを基盤としたDigital Transformation(DX)教育プログラム:看護師と医師のアンケートの比較. 日本老年医学会雑誌,62(1):59-69,2025

松浦 純平

周南公立大学人間健康科学部看護学科成人看護学急性期領域 教授

まつうら・じゅんぺい/大阪電気通信大学大学大学院総合情報学研究科博士課程修了(博士:情報学)。三重大学医学部附属病院での臨床経験を経て、2024年 4 月より現職。 著書に「エビデンスに基づく消化器看護ケア関連図」など多数。2023 年に世界初「VR 術後せん妄擬似体験システム」を大阪電気通信大学大学院と共同開発。先進医療イノベーション学会理事長、看護ケアサイエンス学会評議員、JM ラボ CEOなども務める。趣味は旅行、スキューバダイビング。

フリーイラスト

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