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第46回:救急看護の経験を、次の世代に ~救う看護から、育てる看護へ~

第46回:救急看護の経験を、次の世代に ~救う看護から、育てる看護へ~

2026.09.14久保田 大樹(独立行政法人国立病院機構姫路医療センター附属看護学校 教員/救急看護認定看護師)

 今回、エッセイ執筆のお話をいただき、自分自身のこれまでを振り返る機会となった。これまで私は、看護師、救急看護認定看護師、副看護師長、看護教員という立場を経験してきた。それぞれの立場で迷い、悩み、選択してきたことが、今の自分につながっている。振り返ると、私の今日に至るまでの歩みには、いくつかの大きな分岐点があった。

救急看護のスペシャリストを目指して

 最初の分岐点は、看護師として救急看護の道を目指したことである。
 附属看護学校を卒業後、私は母校の母体病院に入職し、救急病棟に配属された。日中の救急搬送から夜間帯の入院まで、診療科を問わずさまざまな患者を受け入れる病棟であった。
 ある日、精神疾患をもつ女性が夜間に入院してきた。日勤帯における私の受け持ち患者ではなかったが、彼女の退院に向けた手続きを担当することとなった。しかし、その患者が突然に心肺停止となり、心肺蘇生が行われている場面に初めて遭遇した。新卒1年目の私は、何もできず、ただ立ち尽くすことしかできなかったことを今でも鮮明に覚えている。

 その後、看護師3年目となり、救急外来へ異動となった。バイク事故などで若い男性が心肺停止で運ばれてくることも多かった。目の前で起こっていることに対して、自分には何ができるのか。救命できず死亡確認をした後に、自分は患者や家族に対しどのような言葉をかければよいのか。わからないことばかりだった。しかし、わからないからこそ、「もっと学びたい」「もっと家族ケアを含めた実践ができる力を身に付けたい」と思うようになった。これが、私が救急看護のスペシャリストを目指す大きなきっかけとなった。
 救急看護は、新生児から高齢者まで、またあらゆる診療科の患者を対象とする。症状から緊急度を判断し、優先順位を考え、その時々の状況に応じて行動する力が求められる。私は日々自己研鑽に努め、知識を積み重ね、技術を身に付けていった。手術室での器械出しや災害支援派遣チーム(Disaster Medical Assistance Team:DMAT)としての災害活動など、実践経験も重ねた。そして、看護師10年目には救急看護認定看護師となった。

「看護は一人ではできない」

 二つ目の分岐点は、救急看護認定看護師として活動するなかで、自分の役割に対する考え方が変わったことである。
 認定看護師になった当初は、私は「患者にとってより良い看護を提供すること」に強い思いを持っていた。その思いが強いあまり、スタッフに対して厳しく接することもあった。自分が正しいと思う看護を周囲に伝え、同じようにできるようになってもらうことに一生懸命だった。
 しかし、経験を重ねるなかで、「看護は一人ではできない」ということに気づいた。認定看護師だけが高い実践力を持っていても、患者によりよい看護を提供し続けることはできない。チーム全体で看護の質を高め、一人ひとりが考え、判断し、行動できることが重要なのだと考えるようになった。

 その後、副看護師長としてスタッフを支援する立場になり、さらに自分の考え方は変化した。かつての自分を振り返ると、「人を変えよう」としていたのではないかと思う。けれども人は指示や正論だけでは変わらない。大切なのは、その人が自ら考え、成長できる環境をつくることではないか。若い看護師が少しずつ成長し、チームとしてよりよい看護を実践していく姿を見て、私は「人を育てること」の意味を考えるようになった。

「実践力の高い看護師を育てたい」と看護基礎教育へ

 そして三つ目の大きな分岐点が、看護教員になるという選択肢であった。
 看護学校やセミナーで、講師として学生や現場の看護師に教える機会をいただくなかで、学生や若い看護師の純粋な疑問や考えに触れることが増えた。その姿を見て、これまで自分が培ってきた知識や技術、そして看護師として経験してきたことを、次の世代へ伝えていきたいと思うようになった。より実践力の高い看護師を育てるための基盤づくりにかかわりたい。その思いから、看護基礎教育の道へ進むことを決意した。
 看護教員となって最初の年に3年生の担任を経験した。教員として右も左もわからないなか、国家試験を控えた最後の1年を任されることに戸惑いもあった。しかし、学生と同じ目線に立ち、「どうすれば国家試験という通過点を越え、よりよい看護師になれるのか」を一緒に考えるなかで、私自身も多くのことを学んだ。
 学生は、私たちが考えている以上に豊かな感性と可能性を持っている。学生の言葉や姿に何度も驚かされるなかで、いつしか自分自身が忘れかけていた看護の魅力や、患者を思う感性を思い出させてもらった。そして、看護教員が学生を育てるだけでなく、学生によって自分自身も育てられていることに気づいた。 

 現在、私は1年生の担任をしている。3年生のように看護学生としての基盤が整っているわけではなく、一から看護について伝え、考えることを支援する立場にある。日々、指導の難しさや葛藤を感じることも多い。それでも、学生は日々の学習や技術練習に真摯に取り組み、自分なりの疑問を持ち、仲間と考えながら成長していく。その姿に、看護教員として大きなやりがいを感じている。

 私がこれまで経験してきた分岐点はいずれも、直面したときに必ずしも明確な答えがあったわけではない。新人時代に感じた「何もできなかった」という悔しさ、認定看護師として「自分が正しい」と思っていた時期、そして、人を育てることの意味に気づいた経験。その一つひとつが、次の選択につながっていた。
 これからも、私はさまざまな分岐点に立つだろう。そのとき、正解を探すだけではなく、「自分はどうありたいか」「その選択は誰のためになるのか」を考え、自分自身が納得できる道を選んでいきたい。そして、これまで救急看護の現場で培ってきた知識や技術だけでなく、患者の変化を感じ取り、相手の思いを想像し、自ら考えて行動する力を次の世代へと伝えていきたい。卒業後、学生たちがそれぞれの個性と感性を生かし、患者に寄り添いながら自ら考えて行動できる「感性豊かな実践者」になっていくことを願い、支援していきたい。

 これまでの分岐点で得た経験を糧に、これからも学生とともに学び、私自身も成長し続ける。それが、今の私が選んだ道であり、これからも大切にしていきたい「わたしの分岐点」である。

久保田 大樹

独立行政法人国立病院機構姫路医療センター附属看護学校 教員/救急看護認定看護師

くぼた・だいき/公立南丹看護専門学校卒業後、現京都中部総合医療センターに入職。救急病棟・集中治療室や救急外来、手術室、内視鏡・アンギオ室等でケアを実践する。9年の臨床経験を経て、10年目に救急看護認定看護師を取得。その後京都医療センターにて救命救急センターや一般病棟の副看護師長を経験したのち、姫路医療センター附属看護学校に教員として昇任異動。2024年11月より現職。日本DMAT隊員。座右の銘は「剛毅朴訥、仁に近し」。

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