人工呼吸器を装着していると、口腔から換気を補助する場合でも、気管切開をした場合も、口腔内を清潔に保つことが難しく、また感染リスクも高まるのではないかという印象をお持ちの方も多いかと思います。では、実際に人工呼吸器管理中の口腔にはどのような問題があり、また、介入により本当にリスクを減らせるのか、エビデンスを交えながら考えてみたいと思います。
人工呼吸中における口腔ケアの意義・目的とは
人工呼吸器は自力で呼吸を十分できない患者に対し、酸素を肺へ送り込んで二酸化炭素を排出する換気補助を行う医療機器です。人工呼吸は次の2つに大別されます。
人工呼吸の2つのタイプ
1.非侵襲的人工呼吸(NPPV):体に傷をつけずにマスクで装着するタイプ
2.侵襲的人工呼吸(IPPV):気管挿管や気管切開を経由して接続するタイプ
集中治療領域での口腔ケアは口腔内洗浄、口腔内の爽快感、口臭予防、口腔機能の維持などのさまざまな目的で実施されますが、中でも呼吸器感染症の予防の意義は大きいです。
とくにIPPV中で気管チューブが挿入されている患者は、常時開口している状態のため口腔内の水分が蒸発して乾燥しやすいだけでなく、使用しているさまざまな薬剤の副作用などの影響で唾液分泌が減少して、口腔内の自浄作用が低下して雑菌が繁殖しやすくなり、人工呼吸器関連肺炎(VAP)を引き起こすリスクが上がります。
気管挿管して人工呼吸器管理中の患者は経口摂取ができないため、口腔ケアで口の中の粘膜に対して刺激を与えて唾液分泌を促すことが期待できますが、十分ではありません。
ですから、口腔ケアで感染源となる細菌を除去してVAPを予防することは、生命予後や患者のQOLを維持するためにも大切です。
人工呼吸器関連肺炎(VAP)とは?
VAPは「気管挿管による人工呼吸開始48時間以降に発症する肺炎」と定義され、人工呼吸の管理前には罹患がなかったにもかかわらず発症した院内肺炎の一つであり、耐性菌リスクや再発率が高いことでも知られています。
VAPの発症により死亡率の上昇やICU入院期間の延長、高額な医療費の増加などの問題が発生するため、その予防は集中治療領域における重要な課題になっています。
VAP予防策として、複数の予防策をひとまとめにして行うバンドルが推奨されており、日本集中医療医学会およびICU機能評価委員会が示した「人工呼吸関連肺炎予防バンドル」では、5つのポイントを挙げています1)。
人工呼吸関連肺炎予防バンドル
1.手指衛生を確実に実施する
2.人工呼吸器回路を頻回に交換しない
3.適切な鎮静・鎮痛を図る。とくに過鎮静を避ける
4.人工呼吸器からの離脱ができるかどうか、毎日評価する
5.人工呼吸中の患者を仰臥位で管理しない
VAPの原因菌の侵入経路として、汚染された口腔、鼻腔、胃内容物からの流れ込みが主体であると考えられていますが、近年の研究により、口腔ケアがVAPを予防する有効な手段であることが国内外で報告されています。
口腔ケアはVAPリスクを減少させる
◎エビデンス
2006年に千葉大学の研究グループが報告した内容では、口腔ケアがVAPの発生にどのような影響を与えるのかについて調査を実施しました2)。
この研究では、口腔ケア群として1997年~2002年にICUで加療した1,252名、非口腔ケア群として1995年~1996年にICUで加療した414名を対象としました。
その結果、ICUにおけるVAP発生率(人工呼吸器装着1,000日当たりの肺炎発症率)は口腔ケア非実施群で10.4であったのに対して、実施群では3.9となり、口腔ケア実施群においてVAP発生率が有意に低くなることが明らかになりました(図1)。
また、両群ともVAPの原因となる細菌の中で最も多く分離されたのは緑膿菌でした。
気管挿管患者への口腔ケアに関する看護師の認識
◎エビデンス
2015年に山口大学の研究グループが行った報告によると、集中治療領域における気管挿管患者への口腔ケアに関する看護師の認識と実際を明らかにするためにアンケート調査が行われました3)。
研究デザインは実態調査研究で、全国のICU378施設から各施設4名ずつの看護師を対象に、質問紙による調査を実施しました。
その結果、689名から回答を得た中で、口腔ケアに関する看護師の認識について、口腔ケアの意義として「VAPの予防」が約98%で最も多く(図2)、自信のある技術としては「口腔内吸引の技術」が約85%で最も多いことが明らかになりました。
また、口腔ケアの実施頻度は、1勤務につき1回の実施が約43%で最多でした。
一方、口腔ケア時に使用する清掃用具として歯ブラシの使用が約97%で最も多く、洗浄法が約78%を占めました。この洗浄で使用する洗浄水の種類の中では、水道水が約70%となり最も高割合でした。
口腔内を加湿・保湿する保湿剤は約85%で使用され、口腔ケア時の体位として側臥位が約42%で最も多くなりましたが、仰臥位も約10%認められ、先述した予防バンドルが必ずしも遵守されていないことが判明しました。
* * *
Tさん(80歳代、女性)は重度の慢性閉塞性肺疾患(COPD)で当院に入院中の患者で、入院当初から口腔内の汚染が強く、内科の主治医より歯科へ口腔ケアの依頼がありました。
挿管チューブが口腔内から咽頭へ通るなど、人工呼吸器管理中の口腔ケアは一人で行うのが困難なため、歯科衛生士(DH)や看護師と協力しながらチューブを少しずつずらしつつ、歯ブラシが届く歯を口腔ケアしました。
しかもTさんは意思疎通が困難で口の開閉も不十分なため、動揺のある歯を避けて開口器を噛ませながら口腔ケアを行いました。
開口器を持つ人、口の中をライトで照らす人など人手が必要な口腔ケアですが、定期的な口腔ケアを続けることでVAPを起こすことなく、無事退院されました。
1)日本集中治療医学会・ICU機能評価委員会:人工呼吸関連肺炎予防バンドル2010改訂版(略:VAPバンドル),1-8,2010
2)Mori H et al: Oral care reduces incidence of ventilator-associated pneumonia in ICU populations. Intensive Care Med 32(2):230-236, 2006
3)田戸朝美ほか:集中治療領域における気管挿管患者への口腔ケアに関する看護師の認識と実際.日本クリティカルケア看護学会誌11(3),25-33,2015





