人工透析患者の口の特徴
人工透析患者では、口の中に様々な影響が出ることが知られています。今回は、人工透析患者と口腔にはどんな関係があるのか、エビデンスも交えながらお話ししたいと思います。
◎エビデンス
1983年の研究調査では、口腔粘膜の貧血(約71%)を筆頭に、口腔乾燥や歯の異常など、口腔粘膜や歯に多くの影響があることが報告されました(図1)1)。
とくに口腔乾燥は口の中の環境に及ぼす影響が大きく、厳しい飲水制限や唾液腺組織の萎縮などにより人工透析患者では高頻度で認められる傾向にあります。
唾液には、口の中の汚れや雑菌を洗い流す自浄作用やラクトフェリン・分泌型IgAなどの抗菌物質による抗菌作用がありますが、唾液分泌が減少すると、その作用が弱まって虫歯菌や歯周病菌が増殖しやすくなり、虫歯・歯周病のリスクが上昇します。
また、唾液に含まれる糖タンパク質であるムチンによる粘膜保護作用も唾液分泌減少により働きにくくなり、口腔粘膜に異常が起きやすくなるだけでなく、味物質をキャッチして味覚の感知に関与する味蕾細胞に唾液の減少で味物質が届きにくくなると、味覚障害が生じやすくなります。
◎人工透析患者と骨
一方、人工透析患者では骨粗鬆症のリスクが上がることから歯を支える骨(歯槽骨)が弱って歯周病のリスクが上がるだけでなく、骨粗鬆症治療薬としてビスホスホネート製剤(BP製剤)などの骨吸収抑制薬を使用している人も少なくありません。BP製剤患者に抜歯すると治癒不全や顎骨壊死のリスクが上がり、患者のQOLにも悪影響が出ます。
このように人工透析患者は健常な人と比べて口内トラブルが生じやすいため、より適切な口腔ケアが大切になります。
歯周病治療は糖尿病患者の人工透析リスクを下げる可能性も
糖尿病は細小血管障害による血流の悪化などの病理メカニズムにより、三大合併症(神経障害、網膜症、腎障害)を引き起こす可能性があります。腎障害が慢性的に持続すると、慢性腎臓病(CKD)となり、人工透析が必要になる可能性が高くなります。糖尿病性腎障害の進行を遅らせて、腎臓の健康を維持していくためには糖尿病のコントロールが重要なカギになります。では、糖尿病と歯周病にはどのような関係があるのでしょうか。
◎エビデンス
2025年に東北大学のグループが報告した研究では、歯周病の治療をすることで糖尿病患者が将来的に人工透析に至るリスクがどのような影響を受けるかについて、大規模な疫学調査を行いました2)。
この調査では40~74歳の2型糖尿病患者約10万人(99,273人)を対象として医療受診データ・特定健診データを用いることにより、歯科医院における歯周病治療の頻度と6年間の追跡調査による人工透析への移行との関係性を解析しました。
その結果、歯周病治療で歯科検診を1年に1回以上受けていた人は約32%、半年に1回以上受けていた人では約44%も人工透析リスクが減少することが統計学的に有意に認められました(図2)。
当グループは今後、糖尿病患者における医科歯科連携による治療が進むことで、合併症予防や患者のQOL向上、医療費の抑制につながる可能性が示唆されるとしました。
糖尿病においては唾液分泌減少(口渇)だけでなく、免疫力の低下や創傷治癒の遅延といった影響により歯周病になりやすく、悪化しやすい傾向にあります。
ですから、歯周ポケットの定期的なクリーニングを中心とした歯周病予防・治療を行うことは、糖尿病患者ではとくに重要だと言えるでしょう。
虫歯菌とIgA腎症の発症との関係
IgA腎症は指定難病の一つで、慢性糸球体腎炎に関連して免疫抗体であるIgAの異常な沈着などを認める疾患です。
難病情報センターのホームページによると、成人で発症した場合、10年間で人工透析や腎移植が必要となる末期腎不全に至る確率は約15~20%、20年間で約38%と報告されており、日本国内の疫学調査では約33,000人の患者がいると推計されています3)。
◎エビデンス
近年の研究で、このIgA腎症に罹患するメカニズムにおいて虫歯の原因となる細菌が関係する可能性のあることが報告されました。
2024年に岡山大学のグループが報告した研究では、主要な虫歯菌であるStreptococcus mutans(Sm菌)が有するタンパク質とIgA腎症の関係性について、動物を用いた実験を行い調べました4)。
この研究では、IgA腎症患者の唾液から分離したSm菌をラットの頸静脈より投与することによって、IgA腎症様の腎炎が発症することを明らかにしました。
また、IgA腎症患者から分離された菌の表層には通常のSm菌ではあまり存在しないコラーゲン結合タンパク質(Cnm)が存在していることが判明したため、このCnm自体がIgA腎症の発症メカニズムの一端に関与している可能性を示唆しました。
Sm菌は食物に含まれる糖質などを栄養源にして増殖します。Sm菌の数が増えればCnmタンパクも増加する可能性があるため、Sm菌をできる限り増やさないためにも、食事・間食の糖質コントロールや毎日の丁寧な歯磨きが大切です。
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Wさん(80歳代、男性)は下顎前歯の歯ぐきが腫れて痛くて食事がしにくいという症状で、当院歯科を受診されました。
カルテを確認すると、当院の人工透析科に通院中の患者で、週3回来院されていることがわかりました。
口の中を見ると下顎前歯の裏側には歯石がびっしりとこびり付き、歯肉が腫れて炎症を起こしていました。歯ぐきの検査やX線撮影などにより、歯周病による炎症であると診断しました。
そこで歯科衛生士(DH)による口腔清掃を行い、腎臓に負担の少ない抗菌薬や鎮痛薬を処方しました。また、口腔乾燥も強く認められたため、消毒用の含嗽薬も処方しました。
1週間後、経過を見ると症状は落ち着き、食事も普通にできるようになったというWさん。現在は人工透析の来院日に月1回、定期的な口腔ケアをするために歯科を受診され、安定した歯ぐきを保っています。
1)加藤譲治ほか:腎不全透析療法患者における口腔症状,その1,スクリーニング診査結果.日口外誌29:1872,1983
2)Kusama T et al: Periodontal Care in Associated With a Lower Risk of Dialysis Initiation in Middle-Aged Patients With Type 2 Diabetes Mellitus: A 6-Year Follow-Up Cohort Study Based on a Nationwide Healthcare Database. J Clin Periodontol 52(5):717-726, 2025
3)難病情報センター:IgA腎症(指定難病66).〔https://www.nanbyou.or.jp〕Journal of Clinical Periodontology(オンライン版,2025年1月5日)
4)Naka S et al: Contribution of collagen-binding protein Cnm of Streptococcus mutans to induced IgA nephropathy-like nephritis in rats. Communications Biology 7(1):1141, 2024





