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第1回:合理的配慮の考え方

第1回:合理的配慮の考え方

2024.04.24北川 明(順天堂大学保健看護学部 教授)

 NurSHARE編集部では、これまで多くの看護教員の先生がたから「発達障害の(傾向がある)学生への効果的なかかわり方を知りたい」とのご要望をうかがいました。そこで、発達障害の特徴が見られる学生へのかかわり方や、それを考えるうえでの根本となる「合理的配慮とは何か」といったトピックスについて、これらのテーマをご専門とされている北川明先生に、今回から全5回の短期連載として知見やノウハウをお寄せいただきます。

合理的配慮とは

 2001年の保健師助産師看護師法改正において、「目が見えない者、耳が聞こえない者又は口がきけない者」には免許を与えないとしていた絶対的欠格事由が削除され、「心身の障害により(中略)業務を適正に行うことができない者として厚生労働省令で定めるもの」には免許を与えないことがあるとした、相対的欠格事由に変更されました。そして、2006年12月に国連総会で採択された障害者権利条約の締結に向けた国内法制度の整備の一環として、2016年には、障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(差別解消法)が施行されました。差別解消法は、障害を理由とする差別を解消する目的で、教育、医療、情報などあらゆる社会的機能に関する行政機関、民間機関に対し、障害者に対する不当な差別的取り扱いの除去と、合理的配慮の提供を義務づけた法律です。

 不当な差別的取り扱いとは、障害を理由に入学させないことや実習で患者の受け持ちをさせないなどの拒否や制限を指します。いっぽう合理的配慮とは、障害があってもなくても、行きたいところに行き、学びたいことを学び、したい仕事をする、そうした基本的人権を誰もが享受できるようにする環境調整や手助けのことです。
 たとえば、現代では近視などで視力が落ちた場合、メガネやコンタクトレンズで簡単に矯正することが可能です。しかし、メガネが開発される以前であれば、強度近視の人は遠くの物を見ることができないため、障害者とみなされていたかもしれません。同じように、現在障害があると言われている人たちに、困難を解消するような適切な道具や環境を用意できれば、障害はなくなるでしょう。このような道具の用意や環境の調整を合理的配慮といい、障害者権利条約において「障害者が他の者と平等にすべての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう」と定義されています。
 差別解消法施行当初、合理的配慮の提供は行政機関や公共団体のみに義務化されており、民間事業者へは努力義務とされていました。しかし、2021年5月に改正が行われ、2024年4月1日より個人事業者を含むすべての事業者で合理的配慮の提供が義務となりました。これらの法律の成立や改正により、障害があっても看護職者になる道は開けたと言えるでしょう。

 合理的配慮の根底にある重要な考え方として、障害を個人の心身機能による個人的な問題として考える医学モデルではなく、社会の環境や制度によって変化するものという「社会モデル」として考えている点があります。社会モデルとは、マイケル・オリバー(Oliver M)によって提唱された「障害」の捉え方です。オリバーは、インペアメント(Impairment:機能障害)とディスアビリティ(Disability:能力障害)を区別し、(能力)障害とは、機能障害を持つ人のことを考慮せず、社会活動の主流から彼らを排除している今日の社会組織によって生み出された不利益または活動の制約と考えました1)。たとえば、今現在においてもさまざまな箇所に段差や階段がありますが、これは車椅子の人の移動を妨げるものです。すべての段差にスロープがつき、階段がエレベーターに変われば、下半身の麻痺(機能障害)があっても移動の能力障害はなくなるでしょう(図1)。

 図1 社会モデルの考え方
[内閣府:令和6年4月1日から合理的配慮の提供が義務化されます!,p.11,〔https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/pdf/gouriteki_hairyo2/print.pdf〕(最終確認:2024年3月28日)より引用]

