今回は歯科治療で用いられる金属などの材料と、さまざまなアレルギーの関係について、エビデンスを交えながらお話ししたいと思います。
歯科金属アレルギーとアトピー性皮膚炎の関係
虫歯治療した歯の欠損を補うために、噛むときに強い力がかかる所には丈夫な金属を使用するのが一般的な治療法です。
欧米では審美面が重要視されて白いセラミックを用いる傾向があるのに対して、日本では現在でも金属が頻用されています(図1)。
金属イオンがタンパク質と結合すると、アレルギーの原因になる抗原としての性質を獲得します。そのため、唾液中に金属成分が溶出する可能性のある口の中は要注意です。
◎エビデンス
2009年に徳島大学のグループが報告した研究内容によると、徳島大学病院・歯科用金属アレルギー外来を受診した患者を対象として、疾患・症状名とその人数について調査しました1)。
その結果、1995年7月~2000年6月の5年間に受診した患者の中でアトピー性皮膚炎患者が12人おり、金属アレルギー疑いの患者にアトピー性皮膚炎が含まれることがわかりました(図2)。
ところで、虫歯治療の最後にかぶせる冠(クラウン)や詰め物(インレー)で使われる金属は日本では金銀パラジウム合金が主流であり、銀や銅、パラジウム、金、亜鉛などで構成されています。安価でかつ強度があるという利点がある反面、金属アレルギーの原因になることがあります。
また、以前は虫歯の治療の際にアマルガムという有害な水銀を含む金属が使われました。現在も奥歯の溝などにアムルガムを詰めた高齢者等がときどき来院されます(図1)が、水銀の健康被害が不安視された結果、日本では2016年に保険適用から外されました。
コラム アトピー性皮膚炎とは?
アトピー性皮膚炎は日本皮膚科学会等がまとめた治療ガイドライン2)によると、増悪と軽快を繰り返す瘙痒(かゆみ)のある湿疹を主要な病変とする疾患で、患者の多くが「アトピー素因」をもちます。
「アトピー素因」とは気管支喘息、アレルギー性鼻炎・結膜炎、アトピー性皮膚炎のうちいずれか、もしくは複数を自分自身や家族がもつことで、IgE抗体というアレルギーにかかわる抗体を産生しやすい体質です。
左右対称に症状が現れ、乳児期・幼児期から発症して小児期に寛解したり、あるいは寛解せずに再発を繰り返して症状が成人まで持続したりする場合もあり、遺伝的要素も関与します。
原因や発症、進行に関係する要因として、日常生活環境における抗原(アレルギーの原因物質:ハウスダストやダニなどの小生物、金属など)や刺激物への曝露、ライフスタイルと温度・湿度といった環境因子、ストレスなどの精神的因子等が報告されています。
矯正装置にも金属アレルギーの可能性
噛み合わせや歯並びを改善する歯科矯正の装置にはニッケルやチタン、ステンレス等の金属が使用されます。患者自身が取り外しできる装置もありますが、マルチブラケット装置(一本一本の歯にブラケットを装着するタイプの矯正)のように常に口の中に入れたままの装置も多く、金属成分が唾液に溶け出す可能性があります。
◎エビデンス
1997年に東北大学の研究グループが報告した研究では、東北大学歯学部附属病院の小児歯科外来を受診した子どもを対象に、金属アレルギーに対する調査が行われました3)。
その結果、歯科金属に対してアレルギー症状があった子どもは、アトピー性皮膚炎や気管支喘息などのアレルギー性疾患を高頻度で有し、しかも6人の子どもは虫歯治療の金属だけでなく、矯正装置の金属にもアレルギーを認め、比較的感作率が高いニッケル、コバルト等のみならず、感作率が低い金にもアレルギーが確認されました(感作:異物として認識し免疫細胞が反応すること)。
ところで、矯正ワイヤにも使われるチタンはインプラント(人工歯根)にも使用されるように、生体親和性が高くてアレルギーが起きにくい金属の一つです。しかし、体質によりアレルギーが起きることもあります。
アレルギー検査「パッチテスト」
アレルギー反応を示す原因物質(アレルゲン)を調べる方法として一般的なのが、パッチテストです。
◎エビデンス
この検査は、アレルゲンと推測される物質の試薬を含む絆創膏を背中の上部や上腕の外側に貼り、48時間など一定時間を経過した後に外して皮膚の変化を観察します。もしアレルギーがあれば、皮膚が赤くなる、かゆみが出るといった症状が認められるため、陽性と判定されます。
2013年に東京歯科大学千葉病院の歯科金属アレルギー外来が行ったテストの結果によれば、陽性率が高い金属元素はニッケル(20.2%)を筆頭として、亜鉛、パラジウムなどが続きました4)(図3)。
パッチテストは健康保険が適用されます。アトピー性皮膚炎や掌蹠膿疱症、扁平苔癬など原因不明の皮膚病に悩む場合は金属アレルギーの可能性を考え、パッチテストを受けましょう。
他の歯科材料でもアレルギーは起きる
歯科金属以外でも、虫歯治療で埋める白い樹脂(コンポジットレジン)等でアレルギー症状が認められた報告があります5)。
さらに、口の中の不衛生や虫歯などで口腔内環境が悪いと金属や樹脂の腐食が進行し、アレルゲン発生のリスクが上がります。
ですから、歯科材料がアレルギー症状の原因として疑われたときには、その歯科材料を取り除いて安全な材料に置換するだけでなく、口腔内を清潔に維持することも大切なのです。
重篤な皮膚症状が起きた場合、皮膚科医師・内科医師と歯科医師の連携が重要です。子どものアトピー性皮膚炎やその他のアレルギー症状があれば、速やかに各分野の医師と相談しながら総合的な治療を受けるようにしましょう。
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Nさん(60歳代・男性)は他の歯科医院で右下の奥に銀歯を入れてから蕁麻疹が出たとのことで、以前から内科に通院していた当院に来院され、歯科を受診されました。
原因として銀歯による金属アレルギーが疑われるため、他院で改めて治療を受けることを勧めましたが、このまま当院歯科での治療を希望されました。
そこで麻酔して銀歯を外し、白いコンポジットレジンを埋めて材料を置換する治療を実施しました。
2週間後、歯石取りも兼ねて皮膚症状の経過観察で受診してもらうと、「すっかりようなりましたわ」と笑顔のNさん。
その後、3年が経ちましたが、調子よく定期健診で来院されています。
1)Hosoki M, Bando E, Asaoka K et al: Assessment of allergic hypersensitivity to dental materials. Biomed Mater Eng 19: 53-61, 2009
2)日本皮膚科学会、日本アレルギー学会、アトピー性皮膚炎診療ガイドライン作成委員会ほか:アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2021.日皮会誌131(13):2691-2777,2021
3)高橋 薫、黒田洋史、真柳秀昭:アトピー性皮膚炎患児にみられた歯科用金属アレルギーの6例.小児歯科学雑誌35(4):740-749,1997
4)國分克寿、秦 暢宏、田村美智ほか:歯科金属アレルギーの臨床統計的検討:東京歯科大学千葉病院における歯科金属アレルギー外来について.日本口腔検査学会雑誌5(1):45-50,2013
5)Blomgren J, Axéll T, Sandahl O et al: Adverse reactions in the oral mucosa associated with anterior composite restorations. J Oral Pathol Med 25: 311-313, 1996