はじめに―本学の実践の背景
東邦大学は、2025年に100周年を迎える伝統ある自然科学系総合大学です。医学部(医学科)、薬学部(薬学科)、理学部(化学科、生物学科、生物分子科学科、物理学科、情報科学科、生命圏環境科学科)、看護学部(看護学科)の4学部9学科を擁し、健康科学部看護学科(以下、本学)は東邦大学5番目の学部として、2017年に開設しました。
東邦大学の看護教育は、大学の母体となる帝国女子医学専門学校が東京は大森の地に設立された1925年、その翌年の1926年に帝国女子医学専門学校付属看護婦養成所が設立されたのが始まりです。その後、現東邦大学看護学部看護学科に発展して参りました。千葉県においても1991年に東邦大学佐倉看護専門学校が開設し、2017年東邦大学習志野キャンパスに健康科学部が開設され、今年の4月で8年目を迎えました。
日本における老年人口は増加しており、団塊の世代のほとんどが75歳以上となる2025年には日本の人口の30%を占めるようになります。2020年の日本における看護職員就業者数は173.4万人となり1)増加を示していますが、都道府県人口10万人当たりの看護職員就業者数については、首都圏等の都市部において全国平均1,369人に対し、千葉県においては1,004人と、神奈川県の980人に続き2番目に少ない状況となっています2)。その一方で、厚生労働省医政局の告示「看護師等の確保を促進するための措置に関する基本的な指針について」によりますと、看護師等の量的確保に加え、資質の向上、地域的・領域的偏在への対応を要望しています3)。
このような社会的動向および要望から、本学では「地域完結型」医療を担う看護職の育成に努めるとともに、多様化する健康問題に対応できるよう、幅広い教養と専門知識・技術を持ち、理論的に思考できるより良き看護職を育成しています。
本企画では、高齢化が進み、急性期医療を受ける患者の高齢化も進む中、急性期医療を受ける患者が自宅での生活に戻れるよう支援する必要性がますます高まっていることから、本学がこれまで実践してきた看護教育の特色でもあるトランスレーショナル教育を基盤とし、トランスレーショナル看護領域(成人看護学急性期領域)とコミュニティヘルス看護領域(在宅看護学)をつないだ教育の実践について、6回にわたって紹介して参ります。
その前提として、今回は本学のカリキュラムについて、ご紹介いたします。
東邦大学健康科学部看護学科のカリキュラムについて
本学は、東邦大学の建学の精神「自然・生命・人間」を基盤とし、人間が健康で幸せな生活を営むことを支援するために、「関連学問の知識や技術を統合して課題を解決する実践能力」「人間の尊厳を基盤とする倫理観に支えられた科学的探究力」「チームの中で連携を図る姿勢や生涯を通して学ぶ自己学修力」を醸成することを目指して、教育理念、ディプロマ・ポリシーを定め、教育課程(カリキュラム)を編成・実施しています。
本学のカリキュラム編成の特徴(図1)として、総合教育科目、専門基礎教育科目、専門教育科目、リメディアル教育科目、専門基盤科目の5科目群に分かれ、保健師課程専攻の学生には保健師専門科目が設置されています。とくに、専門教育科目が特徴的であり、看護専門家に必要とされる基本的な専門知識・技術・態度を修得するために、「トランスレーショナル看護領域」「ファミリーヘルス看護領域」「コミュニティヘルス看護領域」「プレ・プロフェッショナル看護領域」という4つの領域の科目で編成されています。「プレ・プロフェッショナル看護領域」は、今まで学んできた教科目を統合する領域であり、大学教育から卒業後の看護専門職(看護師・保健師)へとつなぐ科目で編成されています。他の3領域については次の項で詳細に説明いたします。
東邦大学健康科学部看護学科の教育の特色
本学の特徴的な教育としては、とくに「人間の暮らしを重視する看護学の3領域(以下、3領域)」の編成とトランスレーショナル教育があります。
人間の暮らしを重視する看護学としての3領域
従来の細分化した看護専門領域学びから、看護の対象や事象をより具体的な形に表し教授するため、“社会の単位、生活体、生活の場”という人の暮らしに焦点をあて、知識の統合と実践の連携を図る看護学の領域編成を行っています。