公平さとは

 看護基礎教育においては発達障害のある学生が苦手と感じる状況が多数あります。とくに臨地実習においては困難なことが出現しやすいでしょう。コミュニケーションで患者の心情を汲み取ることであったり、患者の状態に合わせた臨機応変な対応であったり、患者の状態から看護計画を立案し計画通りに実施したりすることなどです。我々教員は、発達障害のみならずどのような障害があっても、学生の学ぶ権利を守るために、講義、演習、実習すべてにおいて合理的配慮を行っていく必要があります。それは、手書きが難しい学生にPCの使用を認めることであったり、実習において看護師に報告する際は教員が同席したりするなどのことです。

 教員の中には、このような特別扱いは不公平ではないかと言う人がいます。しかし、「公平」とは、人によって能力には「差」があることを認め、その人の能力に合わせて公正さをもって対応することをいいます。たとえば、元短距離選手のウサイン・ボルト氏と私が同じ条件で短距離争をすれば、100%私が負けるでしょう。反対に、ウサイン・ボルト氏と私が、日本語の読解力を競う勝負をすれば、まず間違いなく私が勝つのではないかと思います。これらは公平な勝負と言えるでしょうか。
 「公平」とは、結果に至るまでの道筋に対して配慮をすることです。短距離走であれば、個人の能力に応じて走る距離を変えることなどをしなければ、公平な勝負とは言えないということです。似たような言葉に「平等」がありますが、これは条件を等しくし全員同じように扱うということです。たとえば、基本的人権はどのような人であろうと平等に与えられるものであり、障害があるという理由で身体の自由や経済の自由、教育を受ける権利などが侵害されることは不平等となります。すなわち、障害のある人への合理的配慮とは、基本的人権を「平等」に守るための、「公平」な対応と言えるでしょう。

 表1は、障害学生と大学生全体の卒業後の進路を示したものです。この表を見て分かるように、発達障害と精神障害のある学生の就職率は、大学生全体と比べて明らかに低いです。他の障害も聴覚・言語障害を除いて就職率が低い現状があります。皆同じように大学を卒業しているにも関わらず、これらの就職率の違いが生まれているのは公平と言えるのでしょうか。

表 1 大学生の障害別進路状況
[文部科学省:令和四年度学校基本調査/日本学生支援機構:令和4年度(2022年度)大学,短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書,p.71〔https://www.jasso.go.jp/statistics/gakusei_shogai_syugaku/__icsFiles/afieldfile/2023/09/13/2022_houkoku3.pdf〕(最終確認:2024年3月28日)を参考に作成]

 看護の領域においても同様の状況があります。看護師養成機関においての調査2)では、著しく指導・学習が困難であった学生の割合は2.3%であり、これらの学生のうち31.7%は退学となっているとの結果が報告されていました。さらに300床以上の医療施設を対象とした調査3)では、新卒看護師のおおよそ2.4%は発達障害の疑いがあり、1年以内に40.9%が退職しているという結果が出ています。これらの調査結果は、特別な支援を必要とする学生や看護職の修学・就業の継続は非常に困難な状況であり、十分な合理的配慮が提供されていない可能性を示唆していると言えるでしょう。

教育における合理的配慮の基本的な考え方

 臨地実習のような全く同じ状況のない教育場面において、どのような合理的配慮をすればよいかをすぐに判断することは難しいです。また、患者に一人として同じ人間が存在しないように、さまざまな状況の全てを網羅するマニュアルを用意することも現実的ではありません。発達障害などの障害が一見して分からないものであるほど、合理的配慮を考えることは難しくなります。そのため、合理的配慮の基本的な考え方を押さえた上で、合理的配慮を必要としている学生と話し合い、互いに納得しあえる合理的配慮を検討する建設的対話が重要になります。
 では、押さえるべき合理的配慮の考え方を概説していきましょう。

