手術では口腔トラブルに要注意
手術を全身麻酔で行う際には、術中における患者の呼吸管理目的で気管挿管を行いますが、それに付随して口腔トラブルに関する問題が起きることがあります。以下に、いくつかその例を挙げてみましょう。
気管挿管時のトラブル例
・歯の脱落や破折
全身麻酔による手術で挿管する際、歯周病が進行して動揺している歯や大きな虫歯に対して強い力がかかると、歯の脱落(抜けること)や破折(折れること)が発生することがあります。
・補綴物・修復物の脱離
挿管の際に強い力がかかると、虫歯治療で詰めた銀歯や白い樹脂(コンポジットレジン)等のかぶせ物や詰め物が外れてしまうことがあります。
・誤嚥性肺炎
術中・術後は、誤嚥が頻発しやすい不安定な時期です。挿管時に口腔内細菌が唾液とともに気管に流入すると、誤嚥性肺炎を起こすことがあります。
・上顎前歯の脱落リスクが高い
上顎の前歯は挿管時に器具が接触しやすいだけでなく、噛み合わせ時に加わる力が斜め方向のため垂直で噛み合うほかの部位の歯より負担がかかりやすく、脱落リスクが高いです。
・発音・食事・見た目の問題や痛み、歯の治療などで術後のQOLが損なわれる
歯に起きたトラブルにより、二次的に多くの問題が生じます。
・時には歯のトラブルが訴訟になることも
麻酔科医に対する医療過誤の訴えで最も多いのが全身麻酔時の歯の損傷だという指摘もあるため、歯の偶発症の対応は患者と麻酔科医の双方にとって大切です。
口腔トラブルの内訳と頻度
◎エビデンス
2025年に東京女子医科大学のグループが報告した内容によると、2018年4月1日から2022年3月31日までの4年間に同大学病院中央手術室で実施された全身麻酔手術の全症例(11,828件)を対象として、歯の偶発症を医療安全対策室に提出されたインシデント・アクシデントレポートから抽出し、口腔トラブルとの関係性を調べました1)。
その結果、歯の偶発症は13件(0.11%)と決して多くはありませんでしたが、その内訳は男性7件、女性6件であり、また手術時平均年齢は57歳(6~83歳)で、70歳代での偶発症が最も多くなりました。
また、歯の偶発症の詳細として、図1のように補綴物および修復物の脱落が7件で最も多く、歯の脱臼(完全脱臼、つまり脱落と不完全脱臼を含む)が3件などと続きました(図1)。
手術前歯科検診の重要性
トラブルのリスクが高い歯や不潔な口腔状態を術前に発見できれば、口腔ケアに加えて歯の脱落・破折を防ぐマウスピースを作製したり抜歯や虫歯治療などを行ったりできます。
また、手術時には取り外しできる義歯(入れ歯)は基本的に装着しないため、小さな義歯の誤飲防止のために、義歯の有無の術前チェックも大切です。
歯の偶発症の多くは緊急手術時に起きやすく、口内の事前チェックの不備が関係していることがうかがえます。そのために重要なのが「手術前歯科検診」。術前から術後に至る一連の期間である周術期における大切な項目として、当院歯科でも実施しています。
具体的には、口腔内診査で虫歯の有無や程度を確認するほか、歯周基本検査で歯周ポケットの深さや歯の動揺度などを調べます。
さらに重要なのが、パノラマX線撮影です。直視できない部位の虫歯や歯を支える骨(歯槽骨)の状態などを把握でき、歯のリスク判定には不可欠な存在です。
術前検診で問題のある歯が見つかっても、手術までに対応できなければ意味がありません。緊急手術のように術前検診から手術までの期間が短い場合は、麻酔科医に“要注意歯”の存在、部位を伝えるしかできないケースもあります。処置内容によりますが、できれば手術前に2週間以上の治療期間の確保が必要で、早めの術前歯科検診が推奨されます。
口の状態は日々変化します。看護師として日々の業務中、患者の口内に問題点を見つけたら速やかに医師や歯科医師に伝えましょう。
口腔トラブルの予防の成果
◎エビデンス
2014年に東邦大学医療センター大森病院のグループが公表した内容によると、2011年4月に周術期センターを開設し、11月に口腔外科に口腔機能管理部門を設置することで、全身麻酔中の口腔トラブルを事前に防ぐことができたという取り組みを報告しています2)。
同部門設置後の1年間にセンターを受診した5,243名のうち、センター常駐の歯科衛生士による口腔チェック後の助言で麻酔科医が口腔外科受診を指示した患者数は769名に及び、受診率は14.6%でした。
また、口腔外科による処置の内訳は、動揺歯への対応(マウスピース作製など)が313件、口腔感染源対策(口腔ケア)が278件などとなり、その結果として全身麻酔時の歯の損傷事故は0件になりました(図2)。
マウスピースがあれば歯を外力から守るだけでなく、もし歯や修復物が脱落してもマウスピース内にとどまるため、誤飲などのリスクを抑えることが可能です。
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Kさん(80歳代、女性)は施設での転倒による左大腿骨頸部骨折で入院されている患者で、整形外科による手術が早速決まり、翌日の手術に備えて歯科検診しました。
視診で虫歯はなく、歯周病も軽度で特別な問題はなさそうに思えました。
しかし、口全体を1枚の画像で確認できるパノラマX線撮影で、上顎前歯の差し歯の中に大きな虫歯が見つかり、気管挿管時に破折リスクがあることが判明しました。
ですが、差し歯の構造的に虫歯治療が困難な部位であり、マウスピースを作るにしても、歯型をとって歯科技工所で作製するのに1週間かかります。
そこで、要注意歯を麻酔科医に伝え、応急処置として虫歯の隣の歯と専用樹脂で接着固定し、力が加わっても外れにくくしました。
その甲斐もあり、翌日の手術で歯のトラブルはなく、無事終えることができました。
2)堀江彰久ほか:周術期センターにおける選択的受診による口腔機能管理システム.日臨麻会誌34(4):510-515,2014


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