3領域の編成は、生活に根差した地域医療推進型の教育を重視することから、生活者に視点を置いた「個人の健康(Individual health)」「家族の健康(Family health)」「コミュニティの健康(Community health)」という3側面から人間の健康を捉え、それぞれの健康生活の支援に関して教育・研究するという考えに基づいています。生活体としての個に焦点を当てたトランスレーショナル看護領域では「個人の健康の支援」と「看護の実践の基礎」を、社会の最小単位としての家族に焦点を当てたファミリーヘルス看護領域では「家族の健康の支援」を、広義の生活の場としての社会に焦点を当てたコミュニティヘルス看護領域では「地域の健康の支援」を学びます。この編成は本学の独自の考え方であり、とくに、家族形態が多様化し地域医療のあり方が模索されている現代社会において、社会のニーズに対応できる「ファミリーヘルス看護領域」や「コミュニティヘルス看護領域」の教育・研究は、地域に貢献できる人材育成の重要な役割を担っています。
3領域の内容(図2)に関しては、以下の通りです。
トランスレーショナル看護領域
トランスレーショナル看護領域は、他の看護専門領域の基盤として位置付けており、特に“生活体としての個”に焦点を当て個人の健康生活を支援する実践力の育成とその研究を目的とします。内包する看護学分野は基礎看護学、成人看護学です。
ファミリーヘルス看護領域
社会の最小単位である家族及び家族を構成する個人を対象とし、その家族の構成員一人ひとりの発達段階やライフサイクル、精神の健康を捉え、家族構成員及び集団としての家族の健康生活を支援する能力の育成と、その研究を目的とします。内包する看護学分野は母性看護学、小児看護学、精神看護学です。
コミュニティヘルス看護領域
コミュニティとは“地域社会、地域共同体”の意味で用い、社会の中で生活する人々をコミュニティ単位で捉え、個人と社会の関係づくりを支援する能力の育成と、その研究を目的とします。内包する看護学分野は老年看護学、在宅看護論、地域看護学、公衆衛生看護学です。
4年間を通して段階的に高める3つの能力と着実に成長できるトランスレーショナル教育
本学は健康科学という自然科学系の教育・研究の学問分野であることから、科学的思考などの科学力の発揮も重視します。そのため、トランスレーショナルという概念を中心に据え、科学的思考の定着を図る教育、すなわち、トランスレーショナル教育という教育方法を1年次から段階的・継続的に取り入れる方法を工夫しています。このトランスレーショナル教育を用いて、中核となる「看護実践力」「倫理性を備えた科学的思考力と表現力」「人間力」の3つの能力を養い、4年間の教育課程の中で積み上げる重層的な学修を行っています。
トランスレーショナルとは「知識・技術の移転」を意味し、トランスレーショナル教育(図3)とは、講義室・演習室での学びを実際の患者のベッドサイドでの学びに、臨地の場での学びに、実際の活動に転移していく(Bench to Bedside, Clinical Settings, and Activity Settings)ことです。つまりは基礎教育で学習した看護学の知識・技術・態度を臨床に橋渡しし、研究により得られた成果を看護学のエビデンスとして臨床実践へ連携して活かします。それと同時に、トランスレーショナル看護領域での学修成果をファミリーヘルス看護領域やコミュニティヘルス看護領域での学修に橋渡しし、領域を超えた連携のもとで成長に合わせてスパイラルに学んでいく教育方法です。
本学の看護技術教育は科目名が「看護の基本技術1」~「看護の基本技術12」となっており、領域を超えて連携していることを想起させる科目名となっています。開設当初、看護技術をいかにトランスレーショナルしていくか検討を重ね、本学における看護技術教育の到達目標を卒業時と学年毎に整理し、それぞれの科目内容に含めていきました。
領域間でコラボレーションしたシミュレーション演習
本学は2021年の補正予算である文部科学省の「ウィズコロナ時代の新たな医療に対応できる医療人材養成事業」によりデブリーフィング&データ管理システムやアイカメラなどやアイカメラなどの ICT機器を整備し、場面想定による先駆的なリフレクション強化型シミュレーション演習を導入しました。次回以降は、これらを活用したトランスレーショナルな看護技術演習の実践例として、「クリティカルケア看護と在宅看護のトランスレーショナル教育」をテーマに、トランスレーショナル看護領域の「看護の基本技術6(急性期看護技術)」とコミュニティヘルス看護領域の「看護の基本技術11(在宅看護技術)」がコラボレーションした内容を具体的に紹介いたします。
2)同p.6
3)厚生労働省:看護師等の確保を促進するための措置に関する基本的な指針,p.1,〔https://www.mhlw.go.jp/content/001160932.pdf〕