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第7回:フライトナースの覚悟と希望

第7回:フライトナースの覚悟と希望

2022.10.20酒井 郁子(千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター センター長・教授)

 神無月ですね。年に1回の神様たちのカンファレンスが出雲で開催されています。日本の八百万の神様たちはそれぞれスペシャリティがあるので、チームを組んで出動ってあるのかな? 役割が重複することってないのかしら。「このニンゲンの頼みごとは、うちが担当しますよ」「いやいや、私のほうが適任でしょ」的な葛藤ってないのでしょうか。というようなことを考えていました。
 さて今回は、フライトナース(ドクターヘリに同乗する看護師)のお話です。

本州最北端のコードブルー

 カピバラのところの修士課程の修了生・呑香美佳子(どんこう・みかこ)さんは、青森県の八戸市立市民病院で看護管理者をやっています。通常、ドクターヘリは県庁所在地におかれますが、青森県では2009年、八戸市に1機目のドクターヘリが導入され、同院が基地病院となりました。そして県庁所在地である青森市にも、2012年に2機目のドクターヘリが導入されました。こうして東北地方最北端の青森県には、八甲田山連峰に隔てられた津軽地方と南部地方のドクターヘリがそれぞれ1機ずつとなり、以来、青森県、岩手県、秋田県の広域連携運航を行ってます。
 今回は八戸市立市民病院の救命救急センターのドクターヘリ・コールサイン*「青森ドクターヘリ1」にまつわるお話から、救命救急の協働的パートナーシップ、そしてそこにかかわる人たちの思いについて考えてみたいと思います。ドクターカーも移動手術車も備える、本州最北端の砦での「コードブルー」です。

*ヘリのコールサイン:機体ごとに付与された無線での呼び出し符号のこと。

フライトナースがヘリから降りる時

 青森ドクターヘリ1に乗っているフライトナースは、重い装備品を背負って、ヘリから降りいち早く患者のもとに走って到着できる体力、筋力がなくなったら、その時が「ヘリを降りる時」だと言いました。
 この話を聞いた時、プロサッカー選手の引退会見とか、山口百恵さんが ステージでマイクを置くとか、ボクサーが真っ白な灰になるとか(ちょっと違うか)というようなことが頭に浮かびました。自分で自分のパフォーマンスの限界を認識した時のふるまいとしての「ヘリを降りる」。生半可な覚悟ではない。
 その人は続けて、「本当は降りたくないんですよ。いつか必ずその時が来ると知っているけど。だから、ランニングしたり筋トレしたりして、体力気力を万全に保つんです」と言いました。十分なパフォーマンスが出せなくなったら引退というのは、強靭な心身を基盤とする選ばれし者たちの矜持だなと思ったのでした。

病院のとある試み

 八戸市立市民病院では、救急救命士の資格を持ち、普通自動車第一種免許を有する6名を、事務職員として雇用しています。ここの病院はドクターカーも持っているため、ドクターカー出動時は、この6名のスタッフが装備品を背負う係も引き受け、かつ、医師の指示を受けつつ病院の外での救命救急処置も行う。そして院内での傷病者受け入れの時は電話対応、無線対応、放射線室などへの院内の搬送も行う。またBLSや、災害対応の研修も引き受けているそうです。タスクシフトの一環で行われたこの改革により、病院内ではかなり医師と看護師の業務が整理されました。

医師はやっぱり看護師と一緒に出動したいらしいが

 だけど、医師の中には、ドクターカーでも、やっぱり同乗するのは看護師がいいという人が結構いるんだそうです。その気持ちはわかる。とても理解できる。看護師は具体的指示のもと、広範囲に医行為ができるし、包括指示で呼吸循環など全身のマネジメントができる。患者のみならず家族にも配慮した説明ができるし、消防や警察とのコミュニケーションも上手。そりゃそんな看護師がパートナーとして、いつも共に行動してくれたら、医師は安心です。
 呑香さんは、「毎日ヘリ搭乗待機者をキープするには、11人のフライトナースが必要なんです。その人たちを急患室に日勤で配置する。ヘリは夜飛ばないので。ヘリ出動だと大体1時間くらいで病院に帰還するんで、そのまま搬送してきた人のケアに当たってもらうということができる。だけど、ドクターカー出動だと病院帰還までに2、3時間かかることもあるし、夜間も含めて24時間の出動態勢を組まなくてはいけない。看護師をそこに配置するのは人員的に難しい。だからヘリは看護師、ドクターカーは救急救命士が同乗という今のしくみが良いのではないかと思うんですよね」と話してくれました。つまり、管理的な面から言えば、空は看護師、陸は救急救命士、という役割分担ということですね。

得意技が微妙に違うメンバー同士をどう組み合わせるのか

 八戸市立市民病院ではフライトナース全員が救急領域の特定行為をできるようになることを今は目指しています。患者の搬送時、医師が処置に入ったら、呼吸循環の管理をフライトナースが担うようにすると患者の安全性が増すから。青森ドクターヘリ1だけでなく、時々要請が入ってくる洋上救急業務にも対応しやすい。そんなフライトナースですが、特定行為研修を修了したとしても、気管挿管と抜管は看護師特定行為からは除外されています。
 一方、救急救命士は、①医療器具を用いた気道確保、②心肺機能停止状態にある患者への輸液、③心臓機能停止状態にある患者への薬剤(アドレナリン)投与、④低血糖発作患者へのブドウ糖溶液の投与、⑤心肺機能停止前の患者への静脈路確保と輸液の5つの特定行為ができます。これらの特定行為は、心肺停止、呼吸機能停止、心臓機能停止の状態にあり搬送中の(つまり病院の外の)傷病者に限定して医師の具体的指示のもとで実施できます。