①ゴールとなる教育目標を明確にする

 合理的配慮を提供する上でまず考えなければならないのは、ゴールとなる教育目標は何か、本質は何かという点です。合理的配慮とは、結果にいたるまでの道筋に対して行うものであり、目標達成に至るまでの社会的障壁を取り除くことです。そのため、目標となるものを明確にし、どのような方法であれば、本質を変えずに障壁の除去が可能か検討していくことが必要となります。
 たとえば、看護実習においては個人情報保護の観点から、学生に手書きで実習記録を書いてもらうことがありますが、学習障害(限局性学習症)のひとつである書字表出障害のある学生にとってみると、手書きの記録は非常に時間がかかり精神的負担も大きく、提出日に間に合わないということも起こるでしょう。実習記録は、実習評価における重要な資料であるため、実習記録が書けなければ、落第してしまうこともありえます。しかし、実習教育の本質を考えたとき、実習記録を手書きで書くことが、本質的な目標ではないのは明らかです。そうであれば、手書きにこだわる必要はどこにもなく、PCで記録を作成しても、口頭による説明であったとしても構わないことになります。
 このような目標に至る道筋を考えることが合理的配慮であり、どのような道筋であろうとも目標が達成できたのであれば、達成したと評価して良いのです。

②教育の機会を保障する

 2つ目に大切なのは、教育の機会を保障することです。患者に危険がおよぶ可能性があるから、実習で何もさせないなどということは差別的取り扱いとなります。患者に危険がおよばないよう教員と一緒に実施するなどの合理的配慮を行い、学生の教育を受ける権利を保障していく必要があるでしょう。他にも、注意欠如多動症(Attention-Deficit / Hyperactivity Disorder:ADHD)の学生が実習服を忘れたので実習に参加させない、というような取り扱いも不適切です。教育の機会を失わせないよう、当日の持参物を学生と一緒に確認し、忘れ物がないように手助けするなど、学生が学ぶための環境や態勢を整えることは、支援すべき事柄です。このように、就学のための支援も授業を受けるための日常生活支援も、教育を受ける権利を保障するための合理的配慮の一つです。

③本質的な部分は変えない

 3つ目のポイントとしては、本質部分は変更してはならないということです。ディプロマポリシーや授業における教育目標を変更したり、合格水準を下げたりして、何もしてないのに合格としてはなりません。教育目標が達成できたかどうかを評価する方法の変更は構いませんが、基準となるレベルの高さは、他の学生と揃えておく必要があります。たとえば、テストの時間を延長したり、筆記試験を口頭試問に変更したりなどは、合理的配慮として問題ありませんが、実習において患者への援助を一切していないのに合格とするなどは合理的配慮ではありません。もし、実習において、患者への危険性が高いと判断され看護実践ができなかったのであれば、実習後に学内でシミュレーターなどを使って看護実践ができるかを確認して教育目標に到達しているかどうか判断する必要があります。

おわりに

 こうした基本的な考えを踏まえて合理的配慮を検討していくこととなりますが、その中でも学生本人の自己決定が非常に大切です。合理的配慮とは一方的に与えるというものではなく、学生と教員(支援者)が話し合いながら、学生と一緒に考えていくものであるということを忘れないでください。
 次回からは、合理的配慮が必要な発達障害のおもな特徴、学生へのかかわり方などについて、事例を交えながら説明します。

引用・参考文献
1.    Oliver M: Social Work with Disabled People, Palgrave Macmillan, 1983
2.    Ikematsu Y, Mizutani M, Tozaka H et al: Nursing students with special educational needs in Japan. Nurse Education in Practice 14(6):674-679, 2014
3.    Ikematsu Y, Egawa K, Endo M: Prevalence and retention status of new graduate nurses with special support needs in Japan. Nurse Education in Practice 36:28-33, 2019

北川 明

順天堂大学保健看護学部 教授

大阪大学医学部保健学科卒業後、5年間の看護師経験を経て、県立広島大学保健福祉学部に助手として着任。その後、広島大学医学部保健学科、福岡県立大学看護学部などを経て2021年より現職。全国で発達障害のある看護師、看護学生支援についての講演を行っている。趣味はビリヤード。

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発達障害傾向および発達障害のある学生とのかかわりとは

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