こんにちは。前回は、海外留学を志し、動物倫理を学びたくてスコットランドにあるグラスゴー大学の大学院に入学したお話をしました。動物倫理ってなに? 看護学者がなぜ動物倫理? と思う方も少なくないかと思います。今回はそのお話です。
人も動物も
2016年の秋、私はグラスゴー大学大学院修士課程の学生となり、動物福祉学を学び始めました。私の在籍したコース名は“Animal Welfare Science, Ethics, and Law”というもので、日本語で言うと「動物福祉の科学・倫理・法律コース」となるでしょうか。
動物福祉(animal welfare)とは、人が世話をしたり管理したり、あるいは人が何らかの影響を及ぼす動物について、その生理的・環境的・栄養的・行動的・社会的な欲求が満たされることによってもたらされる幸福(well-being)の状態1)を指します。welfareやwell-beingは、看護の領域でも馴染みのある概念なので、読者の皆さんにはイメージしやすいかもしれません。が、看護と大きく異なるのは、対象が人ではなく動物であるという点でしょう。
私は子どもの頃から動物に触れ合う機会が多く、人と同じく動物にも生老病死があることや、動物も人と同じように痛みや苦しみ、喜びを感じたり、我が子に豊かな愛情を示したり、友を守ったり信頼を寄せたりすることを、体験を通して知っていました。一方で、私たち人間が動物に対して行っていることの中には、そうした動物の性質や能力を軽視していると思わずにはいられないことが含まれています。例えば、動物の生命を肉・乳・卵として消費したり、毛や皮を利用したり、エンタメ、ギャンブル、動力として使うなどです。
人に対する倫理的なあり方については、いろいろなことが探究され、解明されてきました。しかし、動物も人と同じ痛みや苦しみを感じる生命体です。私たちは、動物に対して何をするべきで、何をするべきではないか、動物と人間の倫理的な共生とはどのようなことなのかを考えてみたい。そう思ったことが、私が動物倫理を志したきっかけでした。
動物福祉学に内包される動物権利の思想
私の在籍したコースは、動物倫理を専門とするものではなく、動物福祉学の発展のために動物倫理の思想を援用するものでした。先の定義にあるように、動物福祉学とは人が何らかの形で関与する動物にとっての幸福を追求する学問です。つまり、食用や娯楽などの目的で動物を利用することを前提とする学問です。一方、私は、動物は人間と同等の道徳的地位を持つという考えを持っており、人が動物を利用するという前提そのものに対して疑問を持っていました。そのため、動物福祉学が何を追究する学問かを理解するとすぐに「これはまずい、コース選択をミスったかもしれない」と焦りました。
そうこうするうちにも授業は進みます。“どういう方法で殺すことが動物にとってストレスがより少ないか”といった内容が議論されるたびに、私の苦悩は深まりました。実験動物の扱い方に関する演習が行われている時、私が「動物を殺さないという選択肢はないのか」と質問すると、同級生からは怪訝そうな、気の毒そうな表情で見つめられ、教員からは「あなたの言いたいことはわかるけれど、残念ながらそのような選択肢はない」と、その理由を含めて丁寧な返答がありました。その時私は完全に行き場を失ったように感じましたが、クラスメートと議論したり関連論文を読んだりするうちに、少しずつその閉塞感は薄れていきました。きっかけは、動物福祉の根底には動物が有する「5つの自由」※1 の尊重があることや、動物福祉学がまだ発展途上の学問であることを認識したことです。動物福祉学が内包する動物倫理は、今後検討されるべき余地が大いに含まれている。そう認識してから私は落ち着いて学業を続けられるようになりました。

「動物の見え方」の多様性が意味すること
私がこのコースで学んだことは多数ありますが、その中で特に重要だと考えているのは、人の目に動物がどのように映るか、すなわち「動物の見え方」の多様性を知ったことです。
「動物の見え方」の多様性について強く興味を持ったきっかけは、グラスゴー大学院での動物倫理の授業で、「アニマル・エシックス・ジレンマ」2)が宿題に出されたことです。「アニマル・エシックス・ジレンマ」は、獣医学の学部生向けに開発された、無料で利用できるコンピュータ支援学習ツールです。動物への関わりに関する12の質問について、自分が最も適切と考える行動を5つの選択肢から選んでいくと、最終的に、自分が動物倫理の5つの立場、①功利主義、②契約論、③関係論、④種の保全主義、⑤動物権利思想、のどれを何パーセントずつ保有するかが数値として示される仕組みとなっています。
私の結果は、75パーセントの動物権利思想と25パーセントの功利主義でした。私は、自分のプロファイルにはそれなりの意味を見出せたのですが、16名のクラスメートのうち10名は100パーセントの功利主義だったことにハッとしました。数値ではっきりと示されることによって、それまで何となく感じていたクラスメートの考え方との違いの根拠が明確になったような気がして腑に落ちたんです。この体験が引き金となり、5つの倫理的立場が微妙なグラデーションで各人の中に溶け合い、人から見える動物の多様性を形作っていることに興味を覚えるようになりました。
人はどのような立ち位置から動物を見ることができるのか、その時動物はどのように見え、人はどのような気持ちになるのか。そうした多様な立ち位置や見え方、気持ちを知ることによって、自分とは異なる考えや価値観を持つ人に出会った時に思考停止することなく、自分の考えや価値観との共通性を見出し、そこを拠り所として、第3の道を共に探していけるのではないか。
人から見える動物の多様性は、いったい何を意味しているのか。留学を終え、帰国後、私はアフォーダンス※2 の視点からこの問いについて考察し、拙著『動物:ひと・環境との倫理的共生』3)に著しました。
ちなみに、「アニマル・エシックス・ジレンマ」は誰でも無料で利用できます。URLを下に記しておくので、良かったら試してみてください。
※2 アフォーダンス(affordance)とは、英語のafford(与える・提供する)がもとになっている用語で、周囲の環境が人や動物に与える情報や意味のこと。知覚心理学者J・J・ギブソンが造語した生態心理学の基盤概念ですが、最近では医療分野も含めて広く用いられるようになっています。
引用文献
1)Appleby MC, & Hughes BO (1997)/佐藤衆介, 森裕司監修. 動物への配慮の科学―アニマルウエルフェアをめざして,p.17,チクサン出版社,2009
2)Animal Ethics Dilemma net (n.d.): Welcome to Animal Ethics Dilemma,〔https://www.aedilemma.net/servlet/GetDoc?meta_id=1347〕
3)谷津裕子:動物―ひと・環境との倫理的共生(知の生態学の冒険 J・Jギブソンの継承5),東京大学出版会,2022
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