 なんていうの、ロールプレイングゲームで言えば、メンバーの得意技が微妙に違うので、敵の属性に合わせてチーム替えをするけど、なんかイマイチ気持ちよく戦えない、っていうかんじ? いっそ医師とフライトナースと救急救命士みんな、計3人乗せたらいいのでは? と思うのですが、ドクターヘリには操縦士、整備士、患者、患者家族のほか2名までしか乗せられないのです。
 日本のいろんな制度において、部分最適を目指して、それぞれの専門分野ごとに(いわゆるたこつぼで)増改築を繰り返してきた結果、ものすごく複雑な制度のもとのチーム状況になっているようです。ざっくり言うと、救急救命士は院外で医師や看護師がそばにいない状態で、傷病者が心肺停止状態になっている時に限って特定行為が可能。もともと病院の外の仕事ですから、そういう役割拡大をしてきたと言えます。看護師は、仕事の中でも診療の補助業務はもともと医師との協働的パートナーシップが基盤。だから患者マネジメントは得意だけど、未診断、初見の人への医行為はできない、っていうことなのでしょう。
 だったら、フライトナースが特定行為研修21区分を全部修了して、遠隔で医師からの具体的指示を受けつつ搬送中の患者の全身管理と治療を行い、救急救命士は挿管をはじめとする5つの特定行為を駆使してフライトナースと協働したら、医師は飛ばなくていいケースもあるのでは? と呑香さんに聞いてみたら、「確かにそういうケースはあるけど、トリアージが大変だし、医師不在のチームで出動し、いざ現場に行ったらすごい重症でしたって時に大変なことになる」ということで、医師は外せないそうです。そりゃそうですよね。ドクターヘリはプレホスピタルケアのかなめ。1分でも早く傷病者への治療をスタートさせるために医師を乗せて行くんですからね。

 メンバーのスキルを組み合わせる時、まず効果を考える必要があります。その次に効率を考える。効果を考えずに効率だけ考えれば事故につながります。そのうえで、メンバーの実践能力を最大限向上させ、かつできるだけ役割を重複させておくこと。育成に時間はかかりますが、安定したチームパフォーマンスを発揮するには、ひとりのヒーローがいるだけでは不十分です。また異業種同士で、これはできる、これはできないとか言っていると、チームパフォーマンスは低下しますし。ですから多職種チームほど知識とスキルのシェアが重要になります。

ヘリを降りたフライトナースのその後

 青森ドクターヘリ1は、救命救急にかかわる専門職にとってのアイコン的存在。救命救急センターでは、医師も看護師もドクターヘリに乗るというステージを目指して、みなさん研鑽を積んでいる。それは救急救命士も同じだということでした。「人を助けるために、自分の実践能力を磨き、自己管理して、青森ドクターヘリ1で飛び続けたい」。これがコードブルーを担う人たちの思いなんでしょう。ただし、ヘリに乗れる時間は看護師としてある時間より短いです。そして冒頭の、フライトナースがヘリを降りる時、という話につながります。

 フライトナースがヘリを降りるという決断をするのは、だいたい50歳超えてからだそうです。その後は、看護管理者になったり、急患室でトリアージを担当したり、一般病棟で勤務したり、地域で訪問看護をしたりと、その方々なりのキャリアを歩んでいるそうですが、次のステージに行くには、次のいい波が来るまで、それなりに自分の実践能力の振り返りと充電が必要になってくるのかなと思います。
 現在のフライトナースたちの中では、ヘリを降りた次のキャリアのために認定看護管理者研修に参加する、将来的には院内で特定行為関連の指導者になることも視野に入れて特定行為研修を受講するなど、継続学習をする機運が高まっているそうです。管理系に行くんでも、教育系に進むんでも、必要な学習があります。ヘリを降りた次の日から看護管理者をやるなんてことはかなり難しいことですから、次のキャリアを目指す準備をフライトナースである時から行う、という、次の波に乗る準備ってすばらしいと思います。そしてこれは、キャリアサバイブしているフライトナースが実際に身近にいてモデルになっているのだと思います。

活躍を続ける医療者のモデルをつくろう

 カピバラは若いころ、アメリカ・ミネソタ州の脳卒中センターでちょっとだけお勉強したことがあるんですが、そこのストロークケアユニットの看護師のマリアさんはその時65歳って言ってました。「この仕事が好きでたまらないから働き続けたい。ただし、体力は落ちてきているので勤務時間は短くしてもらってる。看護管理者のジュリアは今36歳なんだけど、すごく配慮してくれてるのよ」と。
 医療者のキャリアを年齢や経験年数で区切るのはやめたいな、とその時思って、今に至っています。自分のキャリア移行は自分で決断できる自分でありたいなと思います。10年やったら管理者は引退とか、人から言われたくはない。そのためには努力と研鑽が必要ってことです。仮に自分のキャリアが後輩のモデルにならなかったとしても…!

 

酒井 郁子

千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター センター長・教授

さかい・いくこ/千葉大学看護学部卒業後、千葉県千葉リハビリテーションセンター看護師、千葉県立衛生短期大学助手を経て、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(保健学博士)。川崎市立看護短期大学助教授から、2000年に千葉大学大学院看護学研究科助教授、2007年同独立専攻看護システム管理学教授、2015年専門職連携教育研究センター センター長、2021年より高度実践看護学・特定看護学プログラムの担当となる。日本看護系学会協議会理事、看保連理事、日本保健医療福祉連携教育学会副理事長などを兼務。著書は『看護学テキストNiCEリハビリテーション看護』[編集]など多数。趣味は、読書、韓流、ジェフ千葉の応援、料理。

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