医療安全に対する近年の動向
近年、医療事故の増加や多様化に伴い、各医療機関における安全対策の見直しが必須になっており、各医療機関で医療安全にかかわる部署や委員会が設置される方向にあります。
アクシデント(医療事故)だけでなくインシデント(医療事故につながる可能性のある事象)を報告する目的は「ヒヤリ・ハット事例の情報を共有することで、より重大な事故の発生を未然に防ぐ」ことです。
今日においては「人間は、誰もがミスを犯すものである」というヒューマンエラーの考えを前提に、すでに起きてしまった事故に対しては当事者の「責任追及志向」から、システムとしての安全性向上を目指す「原因追及志向」へ意識をシフトさせることが、すべての医療従事者に要求されていると言えるでしょう。
そのため現在では、「医療の質」だけでなく「患者の安全」も高く評価される時代になってきており、厚生労働省や国の政策の中で評価が具体化され、医療安全に対する取り組みは診療報酬の増点にも反映されるようになってきています。
歯科における医療事故と看護師は関係する
歯科における処置や手術は、咀嚼や呼吸・発音・嚥下といったさまざまな機能を担う、狭くて感覚が鋭敏な「口腔」という器官内で実施されるため、高度な専門的技術と細心の注意が要求されます。
◎エビデンス
2003年に東京医科歯科大学(現・東京科学大学)のグループが報告した調査では、同大学歯学部附属病院で発生したインシデント・アクシデントの詳細について解析しています1)。
この調査は2001(平成13)年4月~2003(平成15)年3月に歯学部附属病院業務課に提出された225件の医療事故報告書を調査し、事故の内容や報告者などに焦点を当てて集計しました。
その結果、事故内容では「処置・手術」「器具取り扱い不備」「与薬不備」「針刺し」などが多くなりました(図1)。
事故の報告者の職種として、2001(平成13)年度では看護師が約66%、歯科医師が約32%となり、その他は約2%でした。
一方、2002(平成14)年度には看護師が約48%、歯科医師が約47%で、その他が約5%となり、歯科衛生士や薬剤師などの多職種からの報告も増えました(図2)。
歯学部附属病院での調査報告であることから歯科スタッフ(歯科医師・歯科衛生士・歯科助手など)からの報告が多いと思われがちですが、この調査から歯科といえども看護師からの報告が少なくないことが明らかになりました。
ハインリッヒの法則とは?
この法則は「1件の重大事故の背後には29件の軽微な事故と300件のヒヤリ・ハットが存在する」という労働災害の経験則で、ハインリッヒが提唱しました2)(図3)。
これは、重大事故を防ぐには日常の小さな異常段階で対策することが重要だと示す考え方です。
この法則は医療・看護・介護面などにおいても応用され、条件や環境などにより数値は異なりますが、安全性が求められるさまざまな分野で活用されています。
このように医療機関におけるリスクマネジメント体制にとって大切な法則であり、近年は「比率の数字そのものよりも、重大事故の背後に多くの異常がある」という考え方を重視する方向で使われています。
医療事故は時には命にもかかわる重大なアクシデントに至るケースがあります。このような事態を未然に防ぐためにも、日頃からの“気づき”を大切にしたいものですね。
転倒リスクに及ぼす口腔ケアの状態
◎エビデンス
病棟で発生するインシデント・アクシデントの中で頻度が高いものに「転倒」がありますが、九州大学と麻生飯塚病院の研究グループが報告した調査では、口腔ケアの介助と転倒リスクとの関係を解析しています3)。
この研究では、2018年4月~9月の間に急性期病院である同院一般病棟に入院した患者のうち、完全寝たきり状態の患者を除いた6,009名を対象としました。
その結果、転倒を起こした患者は139名(2.3%)であり、単回帰分析で判定した転倒に対する口腔ケア介助の必要性のオッズ比は3.84になりました。
また、年齢・性別・栄養状態・貧血の有無で調整した多重ロジスティック回帰分析で判定したオッズ比は2.59、さらに転倒アセスメント、入院時ADLおよび臨床的重症度を加えた場合のオッズ比は2.31になりました(図4)。
結論として、入院時の口腔ケア介助の必要性は、年齢・性別・栄養状態・貧血の有無・転倒アセスメント・入院時ADLおよび臨床的重症度で調整した上でも、入院中の転倒リスクと関連していることが示唆されました。
この結果は、転倒に関するインシデント・アクシデントの予防に対して一つの指針を提示しています。
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Uさん(80歳代、男性)は左上腕骨の骨折治療で入院中の患者です。整形外科で手術後、リハビリテーションに励んでいますが、義歯(入れ歯)の不具合で歯科受診されました。
初診時は歯の有無や状態の確認のために口全体が映るパノラマX線写真を撮りますが、義歯が入ったまま撮影すると金属部分がハレーションを起こして診断の妨げになります。再撮影になると余計なX線被曝を与えるので、着脱可能な義歯は外して撮影します。
歯科外来に来たUさんに歯科衛生士が「入れ歯はお口の中ですか?」と聞くと、「いや、外してきた」と言うUさん。
しかし、手には義歯ケースなど何も持っていません。歯科衛生士がUさんの口の中を見ると、上顎に義歯が装着されたままでした。
「あ、ごめん。外したつもりやったのにな」とUさん。認知症患者にはときどきあるケースで、「口の中を実際に見て確認する」という行為をマニュアル化していたため、事前にトラブルを防ぐことができた事例でした。
1)三輪全三, 馬場一美, 稲田 穣ほか:本学歯学部附属病院におけるインシデント・アクシデント報告書 (平成13-14年度) の集計結果.口腔病学会雑誌70(4):234-241,2003
2)Heinrich HW: Industrial Accident Prevention: A Scientific Approach, McGraw-Hill, New York, 1931
3)古賀秀信ほか:入院時口腔ケア介助の必要性と入院中の転倒との関連~過去起点コホート研究~.日本転倒予防学会誌8(1):3-14,2021





