一般社団法人日本老年看護学会は、10年前に「急性期病棟において認知症高齢者を擁護する日本老年看護学会の立場表明2016」(以下、立場表明)を公表しました。多職種チームの設置や認知症対応力向上研修の受講、マニュアル整備等を要件とした認知症ケア加算が診療報酬に新設されたのは、「立場表明」の公表と同じ年でした。それは、当時、身体疾患の治療のために一般病床等に入院する認知症の患者に対して、十分な対応ができていない状況にあったことを示しています。
あれから10年。2016年以降のもっとも大きな変化は、認知症の方ご本人が、自らの言葉で、自身の経験や世の中にどうあって欲しいかという希望を語り、社会に向けて発信するようになったことではないでしょうか。また、2024年1月には、「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」が施行されました。このように認知症を取り巻く状況の変化を受け、日本老年看護学会では2016年に公表した「立場表明」を、共生社会の推進に向けて進む現在に対応したものに刷新するという課題に取り組みました。
刷新の過程では、認知症の方ご本人へのインタビューも行いました。とくに印象深かった語りは、「私たちをひとりの人としてみてほしい」という言葉です。軽度認知症のこの方は、身体疾患治療のために入院したとき、行動範囲を棟内に制限されたことに対し、「一人で売店に行っても周りの人に尋ねながら戻ってこられる」と説明しても聞き入れられなかったという経験を語ってくれました。また、老人看護専門看護師・認知症看護認定看護師の方たちのグループインタビューでは、たびたび「私たちはまだまだだ」という言葉を聴きました。彼らの実践は、医療の高度化や業務の複雑化が進む中で、本当によくやっていると実感するものでした。現状に満足することなく、“まだ十分ではない”、“もっとよいものを”という評価に、看護の質向上をけん引していると感じました。
これらのインタビューのほか、日本老年看護学会会員へのアンケート調査の結果や、刷新作業を担った日本老年看護学会プロジェクト委員会メンバーによる推敲作業を経て、2026年3月、5つの項目と6つの下位項目で構成した「認知症の人と医療機関の架け橋となる看護への提言」(以下、提言)の完成に至りました。
認知症の人と医療機関の架け橋となる看護への提言
提言1 看護職は、自らの認知症に対する認識を振り返り、時代に合う認知症観へと更新していきます。
提言2 看護職は、認知症の人をひとりの人としてとらえ、認知症の人の日々の意向に気づき、誠実に意思決定支援を積み重ねていきます。
提言3 看護職は、認知症の人ならびに家族との対話を通して、認知症の人が望む生活を共有し、その実現に向けた最善の看護を提供していきます。
提言3-1 安全の確保と意思に基づく行動の自由を両立していく看護
提言3-2 認知症の人の言葉や表情、振る舞いに深い関心を寄せ、伝えたい思いに真摯に向き合う看護
提言3-3 受療前後の生活の継続性に注目し、認知症の人の「できること・やりたいこと」を引き出す看護
提言3-4 医療機関の内外に在るさまざまな人々と手を携え、認知症の人と家族の多様なニーズに応える看護
提言3-5 認知症の人にとって居心地がよく、本人の持てる力を引き出す環境を創る看護
提言3-6 これまでに表明された認知症の人の思いを紡ぎ、自分の人生を生きることを守る看護
提言4 看護職は、認知症の人の家族が置かれている状況や揺れ動く気持ちを受け止め、最善の選択と対応ができるよう支援していきます。
提言5 看護職は、地域共生社会の中で、医療機関が認知症の人と家族から信頼される存在となるよう日々の看護実践に力を尽くしていきます。
「提言」の項目を中心に紹介した「簡易版」とチラシ、用語の定義や各項目の解説を加えた「詳細版」の3点を、日本老年看護学会ホームページにて公開しています1)。ぜひ、解説文を含む詳細版をご覧ください。
2026年6月に大分県別府市で開催された日本老年看護学会第31回学術集会のオンデマンド配信を、7月10日から10月末まで行っています。この配信では、“「急性期病院において認知症高齢者を擁護する日本老年看護学会の立場表明2016」から「認知症の人と医療機関の架け橋となる看護への提言」へ”をテーマに、①「提言」の紹介、②「提言」に対する認知症の人と家族からのコメント、③「提言」活用のヒントの3つの動画を公開しています。とくに、認知症の方ご本人とご家族からのコメントは大変聴きごたえのある内容になっています。視聴には学術集会の参加費が必要ですが、2026年9月30日(予定)までは後日参加登録が可能です。併せてそちらもご視聴ください。
最後に、日本老年看護学会プロジェクト委員会メンバーで検討した「提言」を、どのように活用できるかという提案を以下に示します。これらの提案以外にも、各医療機関のニーズや機能、地域特性に見合う方法でぜひ本「提言」を活用してください。
「認知症の人と医療機関の架け橋となる看護への提言」 活用のヒント
【教育の場での活用】
・認知症の人に真摯に向き合おうとする基盤づくり
・認知症観について話し合うきっかけ
・5つの提言に即した授業計画
・学生が看護計画を検討する際の参考資料
・認知症の人とのかかわりに悩む学生へのアドバイス
・ゼミやグループワークの素材
【実践の場での活用】
・自身の認知症観の確認
・実践の振り返りや確認
・問題意識の掘り下げ
・気になる実践場面の再考
・研修や勉強会の資料
・認知症の人や家族との対話の際の手がかり
【組織的な活用】
・倫理的な課題を扱うカンファレンスのガイド
・取り組みやすい項目から分割してチームや病棟の目標に
・看護部門の基本理念や活動方針
・実践マニュアルへの導入
・管理職による職場改革の指針
・スタッフが安心して「提言」を活用できる職場づくり
【広域的な活用】
・認知症看護以外の看護分野での活用
・他の職種による活用
・多職種でのカンファレンスや研修
・他分野でも同じような検討が行われるきっかけ
・市民講座での活用
・認知症基本法や地域共生社会について考える契機
1)日本老年看護学会:認知症の人と医療機関の架け橋となる看護への提言,〔https://www.rounenkango.com/houkoku/ninchi_kakehasi.html〕(最終確認:2026年7月6日)




