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エピソード3 デジタルストーリーを作ろう—患者のライフヒストリーをイメージした短編動画

エピソード3 デジタルストーリーを作ろう—患者のライフヒストリーをイメージした短編動画

2022.01.21寺岡 三左子(順天堂大学医療看護学部 准教授)

文字情報で患者を想像するのは易しくない

 授業で講義資料を受け取った。「模擬患者Aさん」と記載された用紙をめくると、そこにはデータベースとしてAさんの情報が記載されていた。これからAさんに最適な看護を提供するために看護計画を立案するらしい。Aさんは80代後半、祖父よりも高齢だ。そんな高齢な人と話をしたことがないなぁ……。記載された内容に目を通してもわからないことがたくさんある。でもとにかくこの情報の中から看護問題を見出して、看護計画を立てなくては!

模擬患者:Aさん 80代後半の男性

 家族構成:同年齢の妻と二人暮らし。
 約1年前より歩行時の息切れを自覚し、咳嗽も増えたことから受診し、COPDと診断された。2日前より息苦しさが増強したことから入院となった(4人部屋)。自力での立位保持は困難であり、食事はベッド上坐位、トイレは車椅子にて移動。「環境が変わって食欲がなくなった」と言っている。
 入院時バイタルサインは…… (以下,略)

 このように、データから看護の対象者の全体像をとらえてアセスメントを行い、看護上の問題について解決のための具体策(看護計画)を立案し、実施・評価するという思考のプロセスは、看護基礎教育において「看護過程」の授業を通して学習する。こうした問題解決能力を獲得するための学習では、架空の患者を示した模擬事例を用いて学習する方法が広く知られている。
 しかし、限られたデータの中で患者像をイメージし、個別性を見出すのは学生にとって容易ではない。とくに実習経験が少ない低学年の学生の場合は、入院中の患者がどのような療養生活をしているのか、疾患の症状はどのように出現しているのかなどについて具体的にイメージすることは難しい。COVID-19パンデミックの影響により臨地実習が叶わなかった地域においても同様であろう。同じ模擬患者においても、われわれ教員が描く患者像と学生が描くそれとは乖離していることが推察される。そのような状況のなかで、学生個々の想像力に頼る方法で学習を進めてよいのだろうか?

“熱演”動画ではモノ足りない

 これまで筆者は、少しでも紙面上の模擬患者を「人間」としてとらえてもらうために、紙媒体による患者データの提示のほか、臨床場面を撮影した動画教材(教員や大学院生がメイクをして患者役になりきります!)を作成して活用するなど、学生がイメージしやすいように模擬患者のリアリティを高める工夫を重ねてきた。しかし、療養場面や症状の再現はできても、患者の感情や心理的変化を表現することは難しく、学生が「教材としての事例」ではなく「生身の人間」として患者理解を深めることには限界があった。「看護の対象者も自分と同じ生活者であり、人生の歴史がある」ということを若い看護学生が実感できる手立てはないだろうか、と考え続けていた。

デジタルストーリーの誕生—ヒントは海外で見た学会発表

 そのころ、ソウルで開催された国際学会に参加した際に、欧州の看護系大学で患者の心理的変化を映像イメージと音楽で表現するデジタルストーリーを作成して工夫している事例が発表されていた。そのデジタルストーリーでは、患者の苦しみが深い海の底に潜るような映像で表現されていた。これにヒントを得てデジタルストーリーを授業の教材として作成することにした。
 デジタルストーリーは3分程度の短い映像教材である。人物をイメージさせる画像、音楽、デジタル合成技術等によって、人物のライフヒストリーや心理的変化を3分程度の映像で視覚的に表現している。平たく言うと、結婚式で新郎新婦を紹介するプロフィール動画に似ているが、明確な人物像を示すのではなく、イメージとして表現することを重視している。日本ではまだこのような取り組みに関する報告は耳にしないが、デジタルストーリーは、設定した模擬患者の認識や感情に触れ、その世界を体験しながら患者理解を深めるための新しい試みである。

授業にとりいれてみた—好評! 授業への興味もアップ

 早速、高齢の模擬患者の人生を表現したデジタルストーリーを作成し、看護過程の授業に組み込んでみた。

◆デジタルストーリー

ある高齢男性の人生の歴史

 

独身時代、会社勤め

(写真:PAKUTASOより転載)


 

結婚し、娘が誕生

(写真:PAKUTASOより転載)

 

やがて娘は結婚

(写真:PHOTO ACより転載)


 

人生の終盤、身体の衰え

(写真左:PAKUTASOより転載/右:筆者が撮影)


 

 
(写真:PHOTO ACより転載)


 人生全般を見通す「高齢者のライフヒストリー」のほか、現在の患者の状況を理解する助けとして「入院するとはどういうことか」「身体に傷がつくとはどういうことか」「息苦しいとはどういうことか」をイメージできる動画を作成した。授業では2つの模擬事例を使用し、講義だけでなくワークショップや個人ワークを行った。大学が提供する学習管理システム(learning management system:LMS)上のクラスフォーラムで学生がいつでも意見交換できるようにし、授業資料や学生のディスカッションの成果物もLMSにアップした。デジタルストーリーもLMS上にアップし、授業以外でも視聴できるようにした。
 このような取り組みの効果について、JM. Keller1)の動機づけモデル(ARCS-V)とメタ認知2)の観点から評価した結果、おおむね効果がみられたことがわかった。調査の協力が得られた履修者に対し、無記名で授業開始時(n=188)、授業の中間であるワークショップ終了時(n=198)、授業終了時(n=197)に質問紙調査を行い、各尺度の平均値を算出後に前後比較を行った。動機づけモデル(ARCS-V)のデジタルストーリーに関する項目では、「動画の視聴によって授業への興味がわいた」「さまざまな教材の使用による看護過程の展開は新鮮だった」「動画の視聴は全体像の具体的なイメージにつながった」において平均値が有意に上昇した。学生にも好評で、対象患者への理解度も上昇し、一定の効果が得られたと考えている。また機会をみて、皆様にもデジタルストーリーを作成していただけるように、今度は具体的な作り方もご紹介できればと思っている。

引用文献
1)John M.Keller:First principles of motivation to learn and e3-learning.Distance Education 29(2):175-185,2008
2)阿部真美子ほか:成人用メタ認知尺度の作成の試み―Metacognitive Awareness Inventory を用いて.立正大学心理学研究年報1:23-34,2010

寺岡 三左子

順天堂大学医療看護学部 准教授

てらおか・みさこ/順天堂医療短期大学、群馬大学医学部保健学科卒業。順天堂大学医学部附属浦安病院、昭和大学横浜市北部病院等に勤務し、約12年の臨床経験を経て教育・研究の世界へ。順天堂大学大学院医療看護学研究科博士前期・後期課程修了、博士(看護学)。

企画連載

ひろがる“EdTech × 看護教育” シーズン1 看護教育の未来がみえる―ICT教育 最新のとりくみ

デジタルネイティブ世代が高等教育へと進学し、コロナ禍による学習形態の変更も受けて、いま看護教育においてもデジタルテクノロジーを活用した教育のイノベーション―“EdTech”が求められています。 本連載では「共に知をひろげる」を合言葉に、皆さんとともに「EdTech×看護教育」に関する情報交換や悩みの解決の場となるコミュニティづくりを目指します。一緒に新しい教育に挑戦してみましょう! まずシーズン1では、ICT利用による看護教育の将来像をイメージしていただくために、「看護教育の未来がみえる」と題し、先進的な取り組みを行う方々や施設を紹介します。(本連載プランナー/野崎 真奈美)

フリーイラスト

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