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第4回:上司が弱みを見せ、上司がSOSを発信する

第4回:上司が弱みを見せ、上司がSOSを発信する

2025.12.25山中 真弓(活水女子大学看護学部 学部長)

 前回の記事で「上司が弱みを見せ、SOSを上司が発信する」ということを意識していると少しだけ書かせていただきました。これは今年の夏、ティーチング・ポートフォリオの研修に3日間参加したことをきっかけに、私が自分に課した目標です。

ティーチング・ポートフォリオ(TP)研修は、教員が自身の教育活動を振り返り、理念を明確化し、改善につなげるための省察プロセスと記録作成を支援する研修で、メンター制度が用いられる。

なぜ、このような目標を立てるに至ったか

 これまで私は学校の管理者として、「自分の弱みを部下にみせると部下が不安になる」と考えていました。また、部下のSOSを見逃さないように、いつも気を張っていたように思います。つまり、リーダーとして立派でなければならないと思っていました。しかし、自分はリーダーとして立派な人間でないということもわかっており、葛藤を繰り返していました。研修に参加した際、メンターからのメンタリングで気づいたことです。メンターからは「仕事で自分が困ったときは誰に相談しているか」とも聞かれ、私は「家族」と答えました。そして、その答えが出てくる自分に「これでいいのかな」と疑問を持ち、自分が部下にSOSを出せない人間だということにも気づきました。

 リーダーとして人に頼られるのは当たり前だけれど、であれば自分は誰に頼ればいいのか。そう考えたとき、やはり組織のメンバーが頭をよぎりました。そこで、取り組もうと考えたことが「上司が弱みを見せ、SOSを上司が発信する」ことでした。もちろん、部下のSOSも察知することも、同じく目標のひとつです。
 しかし、実際取り組んでみると、私の失敗談を話すと周囲からは驚かれてしまいましたし、誰に、どういう場で自分の悩みや弱みを話していけばいいのか悩みました。部下には「SOSを発信してね」と言っていたのに、実際に発信することの難しさをこのときやっと知りました。

どうすれば、私はSOSを発信できるのだろうか

 改めてこれまでの管理職としての体験を振り返ってみると、職員からのSOSの発信は、「私は、いくつもの役割を持っています。忙しいので何とかしてください」とか「学生の授業中の態度が悪く先生がたが怒っています。最近の学生の態度はひどい!」などという、具体的事実や状況がわかりにくい、感情的な訴えが多いように思いました。こういった訴えがあったとき、私は、できるかぎり状況を捉えるために具体的に何に困っているのか話を聞き、一緒に対策を考えるようにしていました。

 SOSを受ける側としての経験から、困ったときには具体的事実や状況を伝え、何に対してアドバイスが欲しいのか、何を助けてほしいのかを言葉にして伝えればいい、ということに気づきました。
 また、上司がSOSを発信するための前提条件として、可能な限りメンバーとも情報を共有することが必要です。それについてはこれまでも取り組んでいました。部下が入らない会議の内容も伝達したり、情報や資料を共有できるようサーバーへの保存方法をマニュアル化したりと、誰でも私の困りごとについての前提情報を確認できるようにはなっていました。
 しかし、前提条件はクリアできても、私にとってはやはりSOSを言葉にするのは難しいことでした。なぜかというと、SOSの内容は大体が悩みや葛藤、判らないことなので、感情が入り込んでいます。そして、私は感情的になることに嫌悪感を持っていることを自覚しています。だから、なおさら発信が難しいのだと思いました。

 そんなとき、青森県にある恐山菩提寺で院代(住職代理)を務める南直哉さんが、「感情というのは『液体』だ。言葉という器に入れてはじめて、色やにおい、重量がわかる。つまり、アウトプットしてみなければ、自分に起こっていることがわからないのだ」と話されている記事1)を読みました。また、「上司と部下がどちらも弱音を吐くことができ、そしてそれを受け止め合える信頼関係であれば、安心して仕事の相談もできる」とも書かれていました。感情を言葉にするのは恥ずかしい、弱音を吐くわけにはいかないと考えていた私にとってその文章は衝撃でした。感情を言葉にしていいんだということと、SOSを言葉にしてみようという思いが明確になりました。
 しかし、今でもなかなか言葉にはできません。最初の頃は、そもそも伝える言葉を持っていない感覚でしたが、現在は、いろいろと試している最中です。慣れることから始めようと思っています。まずは、職員の経験や強みを考えて、私のSOSを聞いてくれる人を見つけて話し、会議などでも伝えるように心がけています。相手の反応に期待しすぎず、自分自身にも期待しすぎず、取り組んでいきたいと思います。

*   *   *

 現代では、教育委員会が「SOSの出し方に関する教育」2)を推進しており、小学校・中学校・高校でもその教育に取り組んでいるようです。教育が必要なくらいですので、SOSを発信することは難しいことなのだと改めて思います。自分がSOSを発信できるようになることで、部下や子どもたちも同じようにできるようになることが求められているように感じます。
 前回からの繰り返しになりますが、組織はコミュニケーションが基盤です。コミュニケーションにより、心理的不安が解消され、安心して発言・活動できるようになると考えます。組織のメンバーにとって、自分自身が成長できると思えるような居場所を作っていきたいと思っています。

引用・参考文献
1)山野井春絵:無理に夢や希望を持つ必要はない、正解なんて出なくていい――恐山の禅僧が語る、「人生の重荷」との向き合い方,2024年8月17日,〔https://news.yahoo.co.jp/articles/851d718af77f5107b09bad5d76a4ad5bf9e2eaa1〕(最終確認:2025年12月16日)
2)文部科学省初等中等教育局児童生徒課,厚生労働省社会・援護局総務課自殺対策推進室:児童生徒の自殺予防に向けた困難な事態,強い心理的負担を受けた場合等における対処の仕方を身に付ける等のための教育の教材例について,2018年8月31日,〔https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1410401.htm〕(最終確認:2025年12月16日)

山中 真弓

活水女子大学看護学部 学部長

やまなか・まゆみ/国立療養所再春荘病院附属看護学校卒業。国立病院再春荘病院に勤務後、教員となり、その傍ら熊本学園大学社会福祉学部を卒業。厚生労働省幹部看護教員養成講習会を修了し、国立病院機構附属看護学校の教育主事や副学校長。その傍ら福岡大学大学院人文科学研究科教育・臨床心理専攻修了(教育学修士)。厚生労働省九州厚生局でも勤務。2025年4月より現職。休日の楽しみは娘とのショッピングやアニメ鑑賞。

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看護教育と組織を考える

教員が学生とともに学び課題解決に取り組める教育組織を目指し、医療安全ほかさまざまな視点から複数の組織で風土・文化の醸成に取り組んできた筆者が、組織について、教育について、感じたことを綴ります。

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